昨日(7日)は卓球大会だった。ダブルスの組み合わせを換えながら楽しんだ為に、我々Aチームはリーグ4組で戦い、2位グループになったので、各リーグ2位の組でのトーナメントを行った。1試合目で私のペアーは勝ったものの、後の2つが負けて敗退した。

私のペアーと当たった相手チームの女性を知っていたので、試合後に声を掛けた。

「○○さん、久し振りだね」

そう言うと怪訝そうな顔で、

「知りません」

と撥ね付けられてしまった。

「えっ」

と言うと私のユニホームに付けているネームカードを見たのか、

「あっ、○○さん! ご無沙汰しています」

と言ったのだった。もう、ダイエットやジョギングの所為で老人顔になった私に、昔の面影を見出せなかったのである。ここまで変わってしまったと思われた自分に、驚いてしまった。お腹さえ出っぱらなかったら、ふくよかな顔の儘でいいのだが。ああ、無常! だ。

Bチームは4位のグループだったが勝ち進み、最後の決勝まで辿り着いた。私達は、まるで自分達のように応援した。1勝1敗のまま、最後の最後で惜敗した。が、準優勝だから大したものだ。来年は、作戦が要る。その前に、練習強化である。


書きたかった事は、今日の事だ。

芸術文化センターの中ホールに入って行った。そんなに期待していた訳ではないが、結果的には凄く感動してしまった。そして、音楽はどんなものでも、ちゃんと感動させるものを持っているのだと言う事が確認出来た。

お金を取って演奏する人達は元々技術はあるのだから、構成や演出がものを言う。言えばな~んだ、と言われる事は必定なので語らないが、私にはしっかりと確認出来た事があった。4時半に始まった素晴らしい2時間だった。

「sound theater 供

稲本渡(クラリネット)の構成による、四重奏が基本のコンサートだ。後、手嶋千紘(ピアノ)、南部れいな(ヴァイオリン)、渡邉弾楽(チェロ)を加えて、4人の演奏だ。

リスト:ハンガリー狂詩曲第2番より

チャイコフスキー:弦楽四重奏曲第1番ニ長調作品11 2楽章 アンダンテ・カンタービレ

ラフマニノフ:交響曲第2番第3楽章より

そして、ヴァイオリンでも嫌がる超絶技巧の、序奏とロンドカプリチオーゾ(サン=サーンス)を稲本渡のクラリネットが奏でた。仲間から、「お前はあほか」と言われたそうだ。

以前森林植物園で2年間、オカリナを簡易エレクトーンの伴奏(Y.Mさん)で吹かせて貰った事があるが、次の年からはこの稲本さんの演奏に代わっていた。それは仕方のない事だっただろう。彼と私では、月と蟋蟀だからである。エンマコオロギでもミツカドコオロギでもツズレサセコオロギでも何だっていい。どのコオロギでも、五十歩百歩だからである。そんな事より、月の偉大さ美しさには叶わない。

彼は自然植物園の親善大使となり、ついこの前まで芸文センターのオーケストラの一員でもあったのである。佐渡裕さんは、2年で人を換える、と言う事を或るヴァイオリニストから聞いていたが、今の彼を見るとそれは当たっているような気がする。

次に出て来たのが、タップソロのRON×兇世辰拭こんな所でタップが見られるなんて。リズムが正確で、まるで打楽器のようである。

次の4曲も、全部四重奏にこのタップが付いた。ちょっと説明し難いが、兎に角凄かった。

リムスキー=コルサコフ:熊蜂の飛行

アンダーソン:タイプライター

ハチャトリアン:仮面舞踏会より「ワルツ」

モンティ:チャルダッシュ

これらをタップで踊って見せるのだから、それは感激ものだった。

それから、客席の後ろから登場したのが東儀秀樹だった。笙を吹きながらステージに上がって来た。彼の作曲になる「夢路まどか」を、四重奏と共に演奏した。すぐに篳篥に吹き換えたのだが。東儀秀樹と言えば、あの篳篥の演奏と音色が看板みたいなものである。

更に彼の作曲演奏は続く。「The Reason I’m Here」「夏の終わりに」。

それは1200年前からの音だと言った。ソは青い東の音。ミは白い西の音。古の音は、笙でも篳篥でも、そんな所から生まれているそうだ。

「フランスで笙を吹いていたら、向こうから何かが近づいて来て、その集団は2メートル先で止まると私の音を聴いたのです。止めるとまた、その牛の集団は元来た道へと帰って行きました。とっても嬉しかったですね。それから、船に乗って海へ出た時に篳篥を吹いていると、イルカがついて来るんです。船を止めて貰いました。すると、船の周りをイルカが回り出すんです。私も飛び込ませて貰って、イルカと遊びました。ああ、飛び込むって、一緒に楽しんだって事ですよ。海の中へ入ったら、篳篥吹けませんから」

と言って笑った。

TVで聴いた時は、そんなに感動もしなかったし、別に良いものだとも正直思わなかった。それが、こうして生で演奏している本人を目にすると、途端に素晴らしいものに変身する。

白いシャツ。皮のパンツ。襟には、数個の小さな石がきらきら輝いている。ベルトも洒落ていた。脚の長さには脱帽した。

アンコ-ルはピアノ伴奏で「イマジン」を吹いた。次は「ダニー・ボーイ」。ここにクラリネットも入った。最初はクラリネット。ゆっくりゆっくり吹いた。そして篳篥もメロディーを。その時、篳篥の音階は、オカリナに似ていると思った。特に10穴のオカリナと似ていて、低いシとラは音が出ない。上は十分に出ていたが、彼の吹き方から、そうだと分かった。

後、ヴァイオリンもチェロも加わり、タップも入って2曲演奏したが、曲名が思い浮かばない。

だが、素敵な盛り上がりと共に、今年の演奏は終わった。タイトルの「soundo theater 供廚、来年は「掘廚砲覆襪里任呂覆いと思った。

オカリナの道だって険しいが、私には私に出来る事しか出来ない。もう今からは、誰に何と言われても私の音を作る事に専念したいと思った。惑わされる事が一番の憂愁だからである。もうこの年で迷い惑っていたら、死ぬにも死に切れないだろう。

老いらくのオカリナの道は、立ち止まってはいられない。老いらくには老いらくの、残された限りある道が、ちかちかと点滅しながら幽かに見えているだけなのだから。