23日の今日は、ザ・シンフォニーホールへ。

略満員の中で、3階のステージに向かって左側の席だった。指揮者と第2ヴァイオリン辺りの、向こう半分しか見えない。椅子をギリギリ前に出すと、歌手も見る事が出来た。

故岩城宏之が創設音楽監督であった「オーケストラ・アンサンブル金沢」が、井上道義の指揮で「田園」を奏で始めた。第1楽章はどれだけ聴いたことだろう。こうして長く生きていると、第5楽章まである他の楽章にも興味や新鮮さが感じられるようになる。第4楽章の「雷雨、嵐」から切れ目なく第5楽章に繋がる「牧歌、嵐のあとの歓びと感謝」に惹かれる。

作家であり音楽評論家である響敏也氏は文章の一部に、苦悩のベートーヴェンの事をこう書いている。

・・揺れ動く心の軌跡を、ベートーヴェンは痛切な筆致で手記に残している。たとえば、
「自然のなかに居ること。そこでは私のみじめな耳も私を悩ませない。どの樹木も『聖なるかな聖なるかな』と私に話しかける。森の歓び! すべてを失っても私には自然がある」
 
 耳が聴こえないことを人に知られないように、話しかけても返事をしない人間嫌いの顔を続けたベートーヴェンが、その仮面を取って素直に話し合える相手は、自然だった。

 彼は毎日、ウイーンの街っ子たちの興味本位の視線を浴びつつ、郊外への散歩を繰り返す。時に野山で数日を過ごすほど。

 彼の胸に湧き起こるのは自然への感謝と、それを音楽にするという、燃えるような創作意欲だ。それが最も高まったのが、楽聖37、8歳の頃。

 つまり、あの第5番『運命』と同じ時期に、この第6番『田園』は作曲が進められた。・・


「田園」だけで約45分が過ぎた。そこで20分の休憩だ。


黄色いコスチュームを纏って、森麻季のソプラノが響く。歌劇ファウストから「宝石の歌」を歌った。感動的な声だ。森麻季の歌声を聴きたくて来たのだが、紛れもない興奮的な感動だった。

それに、金沢の室内管弦楽も素晴らしい。初めてだったが、また一つ、いや二つだ。井上道義率いる「オーケストラ・アンサンブル金沢」、そして「森麻季」を追って行く事だろうと思う。

さて、プログラムを紹介しよう。


ベートーヴェン:交響曲第6番 ヘ長調 作品68「田園」

休憩(20分)

グノー:歌劇「ファウスト」から「宝石の歌」 歌:森麻季

グノー:小交響曲 変ロ長調から 第3楽章

ヘンデル:オンブラ・マイ・フ(懐かしき木陰よ)(歌劇「セルフ」から) 歌:森麻季

ヘンデル:涙の流れるままに(歌劇「リナルド」から) 歌:森麻季

モーツァルト:歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」序曲と「岩のように動かず」K.588

グノー:小交響曲 変ロ長調から 第4楽章 歌:森麻季

プッチーニ:ムゼッタのワルツ(歌劇「ボエーム」から)

久石譲:スタンド・アローン 歌:森麻季


半分後は、紫を基調としたコスチュームに換わっていた。

「スタンド・アローン」は、身を乗り出して聴いた。オカリナでも吹いているので、特に感動する。ますえさんにも是非歌って貰いたい曲である。「坂の上の雲」のテレビ・ドラマ版(NHK)の主題歌だ。

いいものを聴くと、意気消沈しがちな自分の未来に、仄かな希望が揺れる。

アンコールは、

ヘンデル:田園交響曲(メサイアより) 歌:森麻季

プッチーニ:私のお父さん(ジャンニ・スキッキより) 歌:森麻季

コンサートマスターはアビゲイル・ヤング(第1ヴァイオリン)だ。

井上道義は彼女に英語で聞く。

「そのヴァイオリンは幾らするんですか」

彼女は英語で答える。

「どこの楽団でも買えないでしょう」

そこで、井上道義が説明する。

「もう20年借りているけれど、その時1億円していたから、今は8億円位かな」

おお、それ、見よ!

どんなヴァイオリンなんだろう。

ああ、今日もいい音楽を聴いた。私のような音楽音痴でも、こうして感動する事が出来る事に感謝したい。余りの素晴らしさに、心が震えるのである。遅過ぎた音楽青春だが、また、老体に鞭打とうする希望が生まれる。


家を出て高速バスに乗ると、高速に入る前のバス停で綺麗なお母さんが、2人の子供を連れて乗って来た。補助椅子に座らなければならない程の満員となった。

私の横の補助椅子には2歳位の男の子が座ろうとした。すぐ後ろの補助椅子の女性が、その前の椅子を倒すのを手伝った。こんな時は、恐らく誰でも手を貸そうとするものだろう。

1歳位の子供を抱っこした母親は後ろを向いて、シートベルトを締めようとした。不自然な姿勢になっていたので、思わず手を右方に伸ばしてシートベルトを引いて止めた。それでも子供はリュックを背負っていたので、母親が外そうとし始めた。すぐに私はそれを肩から外し、補助椅子の後ろに置こうとしたが、スペースがなくて私が持つ事にした。母親には、

「大丈夫ですよ」

と言った。何が入っているのだろう。それは思いの他軽かった。

三宮に到着する寸前に、私はシートベルトを外し、リュックを子供の肩に通した。こんな事が自然に出来たのは、孫のお陰だろうと思う。

この綺麗なお母さんは、私の前を歩きながら言った。

「ありがとうございます」

私は、

「いいえ。賢い子ですね」

どう言っていいか分からなくて、咄嗟にそう応えた。可愛い男の子だったが、賢いかどうかまでは分からないのに。

そう言えば、森麻季さんのお腹は、かなり目立って大きかった。今年中かな。