熱闘甲子園ならぬ、オカリナ燃焼神戸が終わった。
今までボランティアの係りの人達が大変な労力を費やして来た事を、私は実感していなかった。
4日(第1日目)は8時15分に集合する事になっていた。私は気が張っていたのか1時間間違えて、神戸文化ホールに7時15分に着いた。それでも慌てて通用口から入って行った。守衛さんに訝しがられた。
事情が分かり、丁寧に対応して貰った。広い入り口ロビーでいて下さい、と言う事だった。まだ冷房も効かず暑い。で、ちょっとオカリナの練習をしようとして吹いたら、守衛さんがやって来て、ここでは止めてくれと。公園が涼しいから、そこで吹いたらと示唆してくれた。
人の通りは三々五々。通りすがりの人は、聴いているのかいないのか。そんな事にはお構いなしだった。
暫くすると新聞を持った人が、私の隣のベンチに座った。うるさいのに態々横に座るなんて。ごみを拾っている人が、すぐ近くに立って、仕事をしなくなった。じっとしている。聴いていたのだろうか。
かくして練習を終えたが、去り行く私の背中に約1名の、ポンポンと言った拍手があったような気がした。「ダニー・ボーイ」と「タイスの瞑想曲」の何度かの流しを終えたのだった。
8時15分には10人以上の人が集まった。私も袋詰めを手伝った。これだけの人数が集まれば、2日間の袋詰めもそう時間が掛からなかった。終わると、それぞれのポジションに就いた。受付、リハーサル、案内など。
11時に開会の挨拶を終えると、次は25番目の演奏を待つ事になる。抽選とは言え、4日のトップバッターが「モルデント・響」、つまりブロ友のそらの陽さんのデュオだった。「フニクリフニクラ」と「スペインのセレナーデ」は堂々とした演奏だった。
12時35分頃S.Sさんが来てくれた。1時からのリハーサルに間に合う為だった。1度でもやっておくと安心出来る。有り難い事である。
もう出番が次となった。そこで「タイスの瞑想曲」の楽譜がない事に気付いた。一瞬顔が青くなったと思う。暗いステージの袖では、誰にもそれは分からなかっただろう。私は慌ててカバンを置いてある所に走った。開けたがない! リハーサル室に走った。そこにもなかった。
暗譜出来ていない不安を抱えている。それに、間違わない為に今回だけは譜面台に乗せておきたかった。安心料なのである。もう一度と思いカバンを覗いた。2つジッパーが付いていて、普段入れている方の反対だけを開けていたのだ。
恐る恐る、しかもパッともう一つのジッパーを引いた。
あった!
ステージ袖に戻ると、もう少しで前の演奏が終わろうとしていた。
脈拍は速く波打ち、呼吸は荒かった。ホッとした安心感と速いビートの脈拍の狭間で、何度も深呼吸をした。それでも、呼吸の乱れた演奏をする方が、楽譜がないよりましだと思った。
7月31日のS.Sさん宅での練習で決めた事だが、「ダニー・ボーイ」は、亜音のソプラノCで吹く事を止めて白磁のトリプルで吹いた。「タイスの瞑想曲」はノーマルタイプのトリプルで、きちんとしたリズムではなく揺らしながら吹いた。タイスの心の中を知ろうとでもするかのように。
良かったのか悪かったのかは聴く人の判断によるが、S.Sさんは「良かったのではないか」と言ってくれた。それも指導のお陰だし、何よりピアノの繊細で豊かな表現が、私のオカリナの表現力を導き出してくれたと思う。
「ピアノは良かった」と、何人かの人から聞いた事が、それを物語っている。
ここでは書かないでおくが、いつも気が付いた事を指摘してくれる人がいる。それが、私の今後のターニングポイントとなる、凄く重要な事ばかりである。これを今回は糧として、今後に大いに生かして行きたいと思っている。
ゲストの演奏が終わると、7時から交流会があった。五弁の花(小林理子、山本優子、斉藤智枝、柳瀬史佳、五明ゆい)のチェロとアイリッシュハープを除いた最初のオカリナ3人が出席した。
あの鮮やかな衣装が今でも鮮やかに思い出される。赤、紫、緑がこの3人の衣装の色だった。
バイキング形式の交流会なので、先ずは食べなければなくなってしまう。そう宣言して食べて貰う所から始めた。
途中から、窓の外に港の花火大会の花火が連続で上がるのが見られた。小さかったが、それでも歓声が上がった。
特に話をしたのが小林理子さんで、オカリナの事や音楽の事などを椅子に並んで座って話した。片手にはビールのグラスだ。
山本優子さんは、ずっと前に知っていたが遠のいていた。そんな話をすると、ピョンと一歩私の前に飛び出した。覚えてくれていたと思った。
質問コーナを考えていて、実行委員の一人に質問を聞いて貰う事にした。ただ流れて過ぎる交流会よりも良いと思った。また、サプライズとして、オカリナの演奏をお願いした。それには快く応じてくれ、皆に伝えると歓声と大拍手が湧いた。
故郷を3人で2コーラス吹いた。なかなかの感動の演奏だった。役得だと言って、3人と握手をした。これは、感謝の意味を込めた握手だった。サプライズはいつも考えておかないといけないなと思う。この演奏は、オカリいなおさんのブログで聴く事が出来る。
8時40分に終わると、ツッキーさん、ひろこさん、そらの陽さん、南幸さんと私は2台のタクシーに分乗して、大丸横のニューミュンヘン倶楽部へ行った。シマさん夫婦が来ていたが、満員だった。
だがシマさんは、10人位入れる個室になった部屋を押さえていた。先陣が帰った所を見て、透かさず10人集まると言ったそうだ。ラッキーな話だ。流石シマさんだ。
もう一度整理してみると、集まったのはシマさん夫婦、オカリナママさん夫婦、ひろこさん夫婦、そらの陽さん、南幸さん、ツッキーさんと私の10人だ。この企画も、ツッキーさんからの提案で集めたものだった。
11時頃まで粘って解散となった。私が家に着いたのは真夜中12時を回っていたが、とても歩く気にはなれず、タクシーに乗った。久々の背広姿がこれで終わった。明日は、ガラっと違えて、ラフな姿にしよう。
5日(第2日目)は、8時30分が集合だった。もう私の役目も演奏もない。30分を回った所で文化ホールに着いた。だが、交流会とミュンヘンで、飲んで、飲んで、飲まれて、飲んで、ちょっと頬が紅潮していて睡眠不足で、堪らなく眠かった。でもジョギングだけはした。
演奏を聴いていても眠くなって仕方がなかった。気になる演奏は幾つかあるが、今回は何と言ってもひろこさんの演奏だった。37番の演奏だが、体調不良が気になっていた。だが、そんな事にはお構いなく、朗々と吹き上げた。ホッとしただろうが、大いに自信に繋がったと思う。
「踊り明かそう」「ベサメ・ムーチョ」どちらも聴衆を引き込んだ。音感やリズム感は抜群である。伴奏の要所要所でピタッと吹けている所は凄い。
そうして、最後はゲストの大沢聡さんのカルテット演奏である。ジャズが主体となっている。メンバーは、ピアノ伊藤昌司、ベース名古路一也、パーカション ルベン・フィゲロアのメンバーだ。ピアノは際立って上手いが、それに大沢さんのオカリナは呼応する。
改めてその凄さを感じた。その度に、自分が小さくなって行くのが分かる。オカリナの申し子ではないだろうかと思うほど、その音楽性やジャンルやアレンジは留まる所を知らない。滾滾と湧き出る泉である。
自分のオカリナを吹けばいいと思うものの、今回は特に刺激が強過ぎた。ジャズは人を酔わすから、尚更の事だ。
彼と共にトリプルオカリナが普及したのだから、その功績は大きいと言わざるを得ない。
兎にも角にも、2日間の燃焼神戸が終わった。一瞬の輝きを増して、花火のように消えた。もう来年の燃焼神戸の準備に入っている人もいるだろう。済んだ事を追いかけても、どうなるものでもない。
私は今、構想が立てられた。そして、1年後には少なくともほんのちょっとは成長していたいものだと思っている。
来年は2025年8月31日(土)と9月1日(日)が予定されている。また、皆さんと、元気で会いたいものだ。
今までボランティアの係りの人達が大変な労力を費やして来た事を、私は実感していなかった。
4日(第1日目)は8時15分に集合する事になっていた。私は気が張っていたのか1時間間違えて、神戸文化ホールに7時15分に着いた。それでも慌てて通用口から入って行った。守衛さんに訝しがられた。
事情が分かり、丁寧に対応して貰った。広い入り口ロビーでいて下さい、と言う事だった。まだ冷房も効かず暑い。で、ちょっとオカリナの練習をしようとして吹いたら、守衛さんがやって来て、ここでは止めてくれと。公園が涼しいから、そこで吹いたらと示唆してくれた。
人の通りは三々五々。通りすがりの人は、聴いているのかいないのか。そんな事にはお構いなしだった。
暫くすると新聞を持った人が、私の隣のベンチに座った。うるさいのに態々横に座るなんて。ごみを拾っている人が、すぐ近くに立って、仕事をしなくなった。じっとしている。聴いていたのだろうか。
かくして練習を終えたが、去り行く私の背中に約1名の、ポンポンと言った拍手があったような気がした。「ダニー・ボーイ」と「タイスの瞑想曲」の何度かの流しを終えたのだった。
8時15分には10人以上の人が集まった。私も袋詰めを手伝った。これだけの人数が集まれば、2日間の袋詰めもそう時間が掛からなかった。終わると、それぞれのポジションに就いた。受付、リハーサル、案内など。
11時に開会の挨拶を終えると、次は25番目の演奏を待つ事になる。抽選とは言え、4日のトップバッターが「モルデント・響」、つまりブロ友のそらの陽さんのデュオだった。「フニクリフニクラ」と「スペインのセレナーデ」は堂々とした演奏だった。
12時35分頃S.Sさんが来てくれた。1時からのリハーサルに間に合う為だった。1度でもやっておくと安心出来る。有り難い事である。
もう出番が次となった。そこで「タイスの瞑想曲」の楽譜がない事に気付いた。一瞬顔が青くなったと思う。暗いステージの袖では、誰にもそれは分からなかっただろう。私は慌ててカバンを置いてある所に走った。開けたがない! リハーサル室に走った。そこにもなかった。
暗譜出来ていない不安を抱えている。それに、間違わない為に今回だけは譜面台に乗せておきたかった。安心料なのである。もう一度と思いカバンを覗いた。2つジッパーが付いていて、普段入れている方の反対だけを開けていたのだ。
恐る恐る、しかもパッともう一つのジッパーを引いた。
あった!
ステージ袖に戻ると、もう少しで前の演奏が終わろうとしていた。
脈拍は速く波打ち、呼吸は荒かった。ホッとした安心感と速いビートの脈拍の狭間で、何度も深呼吸をした。それでも、呼吸の乱れた演奏をする方が、楽譜がないよりましだと思った。
7月31日のS.Sさん宅での練習で決めた事だが、「ダニー・ボーイ」は、亜音のソプラノCで吹く事を止めて白磁のトリプルで吹いた。「タイスの瞑想曲」はノーマルタイプのトリプルで、きちんとしたリズムではなく揺らしながら吹いた。タイスの心の中を知ろうとでもするかのように。
良かったのか悪かったのかは聴く人の判断によるが、S.Sさんは「良かったのではないか」と言ってくれた。それも指導のお陰だし、何よりピアノの繊細で豊かな表現が、私のオカリナの表現力を導き出してくれたと思う。
「ピアノは良かった」と、何人かの人から聞いた事が、それを物語っている。
ここでは書かないでおくが、いつも気が付いた事を指摘してくれる人がいる。それが、私の今後のターニングポイントとなる、凄く重要な事ばかりである。これを今回は糧として、今後に大いに生かして行きたいと思っている。
ゲストの演奏が終わると、7時から交流会があった。五弁の花(小林理子、山本優子、斉藤智枝、柳瀬史佳、五明ゆい)のチェロとアイリッシュハープを除いた最初のオカリナ3人が出席した。
あの鮮やかな衣装が今でも鮮やかに思い出される。赤、紫、緑がこの3人の衣装の色だった。
バイキング形式の交流会なので、先ずは食べなければなくなってしまう。そう宣言して食べて貰う所から始めた。
途中から、窓の外に港の花火大会の花火が連続で上がるのが見られた。小さかったが、それでも歓声が上がった。
特に話をしたのが小林理子さんで、オカリナの事や音楽の事などを椅子に並んで座って話した。片手にはビールのグラスだ。
山本優子さんは、ずっと前に知っていたが遠のいていた。そんな話をすると、ピョンと一歩私の前に飛び出した。覚えてくれていたと思った。
質問コーナを考えていて、実行委員の一人に質問を聞いて貰う事にした。ただ流れて過ぎる交流会よりも良いと思った。また、サプライズとして、オカリナの演奏をお願いした。それには快く応じてくれ、皆に伝えると歓声と大拍手が湧いた。
故郷を3人で2コーラス吹いた。なかなかの感動の演奏だった。役得だと言って、3人と握手をした。これは、感謝の意味を込めた握手だった。サプライズはいつも考えておかないといけないなと思う。この演奏は、オカリいなおさんのブログで聴く事が出来る。
8時40分に終わると、ツッキーさん、ひろこさん、そらの陽さん、南幸さんと私は2台のタクシーに分乗して、大丸横のニューミュンヘン倶楽部へ行った。シマさん夫婦が来ていたが、満員だった。
だがシマさんは、10人位入れる個室になった部屋を押さえていた。先陣が帰った所を見て、透かさず10人集まると言ったそうだ。ラッキーな話だ。流石シマさんだ。
もう一度整理してみると、集まったのはシマさん夫婦、オカリナママさん夫婦、ひろこさん夫婦、そらの陽さん、南幸さん、ツッキーさんと私の10人だ。この企画も、ツッキーさんからの提案で集めたものだった。
11時頃まで粘って解散となった。私が家に着いたのは真夜中12時を回っていたが、とても歩く気にはなれず、タクシーに乗った。久々の背広姿がこれで終わった。明日は、ガラっと違えて、ラフな姿にしよう。
5日(第2日目)は、8時30分が集合だった。もう私の役目も演奏もない。30分を回った所で文化ホールに着いた。だが、交流会とミュンヘンで、飲んで、飲んで、飲まれて、飲んで、ちょっと頬が紅潮していて睡眠不足で、堪らなく眠かった。でもジョギングだけはした。
演奏を聴いていても眠くなって仕方がなかった。気になる演奏は幾つかあるが、今回は何と言ってもひろこさんの演奏だった。37番の演奏だが、体調不良が気になっていた。だが、そんな事にはお構いなく、朗々と吹き上げた。ホッとしただろうが、大いに自信に繋がったと思う。
「踊り明かそう」「ベサメ・ムーチョ」どちらも聴衆を引き込んだ。音感やリズム感は抜群である。伴奏の要所要所でピタッと吹けている所は凄い。
そうして、最後はゲストの大沢聡さんのカルテット演奏である。ジャズが主体となっている。メンバーは、ピアノ伊藤昌司、ベース名古路一也、パーカション ルベン・フィゲロアのメンバーだ。ピアノは際立って上手いが、それに大沢さんのオカリナは呼応する。
改めてその凄さを感じた。その度に、自分が小さくなって行くのが分かる。オカリナの申し子ではないだろうかと思うほど、その音楽性やジャンルやアレンジは留まる所を知らない。滾滾と湧き出る泉である。
自分のオカリナを吹けばいいと思うものの、今回は特に刺激が強過ぎた。ジャズは人を酔わすから、尚更の事だ。
彼と共にトリプルオカリナが普及したのだから、その功績は大きいと言わざるを得ない。
兎にも角にも、2日間の燃焼神戸が終わった。一瞬の輝きを増して、花火のように消えた。もう来年の燃焼神戸の準備に入っている人もいるだろう。済んだ事を追いかけても、どうなるものでもない。
私は今、構想が立てられた。そして、1年後には少なくともほんのちょっとは成長していたいものだと思っている。
来年は2025年8月31日(土)と9月1日(日)が予定されている。また、皆さんと、元気で会いたいものだ。