もうじき3年を迎える。結婚3年目ではなく、ブログを始めてからである。あの頃は、毎日書こうと必死だった。それだけ没頭していた。今は書きたい時に書き、オカリナの流離い人となった。
マリーさん夫婦が神戸に来て、酵母菌がパンを膨らませるように膨らませるだけ膨らませて、4日間の滞在を終え秋田に帰って行った。
6月3日と4日の事をちょっとだけ記して、私はまたブログ放ったらかしで、オカリナの流離いの旅に出る。
3日は10時半に、JR三ノ宮駅中央口に集合した。何と、ひろこさんも来た。てっきりホテルで寝ているとばかり思っていた。それで、マリーさん夫妻と4人が揃った。
シマさんは今日は書き入れ時で、案内は出来ない。私がする事は、当初から決まっていた。ひろこさんも来ると言うのは番外だったが、これは楽しい事の予兆だった。
北野坂を歩いて北上し、風見鶏の館へ行く前に、六甲牧場の美味しいソフトクリームを紹介して、食べる事にした。私が食べたいからだった。こんな事は皆アドリブだ。「濃いくて美味い」と旦那が言った。
私は集合までに三ノ宮駅構内で、どこぞの国の固めのワッフルを買っておいたので、それを配ってソフトクリームのあてにした。
風見鶏の館の円形になった広場のベンチで、それらを食べた。何だかもうお昼ご飯は要らない感じにお腹は膨らんだ。女性2人は、そのベンチで、ちょっとだけオカリナを吹いた。
「私は去年ここでオカリナを吹かせて貰ったもので、今証明出来るものはありませんがシルバーです」
と言った。本当はシルジーなんだろうけれど。それで、即座に只になった。後の3人は、誇らしげに入場料を払った。100円増しで萌黄の館も見学出来る。
まあ、中をぐるっと回ってお土産を売っているコーナーに来た。
「このハンカチはここにしか売ってないし、綺麗だなあ」
と言うと、旦那がすぐにそれを買った。私は風見鶏の回し者ではないけれど、何となく人が買うように話す癖があるようだ。
ステンドグラスのコースターを手に取り、
「綺麗だなあ」
と透かして見ていると、マリーさんがその気になって、お土産にとか何とか言いながら、沢山購入した。2種類あって、この館全体の図柄と風見鶏だけの図柄だった。
籠に入っていたコースターは見る見る少なくなり、あと僅かの状態になった。私はいつでも買えるけれど、これは確かに記念になる。ずっと思い出しながら、ビールが飲めると言うものだ。
余計な事ばかり書いていると先に進まない。思い切って、萌黄の館での事は割愛する。
「私は風見鶏の館にシルバーで只で入りましたが、ここはどうですか」
と聞くと、大変に上品な、誰かとはちょっと違う女性が、
「そのままで入れますよ」
と言ってくれた。いい人だなあと、こんな時はいつも思う。
うろこの家は更に坂を上るが、左に曲がらずに真っ直ぐ行ってしまった。しまったと思いながら後戻りをすると、「もお」と牛のようにひろこさんが言った。仕方がないではないか。私は、心を強くして進んだ。
たこ焼きはもう食べない事にした。皆、もう食べられないと言った。けれど、明石焼きの説明をしなければならない。どう説明したら分かって貰えるだろうか。
「板の上にひろこさんの顔を小さくしたものが10個並んだようなものです。それを汁に浸けて食べるんです」
と言った。ひろこさんは何か反応していたが、記憶にない。
千円は高いので、うろこの部分を外から見るだけにした。この坂は急で、正に足が棒状態だった事だろう。旦那はスポーツマンだから、私に平気で付いて来た。だが、後の2名は必死で付いて来ている感があった。ダイエットウオーキングを兼ねた案内だと最初から言ってあるので、付いて来なかったら迷子になると思っているのだろう。
非情な、扱きの鬼みたいな案内だと思った事だろう。ジョギングを始めていなかったら、案内役の私が一番遅れていたのではないだろうか。
又北野坂を下り、神戸駅まで行って、そこからモザイクへ行きポートタワーを目指した。歩いた。歩いた。足がある限り、歩いた。
ポートタワーがこんなに込んでいるとは思わなかった。この間など、ほんの数人しかいない状態だったのに。
エレベーター待ちをしているが、これは台湾からの観光客なのか。ガイドさんらしい人に訊ねた。
「台湾の方達ですか」
「いえ、日本人ですよ」
「どこから来たんですか」
「出雲からです」
「え~~~っ。私も出雲の出身ですよ。出雲のどこです?」
「簸川ですよ」
「おー、のー。大津小学校がある所でしょ? これは奇遇だ。貴女の顔もしっかり覚えとこ」
と言ったが、すぐに忘れた。
もう最上階に行かずに、回転する喫茶店に直行した。静かに神戸の景色が変わる。20分で1周するらしい。
皆ほっとして、ドリンクを注文した。ブルーの綺麗なお酒。ゴクッ。美味い。フーッ。心臓の鼓動は同じように脈打っていただろう。
ひろこさんとは、何故か親父ギャグの応酬みたいで、マリーさん夫婦には信じられない新喜劇だった事だろう。ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う。これは私の事だが、会って間がない人と、なんでだろ~、分からん。世界の七不思議に入るだろうと思える。
私は、次にコーラ入りのお酒を頼んだ。グラスに、その液体はそそるように満ちている。3分の1位飲んだ時、ちょっとそこまで行った。韓国語で言うとファジャンシル。化粧室と書いてそう読む。
戻って席に着こうとして、衝撃が走った。さっきまで3分の2程残していた茶色のお酒が空っぽになっていた。だれかの悪戯だろうと思った。何処かに、中味を移し変えて隠しているだろう、と。
所が、旦那は無罪だと言う顔をしているし、吃驚仰天だった。犯人はひろこさんだったのだ。全部飲んでいた。後で聞いた話だが、それを唆したのがマリーさんだったとは。本当は心の中では2人の共謀は嬉しい事だったのである。この親しさが、また幸せを生むだろうからである。
こんなに歩かせた事を思えば、謝罪のコーラお酒だとも言える。これだけでは足らなかっただろうなあ。それはまた来年があったらの話にしておこう。
誰も読みたくないこんなに長い身勝手なブログ。ここらでちょっと休まないと、私の執筆生命の存亡に関わる。
と言う訳で、後半は又の続きとしたい。3日と4日所か、3日の半分しか書けなかった。早く書き終えないと、オカリナの練習が出来ない。
マリーさん夫婦が神戸に来て、酵母菌がパンを膨らませるように膨らませるだけ膨らませて、4日間の滞在を終え秋田に帰って行った。
6月3日と4日の事をちょっとだけ記して、私はまたブログ放ったらかしで、オカリナの流離いの旅に出る。
3日は10時半に、JR三ノ宮駅中央口に集合した。何と、ひろこさんも来た。てっきりホテルで寝ているとばかり思っていた。それで、マリーさん夫妻と4人が揃った。
シマさんは今日は書き入れ時で、案内は出来ない。私がする事は、当初から決まっていた。ひろこさんも来ると言うのは番外だったが、これは楽しい事の予兆だった。
北野坂を歩いて北上し、風見鶏の館へ行く前に、六甲牧場の美味しいソフトクリームを紹介して、食べる事にした。私が食べたいからだった。こんな事は皆アドリブだ。「濃いくて美味い」と旦那が言った。
私は集合までに三ノ宮駅構内で、どこぞの国の固めのワッフルを買っておいたので、それを配ってソフトクリームのあてにした。
風見鶏の館の円形になった広場のベンチで、それらを食べた。何だかもうお昼ご飯は要らない感じにお腹は膨らんだ。女性2人は、そのベンチで、ちょっとだけオカリナを吹いた。
「私は去年ここでオカリナを吹かせて貰ったもので、今証明出来るものはありませんがシルバーです」
と言った。本当はシルジーなんだろうけれど。それで、即座に只になった。後の3人は、誇らしげに入場料を払った。100円増しで萌黄の館も見学出来る。
まあ、中をぐるっと回ってお土産を売っているコーナーに来た。
「このハンカチはここにしか売ってないし、綺麗だなあ」
と言うと、旦那がすぐにそれを買った。私は風見鶏の回し者ではないけれど、何となく人が買うように話す癖があるようだ。
ステンドグラスのコースターを手に取り、
「綺麗だなあ」
と透かして見ていると、マリーさんがその気になって、お土産にとか何とか言いながら、沢山購入した。2種類あって、この館全体の図柄と風見鶏だけの図柄だった。
籠に入っていたコースターは見る見る少なくなり、あと僅かの状態になった。私はいつでも買えるけれど、これは確かに記念になる。ずっと思い出しながら、ビールが飲めると言うものだ。
余計な事ばかり書いていると先に進まない。思い切って、萌黄の館での事は割愛する。
「私は風見鶏の館にシルバーで只で入りましたが、ここはどうですか」
と聞くと、大変に上品な、誰かとはちょっと違う女性が、
「そのままで入れますよ」
と言ってくれた。いい人だなあと、こんな時はいつも思う。
うろこの家は更に坂を上るが、左に曲がらずに真っ直ぐ行ってしまった。しまったと思いながら後戻りをすると、「もお」と牛のようにひろこさんが言った。仕方がないではないか。私は、心を強くして進んだ。
たこ焼きはもう食べない事にした。皆、もう食べられないと言った。けれど、明石焼きの説明をしなければならない。どう説明したら分かって貰えるだろうか。
「板の上にひろこさんの顔を小さくしたものが10個並んだようなものです。それを汁に浸けて食べるんです」
と言った。ひろこさんは何か反応していたが、記憶にない。
千円は高いので、うろこの部分を外から見るだけにした。この坂は急で、正に足が棒状態だった事だろう。旦那はスポーツマンだから、私に平気で付いて来た。だが、後の2名は必死で付いて来ている感があった。ダイエットウオーキングを兼ねた案内だと最初から言ってあるので、付いて来なかったら迷子になると思っているのだろう。
非情な、扱きの鬼みたいな案内だと思った事だろう。ジョギングを始めていなかったら、案内役の私が一番遅れていたのではないだろうか。
又北野坂を下り、神戸駅まで行って、そこからモザイクへ行きポートタワーを目指した。歩いた。歩いた。足がある限り、歩いた。
ポートタワーがこんなに込んでいるとは思わなかった。この間など、ほんの数人しかいない状態だったのに。
エレベーター待ちをしているが、これは台湾からの観光客なのか。ガイドさんらしい人に訊ねた。
「台湾の方達ですか」
「いえ、日本人ですよ」
「どこから来たんですか」
「出雲からです」
「え~~~っ。私も出雲の出身ですよ。出雲のどこです?」
「簸川ですよ」
「おー、のー。大津小学校がある所でしょ? これは奇遇だ。貴女の顔もしっかり覚えとこ」
と言ったが、すぐに忘れた。
もう最上階に行かずに、回転する喫茶店に直行した。静かに神戸の景色が変わる。20分で1周するらしい。
皆ほっとして、ドリンクを注文した。ブルーの綺麗なお酒。ゴクッ。美味い。フーッ。心臓の鼓動は同じように脈打っていただろう。
ひろこさんとは、何故か親父ギャグの応酬みたいで、マリーさん夫婦には信じられない新喜劇だった事だろう。ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う。これは私の事だが、会って間がない人と、なんでだろ~、分からん。世界の七不思議に入るだろうと思える。
私は、次にコーラ入りのお酒を頼んだ。グラスに、その液体はそそるように満ちている。3分の1位飲んだ時、ちょっとそこまで行った。韓国語で言うとファジャンシル。化粧室と書いてそう読む。
戻って席に着こうとして、衝撃が走った。さっきまで3分の2程残していた茶色のお酒が空っぽになっていた。だれかの悪戯だろうと思った。何処かに、中味を移し変えて隠しているだろう、と。
所が、旦那は無罪だと言う顔をしているし、吃驚仰天だった。犯人はひろこさんだったのだ。全部飲んでいた。後で聞いた話だが、それを唆したのがマリーさんだったとは。本当は心の中では2人の共謀は嬉しい事だったのである。この親しさが、また幸せを生むだろうからである。
こんなに歩かせた事を思えば、謝罪のコーラお酒だとも言える。これだけでは足らなかっただろうなあ。それはまた来年があったらの話にしておこう。
誰も読みたくないこんなに長い身勝手なブログ。ここらでちょっと休まないと、私の執筆生命の存亡に関わる。
と言う訳で、後半は又の続きとしたい。3日と4日所か、3日の半分しか書けなかった。早く書き終えないと、オカリナの練習が出来ない。