ロビーコンサートの為の写真を携帯で撮り、プロフィールを携帯に打ち込み、Tさんに送った。Tさんは日本海の方に出掛けていて、そこは電波が届かないと言っていた。明日はこちらに帰っているだろうから、それらが着信しているか、また採用か否かの返事があるだろう。
もう今日は11日だが、まだ温存されている2日の夜の事を、簡潔に書いてみよう。
三ノ宮駅の中央口は、見知らぬ人でごった返していた。
6時15分に間に合ったマリーさん夫妻と私は、改札口の辺りにいた。
K君、S君の顔が見えた。その内ひろこさんがこちらへ向かって来て、マリーさんや略同時に姿を現したそらの陽さんやオカリナママさんと親しそうに挨拶を交わした。8人で宴会場「まさ木」へ向かう。
2階に上がると、奥の小部屋には先客があった。いずれその先客たちは帰るのであるが。
こちらの席には8人が向かい合って並んだ。
その内、今日の風月堂でのコンサートを終えて、一度家に帰ったBO夫婦さんがやって来た。B夫さんもO妻さんも、どちらも貫禄(でかいと言う意味ではない)があり、後光が差していた。そんなベースとフルート・オカリナ奏者がここにやって来たのだった。
向こう側に6人、こちら側に6人、左と右の端に一人ずつの14人分の席がこしらえてある。うなぎの寝床状態なので、離れていると話しがし難い。
やがてツッキーさん夫婦から電話があり、すぐ近くの加納町3丁目の歩道橋の上に迎えに行った。沢山の荷物を抱えていた。
もうマリーさんの挨拶とビールでの乾杯はすんでいたが、再び乾杯をした。ツッキーさんには大仕事が待っている。
馬刺しが出て来た。チヂミも出て来た。蒸し豚も出て来た。飲み放題にしていたから、ビールやマッコリやウーロン茶を頼みながら、飲んだ。
階段の上り口の手前の隅には、私が座っている。その隣には、ひろこさんが座っていた。マッコリが持って来られた時に、ひろこさんは「モッコリ」と言った。わたしは「ちょっと」と言った。
ここで、また明日へと続くバトルに発展して行く予感があった。
私は進行係である。自己紹介は個人個人で順にして貰った。皆、オカリナを持参していた。順番に吹いて貰う事にした。躊躇する者など、誰もいない。度胸満点、スリル満点だ。
「私は、飲んだら何をするか分からないからね」
と言っていたひろこさんだったが、何を吹こうか考えている所などはしおらしい女性に見えた。そらの陽さんもオカリナママさんも堂々としたものだ。
小部屋が開いたが、そこに来ていた人達はこのBO夫婦さんの、つまりESPERANZAの演奏を聴いて来た、と言った。宇宙は広いが、世間は狭い。
この小部屋で、ツッキーさんの3連を見て、試奏もさせて貰う事になった。O妻さんはとても興味を持っていて、その丸見えの別室でケースに詰まった6本のトリプルオカリナを見たり、吹いたり、ツッキーさんの話を聞いたりしていた。この部屋にはオカリナママさんもそらの陽さんも行った。特別講座が開かれ、聴講組と宴会ワイワイ組とに、暫く分かれた。
マリーさんやひろこさんは行かなかった。それは、ひろこさんは既に持っているし、マリーさんは今日買ったばかりだったからである。ひろこさんの場合は、見るより飲みたかったのもあると思う。後で覗いたようであったけれど。
私は、丁度斜交いのBO夫婦さんの所にマッコリの箱を持って行って飲んでいた。
ツッキーさんの3連を吹く音が聞こえている。いとも簡単に軽快な曲を操っている。感心して聴いている美女3人がいた。京都大原三千院だったら、凄い風情があっただろうと想像した。
暫くしてツッキー店をたたみ、演奏の続きをした。ツッキーさんの奥さんは3連のイカロスを吹いた。ツッキーさんはオオサワトリプルで超絶技巧の曲を披露した。B夫さんは、「凄い」と言って褒めていた。
O妻さんも吹いてくれた。私もマッコリの入った息で、2曲吹いた。何度もやり直した。馬鹿丸出しだった。酒は、今夜も私を酔わせ、泣かせるのね。そんな事言ってる場合ではない。
シマさん夫婦から、伊丹に着いたがどうしようか、と言う連絡を受けていた。私は、必ず来るように言った。彼らが来なければ、この会は収束しない。少し(大分かな)遅れて、シマさん達は来てくれた。これで、14人集まった。オカリナママさんのご主人も来る筈だったが、事故で来られなくなっていた。交通事故とか何とかの事故ではないにしても、本人に取っては大きな事故だ。
マリーさんが私のいた場所に座ると、マリーさん、ひろこさん、そらの陽さん、オカリナママさん、ツッキーさんの奥さんが並んで合奏した。まるで、純真な子供に帰ったような感じに見えた。これがオカリナの本質だと思った。楽しそうに、天真爛漫に吹いている。この光景は、私のマッコリの入った脳みその中にさえも、しっかりと焼き付いた。
マリーさんの旦那は、ギターを出して伴奏したりしている。ベースのカリスマB夫さんは、にこにこして見ている。ギターを弾く旦那も然る事ながら、旦那の素敵な人柄を見ていたのだと思う。
マリーさんは、皆にお土産をくれた。余りにも凄いお土産を。焼酎とお米。詳しくは、ここの誰かのブログを探して訪問して頂きたい。写真入りで載っている。
数ヶ月しか誕生日が違わない旦那に、B夫さんは「兄貴」と盛んに叫んでいた。B夫さんも、とても優しい良い人だ。
K君とS君は、時間を気にして帰って行った。私の竹馬の友でオカリナは吹かないが、2年前にここでやったマリーさんを歓迎する会には来てくれている。
4時間近くの集まりだったが、シマさんは明日シマ唄の演奏があるので奥さんと帰った。彼は、その会を仕切っているので、その準備もあったのだ。
かくして、長くて短い宴会は幕を閉じた。終わってしまえばまた元の静寂に戻るが、その瞬間瞬間があってこそ、思い出と言う宝石箱に収められて行く。静寂ばかりでは、人生は楽しくない。その瞬間を作るのは自分だ。ほんの少しの期待と熱を抱いて自ら出向けば、そこには決して後悔しない喜びが待っているのだ。
その一瞬は、風呂敷のようなしじまの何処か一点で、熱く燃える。
小学校や中学校時代を思い出してみるといい。まるで、キャンプファイヤーでの一瞬のような気がする。人は、懐かしいものである。
もう今日は11日だが、まだ温存されている2日の夜の事を、簡潔に書いてみよう。
三ノ宮駅の中央口は、見知らぬ人でごった返していた。
6時15分に間に合ったマリーさん夫妻と私は、改札口の辺りにいた。
K君、S君の顔が見えた。その内ひろこさんがこちらへ向かって来て、マリーさんや略同時に姿を現したそらの陽さんやオカリナママさんと親しそうに挨拶を交わした。8人で宴会場「まさ木」へ向かう。
2階に上がると、奥の小部屋には先客があった。いずれその先客たちは帰るのであるが。
こちらの席には8人が向かい合って並んだ。
その内、今日の風月堂でのコンサートを終えて、一度家に帰ったBO夫婦さんがやって来た。B夫さんもO妻さんも、どちらも貫禄(でかいと言う意味ではない)があり、後光が差していた。そんなベースとフルート・オカリナ奏者がここにやって来たのだった。
向こう側に6人、こちら側に6人、左と右の端に一人ずつの14人分の席がこしらえてある。うなぎの寝床状態なので、離れていると話しがし難い。
やがてツッキーさん夫婦から電話があり、すぐ近くの加納町3丁目の歩道橋の上に迎えに行った。沢山の荷物を抱えていた。
もうマリーさんの挨拶とビールでの乾杯はすんでいたが、再び乾杯をした。ツッキーさんには大仕事が待っている。
馬刺しが出て来た。チヂミも出て来た。蒸し豚も出て来た。飲み放題にしていたから、ビールやマッコリやウーロン茶を頼みながら、飲んだ。
階段の上り口の手前の隅には、私が座っている。その隣には、ひろこさんが座っていた。マッコリが持って来られた時に、ひろこさんは「モッコリ」と言った。わたしは「ちょっと」と言った。
ここで、また明日へと続くバトルに発展して行く予感があった。
私は進行係である。自己紹介は個人個人で順にして貰った。皆、オカリナを持参していた。順番に吹いて貰う事にした。躊躇する者など、誰もいない。度胸満点、スリル満点だ。
「私は、飲んだら何をするか分からないからね」
と言っていたひろこさんだったが、何を吹こうか考えている所などはしおらしい女性に見えた。そらの陽さんもオカリナママさんも堂々としたものだ。
小部屋が開いたが、そこに来ていた人達はこのBO夫婦さんの、つまりESPERANZAの演奏を聴いて来た、と言った。宇宙は広いが、世間は狭い。
この小部屋で、ツッキーさんの3連を見て、試奏もさせて貰う事になった。O妻さんはとても興味を持っていて、その丸見えの別室でケースに詰まった6本のトリプルオカリナを見たり、吹いたり、ツッキーさんの話を聞いたりしていた。この部屋にはオカリナママさんもそらの陽さんも行った。特別講座が開かれ、聴講組と宴会ワイワイ組とに、暫く分かれた。
マリーさんやひろこさんは行かなかった。それは、ひろこさんは既に持っているし、マリーさんは今日買ったばかりだったからである。ひろこさんの場合は、見るより飲みたかったのもあると思う。後で覗いたようであったけれど。
私は、丁度斜交いのBO夫婦さんの所にマッコリの箱を持って行って飲んでいた。
ツッキーさんの3連を吹く音が聞こえている。いとも簡単に軽快な曲を操っている。感心して聴いている美女3人がいた。京都大原三千院だったら、凄い風情があっただろうと想像した。
暫くしてツッキー店をたたみ、演奏の続きをした。ツッキーさんの奥さんは3連のイカロスを吹いた。ツッキーさんはオオサワトリプルで超絶技巧の曲を披露した。B夫さんは、「凄い」と言って褒めていた。
O妻さんも吹いてくれた。私もマッコリの入った息で、2曲吹いた。何度もやり直した。馬鹿丸出しだった。酒は、今夜も私を酔わせ、泣かせるのね。そんな事言ってる場合ではない。
シマさん夫婦から、伊丹に着いたがどうしようか、と言う連絡を受けていた。私は、必ず来るように言った。彼らが来なければ、この会は収束しない。少し(大分かな)遅れて、シマさん達は来てくれた。これで、14人集まった。オカリナママさんのご主人も来る筈だったが、事故で来られなくなっていた。交通事故とか何とかの事故ではないにしても、本人に取っては大きな事故だ。
マリーさんが私のいた場所に座ると、マリーさん、ひろこさん、そらの陽さん、オカリナママさん、ツッキーさんの奥さんが並んで合奏した。まるで、純真な子供に帰ったような感じに見えた。これがオカリナの本質だと思った。楽しそうに、天真爛漫に吹いている。この光景は、私のマッコリの入った脳みその中にさえも、しっかりと焼き付いた。
マリーさんの旦那は、ギターを出して伴奏したりしている。ベースのカリスマB夫さんは、にこにこして見ている。ギターを弾く旦那も然る事ながら、旦那の素敵な人柄を見ていたのだと思う。
マリーさんは、皆にお土産をくれた。余りにも凄いお土産を。焼酎とお米。詳しくは、ここの誰かのブログを探して訪問して頂きたい。写真入りで載っている。
数ヶ月しか誕生日が違わない旦那に、B夫さんは「兄貴」と盛んに叫んでいた。B夫さんも、とても優しい良い人だ。
K君とS君は、時間を気にして帰って行った。私の竹馬の友でオカリナは吹かないが、2年前にここでやったマリーさんを歓迎する会には来てくれている。
4時間近くの集まりだったが、シマさんは明日シマ唄の演奏があるので奥さんと帰った。彼は、その会を仕切っているので、その準備もあったのだ。
かくして、長くて短い宴会は幕を閉じた。終わってしまえばまた元の静寂に戻るが、その瞬間瞬間があってこそ、思い出と言う宝石箱に収められて行く。静寂ばかりでは、人生は楽しくない。その瞬間を作るのは自分だ。ほんの少しの期待と熱を抱いて自ら出向けば、そこには決して後悔しない喜びが待っているのだ。
その一瞬は、風呂敷のようなしじまの何処か一点で、熱く燃える。
小学校や中学校時代を思い出してみるといい。まるで、キャンプファイヤーでの一瞬のような気がする。人は、懐かしいものである。