5月23日は、甥達トリオに取っては特別な日。私に取っても、こんな日は滅多にない。そんな時間が刻々と迫っていた。
バスを半時間早めて乗った。すると開場18時30分の30分以上前に着いてしまった。三ノ宮北野坂にあるグリーンドルフィンの地下からは、3人の音が聞こえて来る。リハーサルをしているのだろう。まだ誰も来ていなかった。
ゆっくり北野坂を更に上がり、風見鶏の館に着いた。もう閉館していたが、また戻る道々、色んな店などがあるのを知った。ゆっくり歩く事は、大いに発見に繋がると言う事を発見した。
5、6人の人が待っていた。何だか見た事のある人物が、遠目にも認識出来た。出雲から妹が聴きに来ていたのだ。昨夕考えて、バスで来たと言う。そんな事、全く知らなかった。友達がいると言うのでよく見た。頭が混乱しそうだったが、神戸に住んでいる従妹2人だった。急に誘ったそうである。
18時半を過ぎて地下に降り、すぐの会場に入った。5、6人ずつのテーブルが6つある。これでは60人は入れまい。が、一番奥に20人は座れる長テーブルがあった。それなら60人は入る事が出来る。
19時30分過ぎから1回目のステージが始まった。真ん中に森田悠介(ベース)。左に桑原あい(ピアノ)。右に鈴木智久(ドラム)。所狭しとその位置に着いた。
私はシマさん夫婦とKi君と、前列真ん中のテーブルに着いている。甥の悠介はすぐそこにいて、掴めそうな位だ。
私が案内した人達が10人以上いて、ちょっとあいさつ回りをした。身内の感がしたが、それでもよく来てくれて、それだけでも大感謝だった。兎に角満員だったのだから。私の面子も立ったと言うものだ。
素晴らしい、ジャズだった。ピアノもダイナミックで、小さな体から20歳の青春が溢れ出していた。もう彼女の将来は、止めない限りこのままピアノで進む事になる。20歳までに自分の行く道が見えている人は幸いな人には違いない。
ベース捌きは、伯父の私でも凄いと思った。凄い速度で指が動いている。左のコードを押さえる指も、右の弦を弾く5本の指も、それらはその早業に目も耳も奪われた。おっと、心もね。
ドラムも、この若さで自信に満ちていた。撥捌きも、じっと見ているとそこにはドラマがある。何人かの若い男達は、そこに真剣な眼差しを向けている。しかし、一つの芸術をこの一瞬に紡ごうとしているトリオの、はち切れそうな躍動感。人に聴いて貰える程の表現出来るものを持つ素晴らしさは、前途洋々たるものがある。
2回目のステージは21時からだったが、時間の関係だろうけれど、10人位は減っていた。なかなか出難い人達もいるのだ。すべてのプログラムを1時間繰り上げたらどうだっただろう。18時30分から始めて、21時過ぎには終わるプログラミング。そうすれば、2回目のステージでも、そんなに目立って帰ったりはしなかったのではないか。
「聴きたかったけど、時間が遅くなるので帰った」
と言う人が、結構いたのである。私は遅くてもいいのだが、女性は色々考えるものがあるのだろうかと思う。
1st stage
BET UP
3=log2(8)
Watermelon Man
水平線~Green Horizon~
Sir Duke
Circuit River
From here to there
2nd stage
On Green Dolphin Street
Cosmic Wave
Save that CHEEZE
Edit typos.
Chronometer
mind blindness
Havona
かくして、
2012.5.23 ai kuwabara trio project アルバムリリース記念ライブ in 神戸は終わった。その一瞬一瞬の音をそれぞれの胸の中に落としながら・・。音楽の素晴らしい所は、そこに今がある事。そして、その今を、今共有出来る事。終わった瞬間に、もうその音はないけれど、私は、そこに惹かれるのだ。
24日は、悠介とあいちゃんに新長田の明石焼きを食べさせる事になっていた。悠介に事前に聞いていた。韓国風冷麺がいいか、カツ丼がいいか、麺の見えないほどチャーシューで覆われているラーメンがいいか、明石焼きがいいか。
どれも魅力はあったそうだが、明石焼きに即決していた。
妹と従妹に三ノ宮から電話をしてみると、偶然にも三ノ宮にいて、5人での行動となった。
新長田では11時に会う事になっていた。あいちゃんも妹も、明石焼きは初めてである。あいちゃんはとても陽気で、もうミュージシャンの顔はなかった。20歳の可愛い女の子だった。悠介も、ちょっとだけ年上のお兄ちゃん、と言った所だ。
あいちゃんの明石焼きを食べた時の喜びようは尋常ではなかった。一つひとつ感動しながら、声を張り上げて食べる。ご馳走する方も、気持ちのいいものだった。
18メートルもある鉄人28号の前では、股の下まで走って、鉄人と同じポーズを取りながら、若い者同士写真の撮り合いをしている。
5人いるが、私と従妹が神戸の住人である。私には持ち合わせていなかったアイディアが出た。若者がよく行く神戸のモザイクに行く事になった。あいちゃんも海が見たいと言ったので。
皆喉が渇いていた。ソフトクリームが食べたかった。だが、面白い店を発見して、釣られて入ってしまった。カップを買って、その中に様々なソフトクリームを、落ちないだけ入れる事が出来るのだ。フルーツもある。これは楽しかった。思い思いの味も楽しめたのである。
遊覧船は時間がかかるので止めにして、ポートタワーに上る事にした。最上階の展望台に上ると、疲れたのか皆椅子に腰を掛けた。あいちゃんに、明石焼きの店で話していたオカリナを見せる事にした。興味深く吹いたが、それもあっと言う間に、とても綺麗な音が出た。従妹は、流石にミュージシャンだと言って、感心していた。
一つ下の回転展望喫茶に入った。ゆっくり回っている。これは愉快だ。さっき行ったモザイクも、すぐ眼下に見える。
私はコーラを注文した。飲んだ後の透明なグラスに、存在感のある真っ赤なストローがとても綺麗だ。その1本のストローに惹かれた私は、何処かでそのストローを見つけて、買いたいと思った。マイストローにしたい位だった。マエストロじゃないよ。
3時を過ぎた。神戸駅まで歩き、2人はベースなどの重い荷物をコインロッカーから出した。そこで見送って、2人は新快速に乗り大阪駅まで。また一つ、確かな事実が嘘だったかのように消えた。悠介とあいちゃんは、今ここにいないけれど鈴木君も、少なくとも若い夢を与えてくれた。それは、聴衆の一人ひとりの胸に流し込まれ、その活力は確実に蘇生された。
妹は23時30分のバスで出雲に帰ると言う。従妹と2人でぶらぶらすると言ったが、更に7時間はある。私は、夕食を付き合って、少し話をしようと思った。三ノ宮まで行くと、KYKに入った。豚カツの店である。
生ビールが半額だったのは助かる。久々の豚カツは、ビールと共に胃袋に滲みた。
5人との思い出が、今蘇る。ここには書いていないが、私は色んな事を饒舌に喋った。笑いも取った。この屈託のない2人の若者に、エールを送る積りがあったからだ。
私は、彼らを心から応援している。それは、死ぬまで青春であると思っている私も、オカリナを頑張りたいと思うからである。
妹達には付き合い切れないので、19時50分の高速バスに乗れるようにKYKを出た。
また書くと思うが、27日には、30分間オカリナを演奏する事になった。その話があったのがこの24日の事だった。商店街の路上ライブである。
バスを半時間早めて乗った。すると開場18時30分の30分以上前に着いてしまった。三ノ宮北野坂にあるグリーンドルフィンの地下からは、3人の音が聞こえて来る。リハーサルをしているのだろう。まだ誰も来ていなかった。
ゆっくり北野坂を更に上がり、風見鶏の館に着いた。もう閉館していたが、また戻る道々、色んな店などがあるのを知った。ゆっくり歩く事は、大いに発見に繋がると言う事を発見した。
5、6人の人が待っていた。何だか見た事のある人物が、遠目にも認識出来た。出雲から妹が聴きに来ていたのだ。昨夕考えて、バスで来たと言う。そんな事、全く知らなかった。友達がいると言うのでよく見た。頭が混乱しそうだったが、神戸に住んでいる従妹2人だった。急に誘ったそうである。
18時半を過ぎて地下に降り、すぐの会場に入った。5、6人ずつのテーブルが6つある。これでは60人は入れまい。が、一番奥に20人は座れる長テーブルがあった。それなら60人は入る事が出来る。
19時30分過ぎから1回目のステージが始まった。真ん中に森田悠介(ベース)。左に桑原あい(ピアノ)。右に鈴木智久(ドラム)。所狭しとその位置に着いた。
私はシマさん夫婦とKi君と、前列真ん中のテーブルに着いている。甥の悠介はすぐそこにいて、掴めそうな位だ。
私が案内した人達が10人以上いて、ちょっとあいさつ回りをした。身内の感がしたが、それでもよく来てくれて、それだけでも大感謝だった。兎に角満員だったのだから。私の面子も立ったと言うものだ。
素晴らしい、ジャズだった。ピアノもダイナミックで、小さな体から20歳の青春が溢れ出していた。もう彼女の将来は、止めない限りこのままピアノで進む事になる。20歳までに自分の行く道が見えている人は幸いな人には違いない。
ベース捌きは、伯父の私でも凄いと思った。凄い速度で指が動いている。左のコードを押さえる指も、右の弦を弾く5本の指も、それらはその早業に目も耳も奪われた。おっと、心もね。
ドラムも、この若さで自信に満ちていた。撥捌きも、じっと見ているとそこにはドラマがある。何人かの若い男達は、そこに真剣な眼差しを向けている。しかし、一つの芸術をこの一瞬に紡ごうとしているトリオの、はち切れそうな躍動感。人に聴いて貰える程の表現出来るものを持つ素晴らしさは、前途洋々たるものがある。
2回目のステージは21時からだったが、時間の関係だろうけれど、10人位は減っていた。なかなか出難い人達もいるのだ。すべてのプログラムを1時間繰り上げたらどうだっただろう。18時30分から始めて、21時過ぎには終わるプログラミング。そうすれば、2回目のステージでも、そんなに目立って帰ったりはしなかったのではないか。
「聴きたかったけど、時間が遅くなるので帰った」
と言う人が、結構いたのである。私は遅くてもいいのだが、女性は色々考えるものがあるのだろうかと思う。
1st stage
BET UP
3=log2(8)
Watermelon Man
水平線~Green Horizon~
Sir Duke
Circuit River
From here to there
2nd stage
On Green Dolphin Street
Cosmic Wave
Save that CHEEZE
Edit typos.
Chronometer
mind blindness
Havona
かくして、
2012.5.23 ai kuwabara trio project アルバムリリース記念ライブ in 神戸は終わった。その一瞬一瞬の音をそれぞれの胸の中に落としながら・・。音楽の素晴らしい所は、そこに今がある事。そして、その今を、今共有出来る事。終わった瞬間に、もうその音はないけれど、私は、そこに惹かれるのだ。
24日は、悠介とあいちゃんに新長田の明石焼きを食べさせる事になっていた。悠介に事前に聞いていた。韓国風冷麺がいいか、カツ丼がいいか、麺の見えないほどチャーシューで覆われているラーメンがいいか、明石焼きがいいか。
どれも魅力はあったそうだが、明石焼きに即決していた。
妹と従妹に三ノ宮から電話をしてみると、偶然にも三ノ宮にいて、5人での行動となった。
新長田では11時に会う事になっていた。あいちゃんも妹も、明石焼きは初めてである。あいちゃんはとても陽気で、もうミュージシャンの顔はなかった。20歳の可愛い女の子だった。悠介も、ちょっとだけ年上のお兄ちゃん、と言った所だ。
あいちゃんの明石焼きを食べた時の喜びようは尋常ではなかった。一つひとつ感動しながら、声を張り上げて食べる。ご馳走する方も、気持ちのいいものだった。
18メートルもある鉄人28号の前では、股の下まで走って、鉄人と同じポーズを取りながら、若い者同士写真の撮り合いをしている。
5人いるが、私と従妹が神戸の住人である。私には持ち合わせていなかったアイディアが出た。若者がよく行く神戸のモザイクに行く事になった。あいちゃんも海が見たいと言ったので。
皆喉が渇いていた。ソフトクリームが食べたかった。だが、面白い店を発見して、釣られて入ってしまった。カップを買って、その中に様々なソフトクリームを、落ちないだけ入れる事が出来るのだ。フルーツもある。これは楽しかった。思い思いの味も楽しめたのである。
遊覧船は時間がかかるので止めにして、ポートタワーに上る事にした。最上階の展望台に上ると、疲れたのか皆椅子に腰を掛けた。あいちゃんに、明石焼きの店で話していたオカリナを見せる事にした。興味深く吹いたが、それもあっと言う間に、とても綺麗な音が出た。従妹は、流石にミュージシャンだと言って、感心していた。
一つ下の回転展望喫茶に入った。ゆっくり回っている。これは愉快だ。さっき行ったモザイクも、すぐ眼下に見える。
私はコーラを注文した。飲んだ後の透明なグラスに、存在感のある真っ赤なストローがとても綺麗だ。その1本のストローに惹かれた私は、何処かでそのストローを見つけて、買いたいと思った。マイストローにしたい位だった。マエストロじゃないよ。
3時を過ぎた。神戸駅まで歩き、2人はベースなどの重い荷物をコインロッカーから出した。そこで見送って、2人は新快速に乗り大阪駅まで。また一つ、確かな事実が嘘だったかのように消えた。悠介とあいちゃんは、今ここにいないけれど鈴木君も、少なくとも若い夢を与えてくれた。それは、聴衆の一人ひとりの胸に流し込まれ、その活力は確実に蘇生された。
妹は23時30分のバスで出雲に帰ると言う。従妹と2人でぶらぶらすると言ったが、更に7時間はある。私は、夕食を付き合って、少し話をしようと思った。三ノ宮まで行くと、KYKに入った。豚カツの店である。
生ビールが半額だったのは助かる。久々の豚カツは、ビールと共に胃袋に滲みた。
5人との思い出が、今蘇る。ここには書いていないが、私は色んな事を饒舌に喋った。笑いも取った。この屈託のない2人の若者に、エールを送る積りがあったからだ。
私は、彼らを心から応援している。それは、死ぬまで青春であると思っている私も、オカリナを頑張りたいと思うからである。
妹達には付き合い切れないので、19時50分の高速バスに乗れるようにKYKを出た。
また書くと思うが、27日には、30分間オカリナを演奏する事になった。その話があったのがこの24日の事だった。商店街の路上ライブである。