ゴツッと鈍い音がしたと同時に、眼鏡が飛んだ。先ず、眼鏡が壊れてないか気になった。
セブンイレブンの敷地内で激しく転んでしまった。しまった、しまった、島倉千代子。今だから、こんなアホな事も言えるのだ。
「大丈夫ですか。足が絡んだんですね」
婦人が駆け寄って、横たわっている私にそう声を掛けた。顔は一切見なかったし、大丈夫な訳もなかったのだが、
「大丈夫です」
そう答えた。
「あのバスに乗れると思って走ったんです」
照れを隠す為だったのか、歯切れの悪い言葉で、その場を濁した。綺麗な人だったろうと思う。
右の頬骨を強打していたが、その瞬間も、次のバスの時間を見に行ってコンビニの中に入り鏡で顔を見るまでも、痛みは感じなかった。少し骨が高くなっていると感じる以外は。その事が気になって、何度も頬骨を触った。
右手の掌の下部、頭脳線と生命線の間が擦れて、出血していた。大した傷でもなかったが、鞄の中にティッシュが見当たらなかった。他に傷を探したが、左手の掌を擦った痕と、ブレザーの右肘が白っぽくなっている他は、何もないようだった。
毎日蕎麦ばかり食べているので、久し振りにパンを食べようと思った。牛乳パックとクリームパンとメロンパンを手に掴むと、レジの方に歩いた。メロンパンは今日に限り20パーセント引きで80円だ。
家に帰ってから分かった事だが、消費期限が明日の昼過ぎになっている。もう一つは、右足の脛が切れていた事だった。
お釣りを受け取るのに、右手を出すか左手を出すか迷ったが、血の付いた右手を出した。ひょっとしてティッシュペーパーをくれると思ったからだ。それは甘かった。
「どうなさったんですか」
お釣りを受け取りながら、転んだ経緯を話した。すると、
「そうですか。お大事になさって下さいね」
そう言っただけだった。それも無理からぬ話で、気持ちを伝えてくれただけでも有難いとしなければならないのだろう。内心ティッシュを求めている自分の方が卑しいのではないか、と思うからだ。
「弱り目に祟り目」だと思う方が卑屈なのだ。
10分程してバスが来た。それ位待てば良かったのだが、前のバスを見た時全速力で走り、勢い余って転んでしまったのだ。それだけなら良かったが、右の頬をコンクリートに打ち付けてしまったのだ。野球のスライディングも凄まじいが、それは実行しようとしてやる事で、滑り方を考えている。私の場合は、咄嗟の事だった。この違いは大きいのである。
家に着くなり、打ち身の薬を探した。何処にもなかった。それで、顔から掌から脛まで、イソジンを塗りたくった。薬はこうでなければと思う程、それは傷口に染みた。
右の手首が痛い。小指ではない。♪あなたが噛んだ小指が痛い、なんて、噛んだことも噛まれた事もない。けれど、手首は痛い。ここは湿布を貼った。動かすと痛いが、全てにおいて何を思ったかは、きっと想像して頂けるだろう。
全て、オカリナに関する事だった。
オカリナが持てるのか。吹けるのか。オカリナのレッスンに行くのに、顔が腫れ上がっていないのか。そんな事ばかりだった。
19日には大阪へ出張レッスン。20日は神戸まつりのオカリナを聴きに行く予定だし、22日は昼から野郎との飲み会だ。料理店が閉められるのでと、友人に誘われている。そこでは、20分程度のオカリナ演奏も依頼されている。
23日は、甥っ子のトリオでのライブがある。21日の金冠日食は、向こうも顔を隠してくれるから大丈夫。
そして、6月に入る早々に、秋田からのローズマリーさん達と出会う。それを考えただけでも、これ位で済んだ事は何でもない事のように思われる。転び方が悪く、打ち所が悪かったら、取り返しが付かない事になっていただろう。
これだけ毎日ジョギングをしているのに転ぶ。気を付けないといけないと自覚すると同時に、今回も何者かに守られたと思う事の方が大きい。骨折した訳でもない。目が潰れた訳でもない。それは、感謝以外の何ものにも代えられない事だった。
「転ばぬ先の杖」。これからはそう考えよう。努々「慌てる乞食は貰いが少ない」などとは考えまい。敢えて考えるとするなら、「慌てる乞食は大怪我をする」。
年だからと言って、それ相応に振舞うのは嫌だ。年ではなく、自分相応に振舞えばいいのだ。だが、この造語は、私の今日の失態から生まれたものだ。これからの教訓にしたい。
「慌てる乞食は大怪我をする」
それから、まだまだ速く走れるんだと言う自己過信にも注意しなければならないが、しまった、しまった、島倉千代子、と言っておられる時が幸せなのだ、と言う事を忘れてはならないだろう。
セブンイレブンの敷地内で激しく転んでしまった。しまった、しまった、島倉千代子。今だから、こんなアホな事も言えるのだ。
「大丈夫ですか。足が絡んだんですね」
婦人が駆け寄って、横たわっている私にそう声を掛けた。顔は一切見なかったし、大丈夫な訳もなかったのだが、
「大丈夫です」
そう答えた。
「あのバスに乗れると思って走ったんです」
照れを隠す為だったのか、歯切れの悪い言葉で、その場を濁した。綺麗な人だったろうと思う。
右の頬骨を強打していたが、その瞬間も、次のバスの時間を見に行ってコンビニの中に入り鏡で顔を見るまでも、痛みは感じなかった。少し骨が高くなっていると感じる以外は。その事が気になって、何度も頬骨を触った。
右手の掌の下部、頭脳線と生命線の間が擦れて、出血していた。大した傷でもなかったが、鞄の中にティッシュが見当たらなかった。他に傷を探したが、左手の掌を擦った痕と、ブレザーの右肘が白っぽくなっている他は、何もないようだった。
毎日蕎麦ばかり食べているので、久し振りにパンを食べようと思った。牛乳パックとクリームパンとメロンパンを手に掴むと、レジの方に歩いた。メロンパンは今日に限り20パーセント引きで80円だ。
家に帰ってから分かった事だが、消費期限が明日の昼過ぎになっている。もう一つは、右足の脛が切れていた事だった。
お釣りを受け取るのに、右手を出すか左手を出すか迷ったが、血の付いた右手を出した。ひょっとしてティッシュペーパーをくれると思ったからだ。それは甘かった。
「どうなさったんですか」
お釣りを受け取りながら、転んだ経緯を話した。すると、
「そうですか。お大事になさって下さいね」
そう言っただけだった。それも無理からぬ話で、気持ちを伝えてくれただけでも有難いとしなければならないのだろう。内心ティッシュを求めている自分の方が卑しいのではないか、と思うからだ。
「弱り目に祟り目」だと思う方が卑屈なのだ。
10分程してバスが来た。それ位待てば良かったのだが、前のバスを見た時全速力で走り、勢い余って転んでしまったのだ。それだけなら良かったが、右の頬をコンクリートに打ち付けてしまったのだ。野球のスライディングも凄まじいが、それは実行しようとしてやる事で、滑り方を考えている。私の場合は、咄嗟の事だった。この違いは大きいのである。
家に着くなり、打ち身の薬を探した。何処にもなかった。それで、顔から掌から脛まで、イソジンを塗りたくった。薬はこうでなければと思う程、それは傷口に染みた。
右の手首が痛い。小指ではない。♪あなたが噛んだ小指が痛い、なんて、噛んだことも噛まれた事もない。けれど、手首は痛い。ここは湿布を貼った。動かすと痛いが、全てにおいて何を思ったかは、きっと想像して頂けるだろう。
全て、オカリナに関する事だった。
オカリナが持てるのか。吹けるのか。オカリナのレッスンに行くのに、顔が腫れ上がっていないのか。そんな事ばかりだった。
19日には大阪へ出張レッスン。20日は神戸まつりのオカリナを聴きに行く予定だし、22日は昼から野郎との飲み会だ。料理店が閉められるのでと、友人に誘われている。そこでは、20分程度のオカリナ演奏も依頼されている。
23日は、甥っ子のトリオでのライブがある。21日の金冠日食は、向こうも顔を隠してくれるから大丈夫。
そして、6月に入る早々に、秋田からのローズマリーさん達と出会う。それを考えただけでも、これ位で済んだ事は何でもない事のように思われる。転び方が悪く、打ち所が悪かったら、取り返しが付かない事になっていただろう。
これだけ毎日ジョギングをしているのに転ぶ。気を付けないといけないと自覚すると同時に、今回も何者かに守られたと思う事の方が大きい。骨折した訳でもない。目が潰れた訳でもない。それは、感謝以外の何ものにも代えられない事だった。
「転ばぬ先の杖」。これからはそう考えよう。努々「慌てる乞食は貰いが少ない」などとは考えまい。敢えて考えるとするなら、「慌てる乞食は大怪我をする」。
年だからと言って、それ相応に振舞うのは嫌だ。年ではなく、自分相応に振舞えばいいのだ。だが、この造語は、私の今日の失態から生まれたものだ。これからの教訓にしたい。
「慌てる乞食は大怪我をする」
それから、まだまだ速く走れるんだと言う自己過信にも注意しなければならないが、しまった、しまった、島倉千代子、と言っておられる時が幸せなのだ、と言う事を忘れてはならないだろう。