2012.2.28

2月は、4年に3度は28日でお仕舞いだ。今年は閏年で、明日の29日迄ある。それでも、「2月は逃げる」と言われる所以である。

阪急六甲の北出口を出て坂を2、3分上って行くと、右手にイカリスーパーがある。そこで2時に待ち合わせだった。

15分程前にブログで知り合ったオカリナママさんがやって来た。その車に乗って、大きな団地を見ながら鶴甲の自動車道を上ると、そこに鶴甲会館があった。

3階の音楽室にはアップライトのピアノもある。2人には、かなり広い部屋である。

何をしたらいいのかはっきりしなかったので、楽譜を多めに用意した。CDも持参したので、それを流しながら曲を吹いて貰った。とても自信に満ちた良い音を出している。ビブラートも柔らかで美しく、嫌味がない。

楽譜は、初見ですらすらと吹いてしまう。これでは「めだかの学校」だ。誰が生徒か先生か。私が先生だなどと思って来た訳ではないのだから、ここまで次々楽々とこなされるのだったら、私には教える事など全くない。と言うか、教えに来た訳ではなかった。

簡単なコラボの曲も幾つか用意していたので、上下のパートを交代しながら吹いた。響きがとても綺麗だ。オカリナママさんは、きっと誰かのいいパートナーとなるだろう。デュオを組むといいと思った。それにしても基本のしっかりした音を出す所など、私のいい加減さとは大違いだった。

これからは、3連オカリナも吹けないと面白くない時代に入ると思う。これは信念や主義の問題なので、3連を吹かなくたって一向に構わないけれど、1オクターブ半と3オクターブの差は、今後の楽しさに大きな違いが出て来る事だろう。片意地を張るのだけは損だ。

単管のオカリナでは「赤とんぼ」を演奏する時、高音部のミとファの音をクリアーに出すのに手古摺る。それで今までは、「赤とんぼ」が吹けたら大したものだと言う風評が立っていた。それが、トリプルオカリナだったら、ミからドまで並んでいる2連目にそのミとファがあり、楽に美しい音と繋がるのだ。

もう、「赤とんぼ」は難しい曲ではなくなった。

私の大沢オカリナのトリプル、ノーマルタイプをオカリナママさんに吹いて貰った。自分ではそこまで聴く事は出来なかったが、こうして私のオカリナを他人が吹くと、それはとても美しく聞こえる。新たな発見だったかも知れなかった。それも、結構息圧のある、演奏の上手いオカリナママさんに吹いて貰ったのだから、その信憑性には間違いがない。

初めて吹くと言っているが、何と上手な事か。余程オカリナが好きか、オカリナに対しての勘所が確かなのか、その演奏過程に努力と研究熱心さが見て取れた。この人は、今でも十分上手いけれど、何れ人を感動させる演奏が出来るようになると感じた。

「きっとこのトリプルオカリナが欲しくなって、買うと思うよ」

と、暗示をかけたように言った。

「占い師みたいですね」

と、すぐに最近のニュースに含みを持たせて、返して来た。

「きっと買うと思う」

と、また言った。

「買わせようとしているんでしょう」

と返る。

「何も儲けはないんだから、そんな事はない。でもきっと買うと思う」

と、そんなあほな事を言っている内に、3時間はすぐに経った。5時迄借りている。大曲をCDの伴奏をバックに吹いて貰って、時間きっちりに終えた。

こんな生徒か先生か分からないような私の言う事にも、さっと飲み込んで真剣に実行に移す所は嬉しかったし、それこそが格段に飛躍する素質だと思った。私に出来る事など最早なく、演奏しているのを聴くしかない。

誰もこの部屋をそっと覗く者はいなかったが、♪誰が生徒か先生か、2人でオカリナ吹いている。

阪急六甲からかなりの所に六甲会館はあったが、そこから少し下って2人はバスに乗った。かなり走ったと思われる。JR六甲道の近くの店に入った。オカリナママさんの旦那さんも後から合流する事になった。大歓迎である。

2人で生ビールを飲んでいると、旦那さんが入って来た。一目でいい人だと言う事が分かった。歴史が好きなようで、特に飛鳥時代に惹かれていると言った。文学も好きで、太宰治のファンだった。私にも誰が好きかと言うような質問があったが、他の話をしていて、とうとう言わず仕舞いだった。

コロッケも美味しかったが、これはジャガイモではなくサトイモのコロッケだ。柔らかさなどは同じだが、味が違う。文章では説明し難い。敢えてと言うならば、ジャガイモのあの匂いがしない所だ。

玉葱を味付けして、丸ごとオーブンで過熱したものも、料理人の作る味がした。カキフライもだ。

そこそこ食べて飲んで、お開きとなった。生ビールも円やかで、いい味がした。こうして、楽しい時も、一瞬にして終わった。3月には韓国に行くと言う。いいな、いいな、ソウルはいいな。

そう言えばこの店の名前、「Pavone」と言う。孔雀と言う意味だそうだが、音が韓国語になって聞こえて来る。大変失礼だが、他意は全くない。表音文字の韓国語で、パボは馬鹿と言う意味だ。日韓語合体で「馬鹿ね(パボね)」とは、可愛いではないか。お陰でこの店の名前は忘れられなくなった。

私にも考えさせられた事があった。私は「井の中の蛙」か「お山の大将」だった。オカリナママさん初め、上手い人はわんさといると言う事である。

3人は六甲道駅まで歩き、2人はその構内まで来て見送ってくれた。旦那さんと握手をしたが、滅法握力が強く手も大きかった。握った瞬間で分かるものなのである。体育会系とは、伊達にそんな名前が付いているのではない。爪を隠している怪物は、あちこちに五万といる。しかもそれは、いつも微笑みを湛えている。

「3時間」と「カンパ~イ」は凄い速さで過去へと流されて行ったが、過去には今の事実だけが残る。瞬間の今に生きなければ、過去へは何物も齎されず、虚しさだけが漂うのだ。