地下鉄の心斎橋駅まで迎えに来て下さり、ギターの伴奏を合わせて頂くのが今日(3日)だった。

道々、従来のオカリナの話に、この数年で1オクターブ半から3オクターブのトリプルオカリナが活躍している事を付け加えた。

プロのミュージシャンを養成すると言う施設の、2階にある教室に案内された。既に譜面台が2台並べられ、いつでも練習出来るようになっていた。大した話をする間もなく、合わせてみる事になった。

「タイスの瞑想曲」と「アルハンブラの思い出」の楽譜は、11月、2週間前に慌しくも図々しく渡していたもので、先ずは「タイスの瞑想曲」の練習となった。

緊張をしている訳ではないのに、何度か躓いてしまった。自分一人で気楽に吹いているのとは違う。合わせるとなると、気儘では駄目なのだ。

大沢オカリナのトリプルでの練習だが、かなり音が低く、442ヘルツどころか430位だとの指摘を受けた。ナチュラル仕上げのノーマルタイプにもかかわらず、442で吹くにはかなりの息の量を必要とする。これではソロタイプの強さと余り変わらないような気がする。ノーマルは、楽な息で吹けるものとばかり思っていたのだが。

ギターの弦を緩めて、調節してくれた。

ワンテンポ早く次に移った所を指摘して貰ったら、意識し過ぎたのか、その辺の音が縺れた。こんな筈ではなかったが、まだまだ練習不足なのだろう。

「アルハンブラの思い出」は、私の楽譜は4拍子になっている。普通は3拍子が自然で、CDで決まったように練習していた私は、そのギターの音やリズムに付いて行けない所があり、何度も混乱して中断した。

こうなっては、コラボ所かレッスンを受けている状態そのものだった。こんな筈ではない、と思いながらも、そのリズムの落とし穴に嵌まって行く自分を、平静に見る事が出来なかった。

プロのミュージシャンと、その理論も方法も知らない単なるオカリナ吹きの私とでは、世界が違う。地上から月までの距離以上の差が歴然として来た。私は、音楽を生業とするプロの厳しさを覗く思いだった。何も私に対して厳しいと言う事ではなく、私には温かく優しかった。自分で、大きな衝撃を受けたと言う事なのだ。

5歳や10歳から、中には2歳位から音楽を始めて音楽の道を突き進んで来た人とは、比べる余地もない。そこには寸分違わずに入り込めないのだ。

「じゃあ、21小節目からもう一度やりましょう」

と言われて、その小節を探すので必死だ。音符を読む事さえ覚束ないでいる。このギタリストの頭脳の構造と本格的なキャリアとを想像するだけで、どえらい人に声を掛けてしまったと思った。

還暦を迎えて遣り出したオカリナ吹きである私には、それなりのレベルでしか進歩はないのだろう。何とかけ離れた人に稽古を付けて貰った事か。私の底は一瞬にして透けた。自分の愚かさと浅はかさを思ってしまうばかりだった。

これは自己嫌悪でも何でもないが、私は、諦めないなら今から今を歩くしか術がない事を知る羽目になった。それはそれで仕方のない事だが、認めなければ次へのステップは2度とない。

急旋回をして急転直下、ぼちぼち行く事にしようと思う。背伸びをしていた私は、等身大の自分に戻ったのを感じた。それ所か、等身大より縮んでいる。背伸びをしていた事さえ忘れていたのである。

こうして、1時間のレッスンは、瞬く間に終わってしまい、楽しかったのに靄が立ち込めている。

師走の心斎橋は、心無しか人の往来が慌しかった。