5時から始まる灘五郷の試飲フェアーが、三宮からが近いのか、元町からが近いのかがよく分からない、朝日ホールの入り口前の広場で行われた。バスは三宮に着くので、そこから歩いたが、こちらからの方が近いように感じられた。

まだ5時までには少々時間がある。実はトイレに行きたくて、それが設置されていそうなユニクロに入った。探したが、見つからない。すると、女性の声がした。

「詩さん!」

一瞬空耳かと思った。何と、Tさん夫婦が私のすぐ前に立っていた。何と言う奇遇か。大沢聡さんのレッスンに、遠方から来ていたのだ。私はトイレを探しているとは言えず、言葉を濁していた。

「朝日ホールで、利き酒をしに来たんですよ」

と言ったら、えっ? と言うような表情をして、すぐに笑った。あたふたとそこを出て、目の前に見える朝日ホールに向かった。

5時が目の前だったが、ずらりと法被姿の人達が、それぞれの酒造に属して固まっていた。それらは横1列にL字形に並んでいた。誰もお客がいない上に、私はこんな所に来るのは初めてで、とてもすぐにはその迫り来るL字形には馴染めなかった。ホールの中に入って、トイレを探した。きっとあると思ったからだ。

暫く階段を上ったり降りたりしながらうろうろしていると、何とか見つかった。

2階のテラスから下を覗いても、お客が見当たらない。それでも、降りて行った。3、4人の人が小さなテーブルを陣取っていた。テーブルは、30程並べられていた。

500円で、3つの銘柄が選んで飲める券を買った。柿の種にピーナツの入ったつまみと、ちくわが一つ付いていた。

Nさんに紹介して貰っていたので、Nさんが来るかと待ちながら、3種類の酒を選んだ。

出店は、島美人、日本盛、白鶴、櫻正宗、大関、菊正宗、沢の鶴、剣菱、白鹿、白鷹、道灌、福寿、仙介(泉正宗)の順に並んでいる。私の頭の中で余り有名な酒は選ばなかった。黄桜が飲んでみたかったが、これは京都である。

ここでクイズだと面白いのだが。3つ全部当たった人は凄いだろうな。

私が選んだのは、「櫻正宗」「白鷹」「道灌」だった。白鷹は、大学時代の教授が私の質問に答えた銘柄だった。「先生の好きな酒は何ですか」。一瞬白鹿の間違いではないかと思った程、白鷹なんぞは知らなかった。45年以上昔の事である。その酒を、教授はこよなく愛していた。その事を覚えていたものだから、「白鷹」を選んだ。

櫻正宗は、菊正宗程には知らなかったから、選んだ。道灌は、初めて知った銘柄だ。言わずと知れた太田道灌から取った名前だ。

道灌は、扇谷上杉家の家老として、24歳で江戸城を築城した話は有名だ。築城に於いて、常識を覆した画期的で独創的な設計は、後世まで守り伝えられる名城となったのだ。

もっと有名な話があるが、因みに言えば、道灌が狩をしていて俄か雨に遭い、蓑を借りようと思って或る農家に立ち寄った。すると一人の少女が、「七重八重花は咲けども山吹のみの一つだになきぞ悲しき」の古歌を以って、山吹の花一枝を差し出した。これもよく聞いた話で、悲しいかな、蓑がなかったのである。

そんな訳で、私は「道灌」を選んだ。3種類しか選べないし、3杯しか飲めないのである。暫くすると、あっと言う間に6、70人が集まり、30分もすると、100人近くになりごった返した。

3つのプラスチックのコップに、それぞれの銘柄の酒を冷で入れて貰っている。勿論立ちっ放しだ。Nさんに遭えるかと思いながら、ゆっくり、ちびちびと飲んだ。量は全部で1合だろうか1合5勺だろうか。白鷹が飲兵衛ではない私には、そんなに旨いとは思えなかった。他の2つも、酒と言う感じではなく、口当たりの良い、フルーティーな味がした。

つまみもなくなった。Nさんに遭ったら、渡したいものがあった。13日にも渡せず、今日渡したいと思っていたMDと、今日来るまでにダビングした、オリジナルのMDだった。早く渡したいとの思いが先行していた。もう、5時40分になった。

若い女性が2人、

「ここよろしいでしょうか」

と言って来た。

「どうぞ」

と言いながら、私は空になったコップを盆に乗せて、そのテーブルを去った。

そこで売っている淡路産の玉葱を3個。玉葱の粉末スープ1袋。刻んで袋に入っているピクルス。それと玉葱のドレッシングを買った。

三宮へ足早に急いで、豚まんを買うとすぐにやって来たバスに乗った。家に着くとまだ7時だった。家を出てから帰るまで、2時間半の試飲会であった。

たまに日本酒もいいものだと思ったが、私はビールから始まって焼酎に終わるのがいいのかなと思った。慣れたパターンだからだろう。それにしても、Nさんはよくこんな催しを知っているなと、感心しながら、面白い試みに感謝した。