昨日の11日は、滋賀県に出掛けた。

出雲の妹が、長男のT君と、車でここまで迎えに来た。午後2時半だった。T君の彼女Kさんも一緒で、初対面ではあった。

「Tの伯父のSです」

と言ったのが開口一番だった。

2時間半位で着いたが、5時の湖畔は暗く、折角の紅葉は、辛うじて色が付いていると感じさせるだけだった。

滋賀県立大学の湖風祭は、人が疎らだった。学生の屋台を通り越して、櫓をくんだステージの辺りに来ると、若い学生達の姿があちこちに見られた。妹の末っ子が、この湖風祭に招かれて、演奏すると言うのだ。

ブログで投票をお願いした、あの「チアフルモンスターズ」である。5時半からはアコースティックの歌を中心としたバンド。櫓のステージは、雨を心配してビニールで覆ってある。

田舎に君臨する大学なので、人出は少ないと思ったが、それでもいつの間にか、150人位は集まっていた。演奏が始まっても最初は暗く、赤、黄、緑、青のライトが幾つも点滅し、本格的な櫓のステージだった。ぱっとステージが明るくなると、顔がはっきりと分かった。

女と男がギターを手に歌う。何人かはベースやパーカッションを担当している。

「こっちへおいでよ」

「今行くわ」

そんな掛け合いの歌もあった。50年近い昔の自分と青春が重なったが、冷静に温かな目で聴いている自分がいた。そんな時代もあったのだと。若いこの学生達の青春が、思い出深いものになったらいいな、と感じた。もう、別世界の人間のように若く、眩しかった。

少し時間がずれて始まった次の演奏は、櫓の上のテントが取り外された。6時からの予定の「チアフルモンスターズ」の演奏となった。真ん中の長椅子に妹と座ったが、末っ子のKo君が、全く見えなかった。一番後ろでドラムを叩いている。

ギターを持ったボーカルの丁度真後ろだったのだ。配置は、ボーカルの向かって左がベース、右がギター、その右がキーボードだ。5人編成で、もう組んでから7年になると言う。気持ちはよく合っている気がした。

ボーカルの作詞だが、その歌が好きな者もいる位、聴いていてそんなに、この歳でも嫌な感じはしなかった。ドラムスの末っ子が見えなくては、何の為に来たか分からない。妹と、端っこで立って見る事にした。

どの曲でも、その撥捌きは中々のもので、最後は必ず、寸分の狂いもなく決めた。がんがん響いていた大音量も、慣れたのか、もう耳を塞ぐ事もなくなった。

30分の演奏は瞬く暇もない位に過ぎた。終わると、彼らのCDなどの売っているブースにやって来た。4人が顔を見せると、終わってすぐの高潮し、テンションの上がった顔は、驚きを隠せないようだった。聴きに行く事を知らせていなかったから。

Ko君は、メンバーを紹介した。妹は何度か会った子もいるけれど、私達3人には、全く知らないメンバーだった。ユーチューブでは何人かの顔は見た事はあるけれども。

慌しくその場を離れた。彼らは、次の日の午後も演奏する事になっていた。

華やかな大学の祭りではなかったが、このステ-ジは200人は聴いていたように思う。この大学に招かれて3回目だそうである。勿論、専修大学とか慶応義塾大学とか、色んな大学で演奏している。度胸満点で、本当に楽しんでの演奏だった。

7時前には出て、最初のサービスエリアで夕食にした。4人ともラーメンを食べたが、久し振りに旨いラーメンだった。欲しい物が沢山あり目移りがしたが、私は近江牛が入っていると書いてある、にんにく味噌と青海苔の佃煮を買った。そうそう、ひこにゃんのストラップも買って、これは鞄の端に付けた。淋しかったせんとくんも、喜んでいる事だろう。

行きも帰りも「チアフルモンスターズ」の演奏が鳴っていたが、こうして聴いていると、またCDで聴きたくなるのだから不思議だ。

私の家に連れて来てくれて、それからまた出雲へ帰ると言う。仕事があるので仕方がないが、T君は朝から往復1,000キロメートルは運転する事になる。もう、この私には出来ない技だと思った。私は、確実に冬に突入しているのを感じた。

この世には、春の年代、夏の年代、秋の年代、そして冬の年代の者達で、ごった返している。色々いて楽しいと思える自分でいたいと思った。再びの春の訪れを、そっと胸にしまって。

突然の彦根の旅も、結構楽しかった。