夕方(26日)の冷気は、もう晩秋そのものだった。ブレザーを着ていても、震えそうだった。
私は、北野坂を異人館に向かって歩く。今日は風見鶏の館ではなく、ラインの館。フルートとギターのオータムコンサートへの招待状を貰っていたのだ。
人通りのめっきり少なくなった異人館前は薄暗く、中に入るとぱっと明るくなった。イベントがなければこの時間に明るい事などはない。
60脚用意されたパイプ椅子は、20分前は半分にも満たなかったが、開演の7時30分ともなると9割方が埋まった。
森本英希は、京都市立芸術大学音楽学部を卒業。大阪シンフォニカー交響楽団のフルート奏者を経て、現在テレマン室内管弦楽団のフルート奏者だ。
一方亀井貴幸は、桃山学院高校クラシックギタークラブでギターを始め、2年後の1996年には日本ギターコンクール高校生部門で金賞を受賞している。大阪音楽大学短期大学部ギタークラスの卒業である。
この2人は全く知らなかった。プロフィールでしか判断の仕様がないが、期待出来そうな予感がした。
2人が姿を現した。髪を中央から分け、丸眼鏡を掛け、口髭を生やした森本英希も、笑顔を振り撒いている亀井貴幸もMCが面白く、すんなりと打ち解けた。
前半はバロック音楽が中心となり、楽器もその頃のものをコピーしたものが使われた。先ず「グリーンスリーブス」。あのよく知ったイギリス民謡の感じではなく、変則的なものだった。
「グリーンスリーブスは、色々に演奏されています」
と、森本英希は言った。フラウトトラヴェルソ、つまりキーの付いていないそのバロックフルートは、木で出来ていた。1700年頃のものだそうだが、それで、今の金属で出来たフルートも木管と言われるのだそうである。
亀井貴幸はテオルボと言う、リュートの仲間の楽器を使った。
「これは弦が126センチあります。1600年頃のものです。イギリスでは2メートルもあるものがあり、『フランス帰りはいいよな、タクシーに乗れて』と言われます。イギリスのテオルボは、持っては乗れないんです」
人懐っこい笑顔を見せながら、彼は話した。
どちらも、今のフルートやギターの華やかな音ではなく、この部屋で聴くには丁度良い、素朴な音を奏でた。その頃の時代に浸る事が出来た、貴重な時間だった。それは次の2曲まで続く。
「フルートソナタBWV1033」はJ.S.バッハの曲で、4楽章に分かれていたが、かなりの技術を要する、聴き応えのあるものだった。上手いと思わせるのには、もう十分だった。2人のコラボが絶妙だ。それは、この2つの楽器の素朴さにもあるのだが。
お腹の豚まんが空腹感を補っていて、MCも周りを和やかにし、笑いも自然に出て、リラックスして聴けた。その頃は、人数的にもこの位のものだったそうで、この規模の室内コンサートもいいものだと感じた。
「次は『ハンブルガーソナタ』ですが、これはバッハの息子の曲です。当時はこれがピアノの教則本になっていた位よく知られたものだったのですが、今はお父さんの方が有名になって、息子の方は余り知られていないようです。でも、とてもいい曲です」
2つに分かれていたが、私もそう思ったし、こんなにいい曲なのだから、もっと演奏されてもいいとさえ思った。
15分の休憩の間、2階に上がった。ポートタワーが3分の1程覗き、疎らな神戸の夜景が見られた。異人館からの夜景なんて初めてだったし、所有者が住んでいた頃は、こんな夜景は見られなかった事だろう。
余談だが、ピアノは何処にもなかった。ここにはピアノはないから、それの必要な場合は電子ピアノになると聞いた。
さて後半は、現在のフルートとギターを抱えての登場となった。
F.シューベルトの「オリジナルダンス」から始まった。音も大きく、煌びやかな響きだった。
「皆さん、貴族になった積もりで聴いて下さい。もともとダンスには、フルートとギターが元になっているようです。踊っている様子によっては、メロディーを幾らでも繋げたり伸ばしたりして演奏していたようです」
「次はR.シャンカールの『魅惑の夜明け』と言う曲で、インドではシタールで演奏します」
それは題名の通り、魅惑的な曲で、興味を持って聴かせてくれた。
最後のA.ピアソラの「リベルタンゴ」も、雰囲気がよく出ていた。それは、どちらも上手いからで、しかも安心して聴かせた。敢えて言うけれど、プロの演奏者や歌手に必要なのは、安心して聴かせられる技術と資質なのである。アマチュアでも、これが出来る事が、人前で聴いて貰える最低条件と言える。修行が必要だ。
MCだって、演奏だって、何だって、雰囲気にさえ、そう言うゆとりが欲しいものである。
当然のようにアンコール要請の拍手に変わった。知らない曲だったが、得をした気分だった。心にぽっと灯を点けてくれたコンサートだった。だって、帰りの異人館通りは、何にも肌寒く感じなかったのだから。
※文中、敬称略。
私は、北野坂を異人館に向かって歩く。今日は風見鶏の館ではなく、ラインの館。フルートとギターのオータムコンサートへの招待状を貰っていたのだ。
人通りのめっきり少なくなった異人館前は薄暗く、中に入るとぱっと明るくなった。イベントがなければこの時間に明るい事などはない。
60脚用意されたパイプ椅子は、20分前は半分にも満たなかったが、開演の7時30分ともなると9割方が埋まった。
森本英希は、京都市立芸術大学音楽学部を卒業。大阪シンフォニカー交響楽団のフルート奏者を経て、現在テレマン室内管弦楽団のフルート奏者だ。
一方亀井貴幸は、桃山学院高校クラシックギタークラブでギターを始め、2年後の1996年には日本ギターコンクール高校生部門で金賞を受賞している。大阪音楽大学短期大学部ギタークラスの卒業である。
この2人は全く知らなかった。プロフィールでしか判断の仕様がないが、期待出来そうな予感がした。
2人が姿を現した。髪を中央から分け、丸眼鏡を掛け、口髭を生やした森本英希も、笑顔を振り撒いている亀井貴幸もMCが面白く、すんなりと打ち解けた。
前半はバロック音楽が中心となり、楽器もその頃のものをコピーしたものが使われた。先ず「グリーンスリーブス」。あのよく知ったイギリス民謡の感じではなく、変則的なものだった。
「グリーンスリーブスは、色々に演奏されています」
と、森本英希は言った。フラウトトラヴェルソ、つまりキーの付いていないそのバロックフルートは、木で出来ていた。1700年頃のものだそうだが、それで、今の金属で出来たフルートも木管と言われるのだそうである。
亀井貴幸はテオルボと言う、リュートの仲間の楽器を使った。
「これは弦が126センチあります。1600年頃のものです。イギリスでは2メートルもあるものがあり、『フランス帰りはいいよな、タクシーに乗れて』と言われます。イギリスのテオルボは、持っては乗れないんです」
人懐っこい笑顔を見せながら、彼は話した。
どちらも、今のフルートやギターの華やかな音ではなく、この部屋で聴くには丁度良い、素朴な音を奏でた。その頃の時代に浸る事が出来た、貴重な時間だった。それは次の2曲まで続く。
「フルートソナタBWV1033」はJ.S.バッハの曲で、4楽章に分かれていたが、かなりの技術を要する、聴き応えのあるものだった。上手いと思わせるのには、もう十分だった。2人のコラボが絶妙だ。それは、この2つの楽器の素朴さにもあるのだが。
お腹の豚まんが空腹感を補っていて、MCも周りを和やかにし、笑いも自然に出て、リラックスして聴けた。その頃は、人数的にもこの位のものだったそうで、この規模の室内コンサートもいいものだと感じた。
「次は『ハンブルガーソナタ』ですが、これはバッハの息子の曲です。当時はこれがピアノの教則本になっていた位よく知られたものだったのですが、今はお父さんの方が有名になって、息子の方は余り知られていないようです。でも、とてもいい曲です」
2つに分かれていたが、私もそう思ったし、こんなにいい曲なのだから、もっと演奏されてもいいとさえ思った。
15分の休憩の間、2階に上がった。ポートタワーが3分の1程覗き、疎らな神戸の夜景が見られた。異人館からの夜景なんて初めてだったし、所有者が住んでいた頃は、こんな夜景は見られなかった事だろう。
余談だが、ピアノは何処にもなかった。ここにはピアノはないから、それの必要な場合は電子ピアノになると聞いた。
さて後半は、現在のフルートとギターを抱えての登場となった。
F.シューベルトの「オリジナルダンス」から始まった。音も大きく、煌びやかな響きだった。
「皆さん、貴族になった積もりで聴いて下さい。もともとダンスには、フルートとギターが元になっているようです。踊っている様子によっては、メロディーを幾らでも繋げたり伸ばしたりして演奏していたようです」
「次はR.シャンカールの『魅惑の夜明け』と言う曲で、インドではシタールで演奏します」
それは題名の通り、魅惑的な曲で、興味を持って聴かせてくれた。
最後のA.ピアソラの「リベルタンゴ」も、雰囲気がよく出ていた。それは、どちらも上手いからで、しかも安心して聴かせた。敢えて言うけれど、プロの演奏者や歌手に必要なのは、安心して聴かせられる技術と資質なのである。アマチュアでも、これが出来る事が、人前で聴いて貰える最低条件と言える。修行が必要だ。
MCだって、演奏だって、何だって、雰囲気にさえ、そう言うゆとりが欲しいものである。
当然のようにアンコール要請の拍手に変わった。知らない曲だったが、得をした気分だった。心にぽっと灯を点けてくれたコンサートだった。だって、帰りの異人館通りは、何にも肌寒く感じなかったのだから。
※文中、敬称略。