もう今日(15日)が2時間で終わろうとしている頃、運動靴がビチョビチョに濡れるのを分かった上で外に出た。
昨日は激しい雨で、流石に走るのを止めた。昨日走っていたら、今朝で150回目(150日目)のジョギングになる筈だった。ブロ友のますえさんのコンサートの日は、150回目の記念の日にしたかった。このままでは、149回目となる。それで、コンサートから帰って、暗い雨水の流れる歩道を、Tシャツと短パンで普通に降っている雨に、打たれながら走った。
帰りに三宮のコンビニで唐揚げを買った。風呂上りにブログを書いているが、書き終わったらビールをグビーッと飲もうと思っている。
昼の12時10分に、シマさん夫婦と三宮の阪急電車に乗る為に、551の蓬莱の前で待ち合わせをした。家を出てバスに乗ったのが11時10分だったから、30分早く着いた。でも、それは計算内の事である。
一貫楼の豚マンを1個買って、それを朝食兼昼食にする為だった。ふっくらとした熱々のそれは、心地よく食道を辿り、胃に納まった。
シマさんは、事前にインターネットで時間を確かめていた。桂駅で降りると、13時30分過ぎだった。タクシーで、西文化会館まで行った。ホールは、なかなかしっかりしていた。
1部は約1時間、鈴江先子さんのオカリナ。ギター&パーカッションの伴奏での演奏だった。
15分の休憩を挟んで、ますえさんの登場となる。ピアノは坂下文乃さん。
グリーンをベースにしたますえさんの衣装も、ますえさんも神々しかった。裾は赤っぽい柄の色になっていて、それはシンメトリーではなく、私の目を楽しませた。やっとステージのますえさんを観る事が出来たのだ。
もう、ブログで梅干を漬けたりしている姿は微塵も感じられなかった。「カンタンテますえ」が、そこに寛大な姿で立っていた。
最初の歌が「夕焼け小焼け」だった。♪空にはキラキラ金の星の、星に全てが注ぎ込まれていた。そんな解釈で歌っていると思った。プロますえさんの、考えられた歌い方だった。
「真っ赤な秋」、これもいい歌だなとしみじみ思う。
「健康と幸せを呼ぶ交歓会にお呼び頂き、ありがとうございました」
最早ブログを書いている、ロシナンテに乗って走り回っているますえさんではなかった。堂々とした、歌手の姿があるだけだった。まさに、これがプロだと言う姿に見えた。
「星に願いを」を歌い、手持ちのマイクでMCを始める。
「母は、棒ほど願って針ほど叶うと言いました。父は、『ますえは運のいい子だ。最後はいい具合になるんだろう』と言って、私は、ラッキーなものだと思っていました」
「棒ほど実現する為には、何百もの棒を願えばいいと私は思うのです」
「子供には、『あなたは運がいいんだよ』と言ってあげるといいと思います」
ますえ語録が飛び、ティアラが黒髪の上でキラキラと光る。声は、カンツオーネを歌う前の歌までは、小柳ルミ子に似ていると感じていた。アラビア風を思い描かせる衣装から覗く二の腕は、白く眩しい。
「慕情」を歌い出した。全部、私が好きな曲ばかりだった。それは、オカリナでもよく吹く曲だった。この曲は特に胸を切なく撫で上げる。この言葉に勝る言葉を知らない位だ。
坂下文野さんのピアノ演奏が始まると、ますえさんは舞台の上手に消えた。
ラテン音楽のピアノソロ。それは力強い「グラナダ」だった。この人でなければますえさんの伴奏は務まらない、と思える程の迫力である。ピアノの間から、その先に自分だけにしか見えないますえさんに、弾きながら目で合図を送っている。「もう出て来る? もう出て来てもいいよ」と言っている合図に見えた。
衣装代えをしたますえさんのそれもアラビア風のようではあるが、フランス王朝の王女が着ているような感じのものだった。配色は私の大好きな、パープルとワインレッドの組み合わせだ。右手の薬指には、それはそれはでかい、ルビーかガーネットのような指輪が嵌められていた。まん丸なイヤリングが、耳朶に揺れている。
ここからがカンツオーネだった。「マンマ」。カンツオーネはますえさんの独壇場だ。艶のある、高音に伸びて行く私の胸を震撼とさせるものだった。突き抜かれるのに柔らかで、温かく、優しいものに包まれる。
しっかり曲名を書き取れない。何とかプリマ。
「アリベデルチローマ」。脳天に響き渡る。「アルディラ」。優しさと幸せに満ちたますえさんの声は、力強いのだが、天から降って来るような歌声となって包んでくれる。何処から出るのかと思われるような声でも、体は気張っていなく、自然体なのである。歌っているのに語りかけて来る。愛の源流が迸り出ているようだった。
「アモール・モナムール・マイラブ」。
「これはイタリア語とフランス語と英語が一緒になっていますが、世界中の人に、私がどんなに貴方を愛しているかを伝える歌です」
♪私の命の泉溢れる・・。
アンコールの拍手は止まなかった。それで、歌われたのが「オー・ソレ・ミオ」。隣りでシマさんがハンカチで目頭を拭っている。私も、ジーンと痺れていた。シマさんが目頭を拭っているのに、私まで同じ動作は出来かねた。けれども、涙が滲んだ事は間違いない。胸の中に、温かい温かい、穏やかな雨が、そぼ降っていたのだから。
ますえさんの、ますえさんによる、ますえさんの為の歌。それが今日の歌だった。聴衆の思いは同じ所が多い。皆、感動したと思う。ここまで気配りをしながら歌っている歌手を、余り知らない。母のように温かく優しい歌声。それは、私を丸呑みにした。
母を感じたければ、ここに来ればいい。涙が欲しかったら、ここに来ればいい。プロの厳しさと作法を学びたければ、ここに来ればいい。鍛え抜かれたプロ歌手の、柔らかさの中にある凛とした強さと威厳と神々しさとをその中に見た。そして、感動と喜びだけが残った。
皆で「里の秋」を歌った。こんないい歌が、日本から失われていい筈がない。
ごま屋のイタリア料理レストラン「ピッコロモンド・ヤマダ」へ、手配されたタクシーに分乗して向かった。桂駅から乗ったタクシーで、運転手さんが同じ人で驚いた。
20数名が予約してあって、また、その位しか事実入れない店だった。
ますえさんを知らなければ来る事もなく、また同席した皆さんと知り合う事もなかった。ピザが売り物らしく、ナポリ風窯焼きピザは絶品だった。
すっかり出で立ちも違ったリラックスしたますえさんが、自然にその場を動かした。
ブログのmomijiさんと会う事が出来た。一段とブログが楽しくなる事だろう。こんな嬉しい事もない。
自分と対面している方とは、色々話し合ったりした。こんな会をしたのは始めてみたいな事をますえさんは言っていた。段取りが大変だったとは思うが、歌手自らが中々出来る事ではない。幸せを伝え、売る女! 心の伝道師だ。
この辺の事は詳しく書かない事にする。ただ、私にオカリナを吹く機会を与えて頂いた事に感謝する。また、シマさんも、三線を弾きながら歌う場を与えられた。共に喜ばしい一時となった。
私は「月の沙漠」「コンドルは飛んで行く」「白鳥」それに後から又「里の秋」「北の宿から」「天城越え」を吹かせて貰った。調子に乗って、ビールとごま焼酎の水割りを2杯飲んでから吹いたのだから、いい加減なものだ。
シマさんは「黒だんど節」「朝顔節」「ワイド節」などを演奏した。アンコールの声も飛び、この日はいつになく声の調子も良かったように思った。中々聞けない奄美の歌声。それはとても新鮮なものだった事だろう。
ここまで気遣いしてくれたますえさんには、心から感謝したい。笛吹きや三線奏者には、場を与えられるチャンスがなければそれまでである。
今やっとコンサートの事を書き終えたが、このコンサートや懇親会を通じて、ますえさんの魅力が一段と輝いた本物である事が分かった。もう夜も更けて次の日になったが、今から唐揚げでビールを飲んで寝たいと思う。
期待しないでも、いい夢が見られる事を信じて止まない。
何方様も、おやすみなさい。
えっ? もう寝てる、って?
昨日は激しい雨で、流石に走るのを止めた。昨日走っていたら、今朝で150回目(150日目)のジョギングになる筈だった。ブロ友のますえさんのコンサートの日は、150回目の記念の日にしたかった。このままでは、149回目となる。それで、コンサートから帰って、暗い雨水の流れる歩道を、Tシャツと短パンで普通に降っている雨に、打たれながら走った。
帰りに三宮のコンビニで唐揚げを買った。風呂上りにブログを書いているが、書き終わったらビールをグビーッと飲もうと思っている。
昼の12時10分に、シマさん夫婦と三宮の阪急電車に乗る為に、551の蓬莱の前で待ち合わせをした。家を出てバスに乗ったのが11時10分だったから、30分早く着いた。でも、それは計算内の事である。
一貫楼の豚マンを1個買って、それを朝食兼昼食にする為だった。ふっくらとした熱々のそれは、心地よく食道を辿り、胃に納まった。
シマさんは、事前にインターネットで時間を確かめていた。桂駅で降りると、13時30分過ぎだった。タクシーで、西文化会館まで行った。ホールは、なかなかしっかりしていた。
1部は約1時間、鈴江先子さんのオカリナ。ギター&パーカッションの伴奏での演奏だった。
15分の休憩を挟んで、ますえさんの登場となる。ピアノは坂下文乃さん。
グリーンをベースにしたますえさんの衣装も、ますえさんも神々しかった。裾は赤っぽい柄の色になっていて、それはシンメトリーではなく、私の目を楽しませた。やっとステージのますえさんを観る事が出来たのだ。
もう、ブログで梅干を漬けたりしている姿は微塵も感じられなかった。「カンタンテますえ」が、そこに寛大な姿で立っていた。
最初の歌が「夕焼け小焼け」だった。♪空にはキラキラ金の星の、星に全てが注ぎ込まれていた。そんな解釈で歌っていると思った。プロますえさんの、考えられた歌い方だった。
「真っ赤な秋」、これもいい歌だなとしみじみ思う。
「健康と幸せを呼ぶ交歓会にお呼び頂き、ありがとうございました」
最早ブログを書いている、ロシナンテに乗って走り回っているますえさんではなかった。堂々とした、歌手の姿があるだけだった。まさに、これがプロだと言う姿に見えた。
「星に願いを」を歌い、手持ちのマイクでMCを始める。
「母は、棒ほど願って針ほど叶うと言いました。父は、『ますえは運のいい子だ。最後はいい具合になるんだろう』と言って、私は、ラッキーなものだと思っていました」
「棒ほど実現する為には、何百もの棒を願えばいいと私は思うのです」
「子供には、『あなたは運がいいんだよ』と言ってあげるといいと思います」
ますえ語録が飛び、ティアラが黒髪の上でキラキラと光る。声は、カンツオーネを歌う前の歌までは、小柳ルミ子に似ていると感じていた。アラビア風を思い描かせる衣装から覗く二の腕は、白く眩しい。
「慕情」を歌い出した。全部、私が好きな曲ばかりだった。それは、オカリナでもよく吹く曲だった。この曲は特に胸を切なく撫で上げる。この言葉に勝る言葉を知らない位だ。
坂下文野さんのピアノ演奏が始まると、ますえさんは舞台の上手に消えた。
ラテン音楽のピアノソロ。それは力強い「グラナダ」だった。この人でなければますえさんの伴奏は務まらない、と思える程の迫力である。ピアノの間から、その先に自分だけにしか見えないますえさんに、弾きながら目で合図を送っている。「もう出て来る? もう出て来てもいいよ」と言っている合図に見えた。
衣装代えをしたますえさんのそれもアラビア風のようではあるが、フランス王朝の王女が着ているような感じのものだった。配色は私の大好きな、パープルとワインレッドの組み合わせだ。右手の薬指には、それはそれはでかい、ルビーかガーネットのような指輪が嵌められていた。まん丸なイヤリングが、耳朶に揺れている。
ここからがカンツオーネだった。「マンマ」。カンツオーネはますえさんの独壇場だ。艶のある、高音に伸びて行く私の胸を震撼とさせるものだった。突き抜かれるのに柔らかで、温かく、優しいものに包まれる。
しっかり曲名を書き取れない。何とかプリマ。
「アリベデルチローマ」。脳天に響き渡る。「アルディラ」。優しさと幸せに満ちたますえさんの声は、力強いのだが、天から降って来るような歌声となって包んでくれる。何処から出るのかと思われるような声でも、体は気張っていなく、自然体なのである。歌っているのに語りかけて来る。愛の源流が迸り出ているようだった。
「アモール・モナムール・マイラブ」。
「これはイタリア語とフランス語と英語が一緒になっていますが、世界中の人に、私がどんなに貴方を愛しているかを伝える歌です」
♪私の命の泉溢れる・・。
アンコールの拍手は止まなかった。それで、歌われたのが「オー・ソレ・ミオ」。隣りでシマさんがハンカチで目頭を拭っている。私も、ジーンと痺れていた。シマさんが目頭を拭っているのに、私まで同じ動作は出来かねた。けれども、涙が滲んだ事は間違いない。胸の中に、温かい温かい、穏やかな雨が、そぼ降っていたのだから。
ますえさんの、ますえさんによる、ますえさんの為の歌。それが今日の歌だった。聴衆の思いは同じ所が多い。皆、感動したと思う。ここまで気配りをしながら歌っている歌手を、余り知らない。母のように温かく優しい歌声。それは、私を丸呑みにした。
母を感じたければ、ここに来ればいい。涙が欲しかったら、ここに来ればいい。プロの厳しさと作法を学びたければ、ここに来ればいい。鍛え抜かれたプロ歌手の、柔らかさの中にある凛とした強さと威厳と神々しさとをその中に見た。そして、感動と喜びだけが残った。
皆で「里の秋」を歌った。こんないい歌が、日本から失われていい筈がない。
ごま屋のイタリア料理レストラン「ピッコロモンド・ヤマダ」へ、手配されたタクシーに分乗して向かった。桂駅から乗ったタクシーで、運転手さんが同じ人で驚いた。
20数名が予約してあって、また、その位しか事実入れない店だった。
ますえさんを知らなければ来る事もなく、また同席した皆さんと知り合う事もなかった。ピザが売り物らしく、ナポリ風窯焼きピザは絶品だった。
すっかり出で立ちも違ったリラックスしたますえさんが、自然にその場を動かした。
ブログのmomijiさんと会う事が出来た。一段とブログが楽しくなる事だろう。こんな嬉しい事もない。
自分と対面している方とは、色々話し合ったりした。こんな会をしたのは始めてみたいな事をますえさんは言っていた。段取りが大変だったとは思うが、歌手自らが中々出来る事ではない。幸せを伝え、売る女! 心の伝道師だ。
この辺の事は詳しく書かない事にする。ただ、私にオカリナを吹く機会を与えて頂いた事に感謝する。また、シマさんも、三線を弾きながら歌う場を与えられた。共に喜ばしい一時となった。
私は「月の沙漠」「コンドルは飛んで行く」「白鳥」それに後から又「里の秋」「北の宿から」「天城越え」を吹かせて貰った。調子に乗って、ビールとごま焼酎の水割りを2杯飲んでから吹いたのだから、いい加減なものだ。
シマさんは「黒だんど節」「朝顔節」「ワイド節」などを演奏した。アンコールの声も飛び、この日はいつになく声の調子も良かったように思った。中々聞けない奄美の歌声。それはとても新鮮なものだった事だろう。
ここまで気遣いしてくれたますえさんには、心から感謝したい。笛吹きや三線奏者には、場を与えられるチャンスがなければそれまでである。
今やっとコンサートの事を書き終えたが、このコンサートや懇親会を通じて、ますえさんの魅力が一段と輝いた本物である事が分かった。もう夜も更けて次の日になったが、今から唐揚げでビールを飲んで寝たいと思う。
期待しないでも、いい夢が見られる事を信じて止まない。
何方様も、おやすみなさい。
えっ? もう寝てる、って?