8月1日は月曜日だ。半額で乗る為には、中国自動車道に朝4時までに入っていなければならない。兎に角2時半には家を出た。
明石のサービスエリアでガソリンを入れようと、そこのPに入った。何と閉まっている。夜通しやっているものとばかり思っていた。朝は7時開店とある。ガソリンの残量では後30kmしか走れない。途中で切れたら大変だし、これでは次のSAにも行けない。開店まで寝るしかないが、とうとう眠れなかった。
満タンにして、一路出雲へと出発。半額になる所か、体力を消耗した。
280キロ程の道だから大した事はないのだが、それでも長く感じながら、お昼前に着いた。異様に多い荷物を部屋に運び、後は寝るだけだった。
夜は8時頃、出雲空港に横浜から4人が到着する。妹の息子と迎えに行った。ベースの悠介もいる。これで5日まで7人が生活する事になる。
2日は、ジョギングのコースの探索をした。気に入ったコースが見付かった。先ず家から青々とした田んぼを見ながら太陽に向かって走る。一畑電鉄の踏み切りを越え、大津の町の通りを抜ける。そして、斐伊川の土手に上るのだ。帰りはすぐ北側の国道9号線を走って戻る。これで4キロ弱だと思う。
6時8分から35分まで走った。1日は走らなかったので、悠介と1時間後にもう一度走った。7時47分から8時28分までだ。時間が掛かったのは、斐伊川で少し休んだからである。こんなに素敵な所を素通りは出来ない。
この日の夜は、ここに住んでいる妹が思いついて、私がオカリナを演奏する事になっていた。木で出来た大きな椅子ではあるが、30脚しかない。またそれでゆったりした感じの部屋だった。妹は近くでパイプ椅子を借りて50人は入れるようにした。ただ、来てほしい知り合いに呼びかけたものだそうで、人数調整が出来ず、36人の人が集まった。
私はこれで大満足だった。子供の頃遊んだ友や、今の町内の人達。妹の仲間などなど。元銀行の支店長が2人。現支店長が1人。ピアノの先生。もう一人のピアノの先生は、家族が具合が悪くなり来れなくなった。
私の同級生は大々的に呼びかけなかったので、一人が大きな花束を抱えて来てくれた。前から聴きたいと思っていたと言った。大社町から来てくれた。町内の I さんからも花束を頂いた。昔からの付き合いだったWさん夫婦からは彼が企画して出版された素敵な本と、彼女からは素晴らしい額に入った刺繍を貰った。思わぬプレゼントに感激した。
妹が最後まで誘うかどうか躊躇して、開演1時間前に連絡したり家に話しに行ったりした人も1人や2人ではなかった。プログラムを置いて帰った家もあった。これらの人達は、遅れながらもみんな駆けつけてくれた。妹の裏技か荒業か分からないが、感心したり寒心したり。
その中に、出雲一中のブラスバンドを立ち上げたカリスマのK先生がいた。私の中学1年生の時の音楽を教えて貰った先生であり、すぐに止めてしまったブラスバンドの指揮者でもあった。県下でも、音楽関係者で知らない者はいない。
受付付近でうろうろしていた私は吃驚した。妹には、こんな大先生は誘わないでと言っていたが、吃驚した割りには、とても嬉しい感情が湧いた。
町内の長老も、最初は来られないと言っておられたそうだが、夫婦で姿を見せて下さった。ゆったりした椅子を前面横に2つ並べ、そこに座って貰った。演奏の合間にMCで紹介したら、「私は今日が誕生日です」とはっきりした声で言われた。私はお祝いの言葉を述べ、皆から拍手を貰い、少しインタビューをした。この日で95歳になられたそうである。
横浜の妹の友達も、娘と来ていて懐かしかった。娘は音大で勉強しているらしい。一人ひとり詳しく書けるが、そんなスペースはない。兎に角、中身の濃い人が集まったのには変わりはないのだ。とても嬉しい、充実した1時間40分の演奏が終わった。
1部と2部に分け、2部は真面目スタイルから帽子を被った服装に変えた。「意味がある訳ではありませんが」と言うと、どっと笑い声が上がった。演奏終了後は数人が残り、少しだけれどお話をした。
妹もこんな企画をしてくれて感謝だ。また、甥もプログラム作成からチケット作成。準備、司会とよく働いてくれた。これにも感謝したい。けれど頑張り過ぎて、赤字になってしまった。しまった、しまった、島倉千代子。などと言ってはおれない。会場費としてワンコインコンサートにしたが、ペットボトルのお茶を渡し、懇親会の為にと素敵で美味しいお菓子を特別に作って貰っていたのだ。
おまけに、前に飾る木をレンタルし、カサブランカの花束を花瓶に活けていたのだった。かなりの損失だったようだが、人数の誤算だったと本人達は言って、何もなかったかのように笑っていた。私は、大満足である。赤字は集まって聴いてくれた人達の気持ちと心意気と懐かしさで、すっかり黒字になったように思えた。
こうして、大満足の夜が終わった。1曲凄いドジをしたが、そんな事後からでも全く気にならなかった。
会場を貸してくれた人も、とてもいい人達だった。この部屋はよく響き、オカリナにマイクは要らなかった。私のMCが随分時間を取り、これはNGだったかな?
アンコールは「ボレロ」と「上を向いて歩こう」で終わった。カリスマK先生も、「ボレロ」には喜んで貰えただろうか。
明石のサービスエリアでガソリンを入れようと、そこのPに入った。何と閉まっている。夜通しやっているものとばかり思っていた。朝は7時開店とある。ガソリンの残量では後30kmしか走れない。途中で切れたら大変だし、これでは次のSAにも行けない。開店まで寝るしかないが、とうとう眠れなかった。
満タンにして、一路出雲へと出発。半額になる所か、体力を消耗した。
280キロ程の道だから大した事はないのだが、それでも長く感じながら、お昼前に着いた。異様に多い荷物を部屋に運び、後は寝るだけだった。
夜は8時頃、出雲空港に横浜から4人が到着する。妹の息子と迎えに行った。ベースの悠介もいる。これで5日まで7人が生活する事になる。
2日は、ジョギングのコースの探索をした。気に入ったコースが見付かった。先ず家から青々とした田んぼを見ながら太陽に向かって走る。一畑電鉄の踏み切りを越え、大津の町の通りを抜ける。そして、斐伊川の土手に上るのだ。帰りはすぐ北側の国道9号線を走って戻る。これで4キロ弱だと思う。
6時8分から35分まで走った。1日は走らなかったので、悠介と1時間後にもう一度走った。7時47分から8時28分までだ。時間が掛かったのは、斐伊川で少し休んだからである。こんなに素敵な所を素通りは出来ない。
この日の夜は、ここに住んでいる妹が思いついて、私がオカリナを演奏する事になっていた。木で出来た大きな椅子ではあるが、30脚しかない。またそれでゆったりした感じの部屋だった。妹は近くでパイプ椅子を借りて50人は入れるようにした。ただ、来てほしい知り合いに呼びかけたものだそうで、人数調整が出来ず、36人の人が集まった。
私はこれで大満足だった。子供の頃遊んだ友や、今の町内の人達。妹の仲間などなど。元銀行の支店長が2人。現支店長が1人。ピアノの先生。もう一人のピアノの先生は、家族が具合が悪くなり来れなくなった。
私の同級生は大々的に呼びかけなかったので、一人が大きな花束を抱えて来てくれた。前から聴きたいと思っていたと言った。大社町から来てくれた。町内の I さんからも花束を頂いた。昔からの付き合いだったWさん夫婦からは彼が企画して出版された素敵な本と、彼女からは素晴らしい額に入った刺繍を貰った。思わぬプレゼントに感激した。
妹が最後まで誘うかどうか躊躇して、開演1時間前に連絡したり家に話しに行ったりした人も1人や2人ではなかった。プログラムを置いて帰った家もあった。これらの人達は、遅れながらもみんな駆けつけてくれた。妹の裏技か荒業か分からないが、感心したり寒心したり。
その中に、出雲一中のブラスバンドを立ち上げたカリスマのK先生がいた。私の中学1年生の時の音楽を教えて貰った先生であり、すぐに止めてしまったブラスバンドの指揮者でもあった。県下でも、音楽関係者で知らない者はいない。
受付付近でうろうろしていた私は吃驚した。妹には、こんな大先生は誘わないでと言っていたが、吃驚した割りには、とても嬉しい感情が湧いた。
町内の長老も、最初は来られないと言っておられたそうだが、夫婦で姿を見せて下さった。ゆったりした椅子を前面横に2つ並べ、そこに座って貰った。演奏の合間にMCで紹介したら、「私は今日が誕生日です」とはっきりした声で言われた。私はお祝いの言葉を述べ、皆から拍手を貰い、少しインタビューをした。この日で95歳になられたそうである。
横浜の妹の友達も、娘と来ていて懐かしかった。娘は音大で勉強しているらしい。一人ひとり詳しく書けるが、そんなスペースはない。兎に角、中身の濃い人が集まったのには変わりはないのだ。とても嬉しい、充実した1時間40分の演奏が終わった。
1部と2部に分け、2部は真面目スタイルから帽子を被った服装に変えた。「意味がある訳ではありませんが」と言うと、どっと笑い声が上がった。演奏終了後は数人が残り、少しだけれどお話をした。
妹もこんな企画をしてくれて感謝だ。また、甥もプログラム作成からチケット作成。準備、司会とよく働いてくれた。これにも感謝したい。けれど頑張り過ぎて、赤字になってしまった。しまった、しまった、島倉千代子。などと言ってはおれない。会場費としてワンコインコンサートにしたが、ペットボトルのお茶を渡し、懇親会の為にと素敵で美味しいお菓子を特別に作って貰っていたのだ。
おまけに、前に飾る木をレンタルし、カサブランカの花束を花瓶に活けていたのだった。かなりの損失だったようだが、人数の誤算だったと本人達は言って、何もなかったかのように笑っていた。私は、大満足である。赤字は集まって聴いてくれた人達の気持ちと心意気と懐かしさで、すっかり黒字になったように思えた。
こうして、大満足の夜が終わった。1曲凄いドジをしたが、そんな事後からでも全く気にならなかった。
会場を貸してくれた人も、とてもいい人達だった。この部屋はよく響き、オカリナにマイクは要らなかった。私のMCが随分時間を取り、これはNGだったかな?
アンコールは「ボレロ」と「上を向いて歩こう」で終わった。カリスマK先生も、「ボレロ」には喜んで貰えただろうか。