5時23分発、5時53分着、30分間、57日目、晴れ。

在り来たりの情景は書けるが、それでは何の面白味もないだろう。コースが同じで、大した変化もないからだ。道端の草が枯れていたとか、橙色のコスモスのような花の開いている数が滅法減ったとか。

鶯が、ケキョケキョケキョケキョピチュのパターンを連続で4回は繰り返していた。珍しい鳴き方ではあった。メジロの狩猟が禁止になった事を喜んでいたのかも知れない。

「岩塩」「梅肉」「岩塩」と、今日の飴は進んだ。もう戻り道。その80ヤード位先に、ウオーキングをしているらしい女の人の背中が見えた。すぐに追い付くだろうと思った。向こうが2歩歩くと、私は3歩ちょっと歩いている事になる。これで抜けなかったらおかしい。

案の定、すぐ手前まで迫ると、この女は私の気配を感じて振り向いた。足音もするし、喘ぎ声もする。この時勢だ。誰だろうと思って振り向くだけの太平な世の中ではない。突然刺される事だって考えていなくてはならないのだ。そんな複雑な気持ちで振り向いた事だろう。私だって、そんな2つの思いで振り向く。あらゆる事を想定して、自分の身は自分で守らなければならないからだ。

見る見る差が付き、私の方が80ヤード先になっていた。大きなカーブを右に、そしてちょっと左に曲がる。その時、前から女の人が歩いて来た。私は目を疑った。もう忘れていた、あのお化け(今となっては失礼な言い方で恐縮だが)だったのだ。

俯き加減で白い帽子。水色のうわっぱり風の服。こんなチャンスはないので、しっかり顔だけは見ようと思った。すれ違い様、その女は私に顔を向けて、「おはようございます」と言った。私も「おはようございます」と返事をして、その場を過ぎた。

遂に見た。それはそれは絶世の美人だったと書けば、小説なら通用するだろう。だが、そうでもなかった。けれど、挨拶をした事と共に、どんな人か分かっただけでも余計な詮索をしなくて良くなった事が楽しかった。

書く事が何もないと言いながら、これは特筆に価する事だったと思う。新聞なら、差し詰め特種だろう。

すれ違って大分行った所で振り返って見た。あの長いお下げ髪は、初めて見た時のお化けのものに間違いはなかった。