最初の2~30歩は軽快に運ぶ。が、それも束の間の事だ。それからが山あり谷ありの苦難の4キロである。いつ止めるのだろうか、と思いながら今日も走る。5時33分。帰り着いたのは6時3分だった。

日は昇っているがそんなに高くはなく、昨日の7時過ぎてからの走りを思えば快適であろう。

もう何も大した事も考えずに過ぎる。ふっと思ったのは、何故か飛脚の事だった。私には飛脚は務まらないし、絶対しないと思う。いや、そんな事思えない。

京都から江戸まで約500キロメートルある。勿論宿場から宿場までのリレーが基本だが、その間の20キロ前後を一人で走る。しかも肩に、文を入れた箱の棒を担ぎながら。適材適所の人が走っていたと思う。

マラソンランナーの半分以下の速さだったにしても、責任のある仕事だった事だろう。継飛脚はその任が大きい。そして大名飛脚から民間の町飛脚となる。その頃の郵便や電話の役目は、とても大きかった事だろう。

外国人が見兼ねて肉を食べさせたそうだが、体が重くて走り辛く、またもとのおにぎりに戻ったのだそうだ。そんな食事でよく走れるなと思うが、体の重い人が飛脚で走っている絵は見た事がない。今のマラソンランナーでも、体は細い。沢山食べなくても走れるのだ。それから見れば、ジュースは納得であった。

私の頭の中に長距離を走る概念はなく、また飛脚の事など考えた事もなかった。それが、超スロージョギングをやる事で、少なくとも飛脚が頭に上ったのは面白かった。

また、江戸の飛脚、室町時代や鎌倉時代の飛脚の就いても調べてみたいと思う。