夕べから雨が降り続いている。寝る時も降っていた。明け方に外を見た。道路に雨脚が弾けているのが見えた。私は、雨を待っていた。
野球帽を被るとわくわくしながら飛び出した。5時11分。外は本降りだ。雨を喜ぶ人なんてそんなにいない。降って欲しくない。雨は嫌だ、と思っているかも知れないのだ。私と状況が違う人がいて当然だから、これは私だけの今の心情として受け止めて貰いたい。
今日でジョギングは24日目だが、雨と言ってもこんな雨は初めてだった。一度、雨に打たれながら走ってみたいと思っていた。雨と靄で霞む神戸の一角を走る。傘を差して歩いている人はいても、雨の中で態々濡れて歩いている人はいなかった。
あの危険な自転車の女も、流石に出勤途中なのだろう、傘を差しリュックを背負って歩いていた。
フォーフォーフォケキョ。下手な鳴き声でも、はっきりと聞こえる。濡れながら鳴いているのだろうか。小さな卵から孵って育った鶯を想像した。
雨が降ろうが晴れていようが、谷から上りになっている最後の直線は苦しくなる。雨で紛れるかと思ったが、そんな甘いものではなかった。目を閉じて少し走ると、浮いたような特別な感覚になる。
Tシャツは肌に食い付き、引張っても離れようとはしない。これで風邪を引いたら長引くだろうと思った。
小学生の頃、担任だった先生から、1冊の本を頂いた。「にあんちゃん」と言う綴り方の本で、弟が雨に濡れて帰って来て、熱を出し、緑のウンチをして死んでしまったと言う作文が載っていた。今でも鮮明に思い出すが、雨に濡れるのはよくない事なのだったのだ。
私は心積もりがあるから、計画的に段取りが出来る。この弟はそうではなかった。突然の雨に傘もなく、長い道のりをずぶ濡れになって帰って来たのだった。この作文は上手かったが、題材が余りにも悲しかった事を覚えている。
家に着くとすぐに体重計に乗った。出る前に一糸残して量っていたので、その差が雨を含んだTシャツとジョギングパンツの重さとなる。それは1.4キログラムもあった。ずっしりと重いが、今の自分の体から、この4倍ものものがなくなっていると思ったら、恐ろしくさえなる。
風呂に入り、上がってから量ると、最初の体重との差が6キログラムになっていた。一番軽い状態だから、もう6キロ痩せましたとは、堂々とは言えないけれど。
家に近くなった、あのお化けが消えた路地からの信号は青で、私がその前を行こうとする信号は赤だ。それでもまっすぐ走って行こうとした。軽自動車とぶつかりそうになった。向こうに落ち度はない。
その車は右に曲がると止まった。私に文句を言おうとしているのだなと思った。しかし、そんな気配はなかった。目の前の自動販売機が目的だったのだ。
そのまま私が飛び出していたら、確実に跳ねられていた。走らなくてもブログを書かなくてもよくなるかも知れないが、それは願ってはいない事だ。分かった事は、赤信号では「止まる」と言う事だった。
還暦を過ぎたら歳は振り出しに戻る。何歳かの子供と同じようなものだ。何歳かになって、もう一度しっかりと教えられた気がした。「道路を渡る時は、赤信号では渡ってはいけません。青になっても右を見て、左を見て、車が走って来なかったら渡りましょう」。
「老いては子に従え」とは、ちょっと違うような気もするな。
野球帽を被るとわくわくしながら飛び出した。5時11分。外は本降りだ。雨を喜ぶ人なんてそんなにいない。降って欲しくない。雨は嫌だ、と思っているかも知れないのだ。私と状況が違う人がいて当然だから、これは私だけの今の心情として受け止めて貰いたい。
今日でジョギングは24日目だが、雨と言ってもこんな雨は初めてだった。一度、雨に打たれながら走ってみたいと思っていた。雨と靄で霞む神戸の一角を走る。傘を差して歩いている人はいても、雨の中で態々濡れて歩いている人はいなかった。
あの危険な自転車の女も、流石に出勤途中なのだろう、傘を差しリュックを背負って歩いていた。
フォーフォーフォケキョ。下手な鳴き声でも、はっきりと聞こえる。濡れながら鳴いているのだろうか。小さな卵から孵って育った鶯を想像した。
雨が降ろうが晴れていようが、谷から上りになっている最後の直線は苦しくなる。雨で紛れるかと思ったが、そんな甘いものではなかった。目を閉じて少し走ると、浮いたような特別な感覚になる。
Tシャツは肌に食い付き、引張っても離れようとはしない。これで風邪を引いたら長引くだろうと思った。
小学生の頃、担任だった先生から、1冊の本を頂いた。「にあんちゃん」と言う綴り方の本で、弟が雨に濡れて帰って来て、熱を出し、緑のウンチをして死んでしまったと言う作文が載っていた。今でも鮮明に思い出すが、雨に濡れるのはよくない事なのだったのだ。
私は心積もりがあるから、計画的に段取りが出来る。この弟はそうではなかった。突然の雨に傘もなく、長い道のりをずぶ濡れになって帰って来たのだった。この作文は上手かったが、題材が余りにも悲しかった事を覚えている。
家に着くとすぐに体重計に乗った。出る前に一糸残して量っていたので、その差が雨を含んだTシャツとジョギングパンツの重さとなる。それは1.4キログラムもあった。ずっしりと重いが、今の自分の体から、この4倍ものものがなくなっていると思ったら、恐ろしくさえなる。
風呂に入り、上がってから量ると、最初の体重との差が6キログラムになっていた。一番軽い状態だから、もう6キロ痩せましたとは、堂々とは言えないけれど。
家に近くなった、あのお化けが消えた路地からの信号は青で、私がその前を行こうとする信号は赤だ。それでもまっすぐ走って行こうとした。軽自動車とぶつかりそうになった。向こうに落ち度はない。
その車は右に曲がると止まった。私に文句を言おうとしているのだなと思った。しかし、そんな気配はなかった。目の前の自動販売機が目的だったのだ。
そのまま私が飛び出していたら、確実に跳ねられていた。走らなくてもブログを書かなくてもよくなるかも知れないが、それは願ってはいない事だ。分かった事は、赤信号では「止まる」と言う事だった。
還暦を過ぎたら歳は振り出しに戻る。何歳かの子供と同じようなものだ。何歳かになって、もう一度しっかりと教えられた気がした。「道路を渡る時は、赤信号では渡ってはいけません。青になっても右を見て、左を見て、車が走って来なかったら渡りましょう」。
「老いては子に従え」とは、ちょっと違うような気もするな。