4時過ぎに目が開いて、水を飲み、ブログを見て、目覚ましの鳴り始めた音を止めに行き、携帯をポケットに仕舞い、飴を口に入れ、運動靴を履き、外に出た。5時6分だった。

脹脛の調子も良く、どちらも当たり前の軽い痛さを感じるだけだ。今日は超スローを心掛けると決めていた。だが、ついちょっと速く走ってしまう。人気はない。

暫くして、走っている男に2人出会った。歩いている男に1人出会った。ウオーキングの女に2人出会った。その歩きと比べても、私が速い。やや辛いのだけれど、歩く速さ以下には落とせない。却って走り辛いのである。

丁度半分位まで来た所で、サーモスタットが切り替わったように左の脹脛が音を上げ、急に昨日と同じ痛さに戻った。治ったと思っていたし、モーラステープLを脹脛に貼って寝たのに・・。これは困った。しかし、痛くても、明日も走れたらいい。

あと半分を走る。♪疲れた足を曳きずって・・。何で五木ひろしの演歌(「灯りが欲しい」)が口を衝くんだ。

私は、童謡や唱歌を吹こうとオカリナを始めた。その姿勢は今も変わっていない。けれどそれだけでは物足りないし、トリプルオカリナが出回るようになると、今までのオカリナの約2倍、3オクターブの音域の演奏が可能となった。つまり、クラシック曲などが楽しめると言う訳だ。

そうかも知れないが、音楽的素養のない私には、それは楽しみではなく苦しみでさえある。それでも幾つかの曲は挑戦しないと面白くないと思った。

曲がすらすらと頭に浮かぶ人と、楽譜を見ながら音を捕まえようと必死になる人との進歩の差には、歴然としたものがある。私は後者であるが、それでも手を出してしまう。童謡、唱歌だけを吹いていたら良かったが、そこまで徹し切れない私がいる。

それで、今練習している曲に「春の海」がある。これは楽譜が8ページある。1、2ページと7、8ページは誰でも知っているゆったりした部分なので、何とか吹ける。後3、4、5、6ページが問題である。これも3、4ページと5、6ページにそんなに変わりはないが、速いパッセージがあるのだ。

私は♪=105で吹きたいと思った。これは速過ぎて、私には今の所無理である。それで♪=100にしてみたが、これも大変だ。確実に吹けるようになったら100でも105でも来いだが、今は辛抱の時。ゆっくりやっている内に速くもなるだろう。それで、これで行こうと、今決めているテンポがある。それが♪=95なのだ。

私の速度の程度はこの位だと、多めに見積もった自覚をしている。甥が打ち込んでくれるピアノ伴奏が来るまでに、少し練習して置かないと、と思う。これが人前で正確に、気持ちを込めて演奏出来たら、きっと喜んで貰えるだろうとの確信はある。

春は過ぎたが、再び巡って来る春の為にこの曲を練習する。そして、いつか誰かに聴いて貰いたい。もう二度と今年のような春が来ない事を祈りながら。

家に着くと、期待していた40分ではなく33分だった。かなりゆっくり走ったのに、33分はまだ速過ぎた。

往来では、信号で止まった車のエンジン音が慌しく響いている。私の今日の、2度目の1日が始まろうとしている。