雨の音だ。待ち遠しかった朝だ。
そろそろ夜明けだと思って手探りで携帯のボタンを押すと「2時22分です」と応える。まだ2時か。一眠りして3時(代)。また一眠りして4時(代)。そして「4時45分です」。
すくっと立ち上がると布団を畳んで押入れに入れ、裸の上に白い長袖のシャツを着た。梅干しを食べ、梅の入った飴を口にいれると、5時きっかりを待って、ゆっくり走り出した。
昨日シマさんに超スロージョギングを勧めたが、やっぱり撤回する。脚が重くなるが、心臓はばくばくしないと書いた。ばくばくまではしないが、歩くのと違って、軽く縄跳びを跳んでいるようなものだ。そう考えると、心臓に負担が掛かっていないとは言えないだろう。
壁に掛けてあるシマさんから貰ったカレンダーは6月に替わり、徳之島天城町のムシロ瀬の写真が載っている。彼が写したものだ。ここにも来たなと、懐かしい思いに浸った。
雨用のシャツを着て帽子を被っているのが煩わしい。雨は、すっかり止んでいる。よもや朝焼けか、と思われる空模様だ。私が知らないだけだろうが、名もない歩道にへばり付いた草たちを、踏まないように走った。
最初は平坦な道からすぐに長い下り坂となる。これは樂ちんだ。Uターンする第2コーナーまでの約4分の3を占める。それからその第2コーナーまでは、短い上り坂となる。そこで携帯を見た。11分経っていた。そのまま帰れば単純計算で22分。しかし、また戻ってループのように一回りする。またこの第2コーナーに来て時刻を見ると18分だった。帰りは長い、心臓破りの坂が待っているにしても、18分の倍である36分掛かる事はないだろう。
出掛けに2人の人が立ち話をしているのを見た他は、誰にも会わなかった。また、余り考える事もしないで走った。
昨日も一昨日も、五目散らし寿司を食べた。山盛り2杯だから、普段の量の3杯分はある。そんなものだから、寝る前の体重は1キロは戻っている。つまり、ジョギングを始めた頃から3キロ減の体重が、2キロ減まで戻ってしまった。優柔不断の自分を嘆いたが、こんな時の自分勝手は後々まで禍根を残す。美味いのだけれど、こんな時は一時の辛抱となる。
所が、朝体重を計ると、また1キロ減って3キロ減となっていた。嬉しい事に、筋肉が付き始めているのだ。筋肉で脂肪を燃焼し、太らない体質作りに内臓工場が稼動を始めた。暫くは筋肉が付いて行くから、体重はストンとは落ちない。だが、この傾向に感動を覚えた。更にジョギングに拍車が掛かる。
辛い上り坂でふと口を吐いた「クリウネ スバギヨ」。「釜山港へ帰れ」と言う歌の最後に「クリウネ ヒョンジェヨ」と言う一節がある。訳では「会いたいあなた」などとなっていると思うが、直訳では「懐かしい兄弟よ」となり、何も恋人に会いたいと言っている訳ではない。
まあそれはそれとして、「クリウネ スバギヨ」。スバは西瓜での事あるが、実際の発音は、スバの後に小さなクを付けて、クを発音する前に止めるのである。イヨに繋がるとリエゾンして、スバギヨとなる。それは余談であるけれど、「懐かしい西瓜」。
私は走りながら考える。この私と共に歩んで来た西瓜よ。今は1個まるまる私のお腹に入っているが、いつかお前がいない事に気付いた時、私はどう思うだろうか。きっとお前の事を懐かしく思い出すだろう。ああ、懐かしい西瓜よ。兄弟よ、と。何だかそんな予感がして、走りながらも瞬時浸った、懐かしい西瓜への思いだった。
5時32分。案の定、36分にはならなかった。大体30分程度で走れる事が明らかになった。これでいい、これでいい。いつか知らぬ間に、30分を切っている日常が出現しているかも知れないのだから。
そろそろ夜明けだと思って手探りで携帯のボタンを押すと「2時22分です」と応える。まだ2時か。一眠りして3時(代)。また一眠りして4時(代)。そして「4時45分です」。
すくっと立ち上がると布団を畳んで押入れに入れ、裸の上に白い長袖のシャツを着た。梅干しを食べ、梅の入った飴を口にいれると、5時きっかりを待って、ゆっくり走り出した。
昨日シマさんに超スロージョギングを勧めたが、やっぱり撤回する。脚が重くなるが、心臓はばくばくしないと書いた。ばくばくまではしないが、歩くのと違って、軽く縄跳びを跳んでいるようなものだ。そう考えると、心臓に負担が掛かっていないとは言えないだろう。
壁に掛けてあるシマさんから貰ったカレンダーは6月に替わり、徳之島天城町のムシロ瀬の写真が載っている。彼が写したものだ。ここにも来たなと、懐かしい思いに浸った。
雨用のシャツを着て帽子を被っているのが煩わしい。雨は、すっかり止んでいる。よもや朝焼けか、と思われる空模様だ。私が知らないだけだろうが、名もない歩道にへばり付いた草たちを、踏まないように走った。
最初は平坦な道からすぐに長い下り坂となる。これは樂ちんだ。Uターンする第2コーナーまでの約4分の3を占める。それからその第2コーナーまでは、短い上り坂となる。そこで携帯を見た。11分経っていた。そのまま帰れば単純計算で22分。しかし、また戻ってループのように一回りする。またこの第2コーナーに来て時刻を見ると18分だった。帰りは長い、心臓破りの坂が待っているにしても、18分の倍である36分掛かる事はないだろう。
出掛けに2人の人が立ち話をしているのを見た他は、誰にも会わなかった。また、余り考える事もしないで走った。
昨日も一昨日も、五目散らし寿司を食べた。山盛り2杯だから、普段の量の3杯分はある。そんなものだから、寝る前の体重は1キロは戻っている。つまり、ジョギングを始めた頃から3キロ減の体重が、2キロ減まで戻ってしまった。優柔不断の自分を嘆いたが、こんな時の自分勝手は後々まで禍根を残す。美味いのだけれど、こんな時は一時の辛抱となる。
所が、朝体重を計ると、また1キロ減って3キロ減となっていた。嬉しい事に、筋肉が付き始めているのだ。筋肉で脂肪を燃焼し、太らない体質作りに内臓工場が稼動を始めた。暫くは筋肉が付いて行くから、体重はストンとは落ちない。だが、この傾向に感動を覚えた。更にジョギングに拍車が掛かる。
辛い上り坂でふと口を吐いた「クリウネ スバギヨ」。「釜山港へ帰れ」と言う歌の最後に「クリウネ ヒョンジェヨ」と言う一節がある。訳では「会いたいあなた」などとなっていると思うが、直訳では「懐かしい兄弟よ」となり、何も恋人に会いたいと言っている訳ではない。
まあそれはそれとして、「クリウネ スバギヨ」。スバは西瓜での事あるが、実際の発音は、スバの後に小さなクを付けて、クを発音する前に止めるのである。イヨに繋がるとリエゾンして、スバギヨとなる。それは余談であるけれど、「懐かしい西瓜」。
私は走りながら考える。この私と共に歩んで来た西瓜よ。今は1個まるまる私のお腹に入っているが、いつかお前がいない事に気付いた時、私はどう思うだろうか。きっとお前の事を懐かしく思い出すだろう。ああ、懐かしい西瓜よ。兄弟よ、と。何だかそんな予感がして、走りながらも瞬時浸った、懐かしい西瓜への思いだった。
5時32分。案の定、36分にはならなかった。大体30分程度で走れる事が明らかになった。これでいい、これでいい。いつか知らぬ間に、30分を切っている日常が出現しているかも知れないのだから。