12時半頃に寝て4時には目が開いていた。布団の中で眠りの世界に行ったり来たり。5時に出掛けようと思ったが、ふとある事が過(よ)ぎった。

PCを見たりしていて6時前になったので、出発。スロージョギングの始まりだ。5時58分。携帯をポケットに突っ込んだ時は、もう59分かも知れないが、秒までは分からない。

出足だけは快調で、その瞬間だけはマラソンランナーになったような気分だ。

6時にした訳は、最初の頃2個のお化けに出会った事を書いた。それで、その時間帯にまた会えるのか、を確かめたかった。恥ずかしくなる程の明るさだ。ジョギングは5時頃の出発がいいが、それは睡眠時間との相談だ。

男ばかりだ。もう7人見た。あらっ、向こうから帽子を目深に被った女が一人、こちらに向かって来る。今度は擦れ違いざまに、しっかりと顔の確認をした。と言っても、以前の2人の顔は知らないのだ。だが、期待が外れた事だけは外れていない。

10日目に入ると一区切りか、周りがそんなに新鮮に感じられなく、走るだけになった。ただ、昨日の出来事を反芻していた。

S.Sさんは今回はホールを取らず、自宅で数回に分けてピアノの発表会をしている。25日はその中間で、私はオカリナの演奏をさせて貰う事になった。小学生や中学生が自分の練習成果を発表する、名付けてホームコンサート。どの子も上手だった。私がこの位ピアノが出来たら、もっとうだつの上がったオカリナの演奏が出来たのではないかと思う程だった。こんなに上手かったら、オカリナをやっていなかったかも。

主人のSさんはS.Sさんの伴奏でバッハの「アリア」とフォスターの「夢路より」をリコーダーで吹いた。その上、二人でボロディンの「ノクターン」を連弾した。昔とった杵柄である。大したものだ。若い頃は大持てだった事だろう。いや、今でも。

私はサン=サーンスの「白鳥」と成田為三の「浜辺の歌」をS.Sさんの伴奏で吹いた。自分では、何とも評価の仕様がない。子供と一緒に来ていた母親も聴いている。S.Sさんのご母堂も。

すぐ後で、リコーダーも加わって、エルガーの「愛の挨拶」。これは以前3人で、ロープウエーで上った所にあるハーブ園のホールでやって、私が大失敗をやらかした曲だ。皆、リベンジだと言ってくれるが、トラウマになっているのかも知れなかった。「この曲はどうですか」と聞かれ、「愛の挨拶は嫌いです」と言って苦笑した。本当は好きな曲なんだけれど。オカリナではトリプル管の全部を使う。兎も角、幾らか音が不正確に鳴った他は、あの時のような何小節も無茶苦茶になった事を思えば、リベンジ出来たのではないか。それはS.Sさんもそう言ってくれた。

後興味ある曲が3つ続いた。ベートーベン「ソナタ悲愴(大2楽章)」とハチャトリアンの「剣の舞」。このピアノ演奏は、私もやろうとしているものだった。中学生の男の子は、大したものだった。母親さえ惚れ込んでいる事だろう。

彼とSさんとの連弾は、ブラームスの「ハンガリー舞曲第5番」だった。これも吹きたいと思っている。

S.Sさんの最後の講評が終わって終了した。的確に評している。こんな時、褒めてばかりでもいけないと思う。親子共々に認識を新にした事であろう。

S.Sさんは、とてもいい曲を見付けたから、強制的にでもアンコールをしようかな、と言っていた。それは又の機会となった。私が一人で聴いてあげよう。と言うか、私が聴きたかったのだ。

5時5分から始まって、6時30分に終わった。それからどうしたかって?

「アンニョンハセヨ? コヒャンイ オディエヨ?」

当たりっ! 近くの韓国料理屋で、ご馳走になった。てきぱき動いている女性がいて、日本語は日本で生まれ育っているから当たり前に上手かったが、韓国語も朝鮮初中級学校に通っていたから、それも上手かった。キョッポで、3世だと言った。やっぱり、チェーン店のその店を仕切っている人だった。

ビールにS.Sさんは巨峰のチュウハイ。とても綺麗な色をしていた。焼肉三昧とはこう言う事なのか。「網を換えます」と言って、再び新しい銀色に光る網になった。セットが終わるとかルビの追加。どれもこれも美味い肉だ。タンも美味いし、ミノだって絶品だ。

マッコリの入った壷は雰囲気があった。話の内容は割愛する。ただただ楽しい夜は更けて行く。キムチの盛り合わせが、あっさりして美味い。ペチュキムチ、オイキムチ、カクトゥギが並んでいた。白菜と胡瓜と大根のキムチ。終わりの頃、トウモロコシのお茶が出て来た。オクススチャは、韓国料理店なら、大体何処でも出て来る。最後に私は冷麺、Sさんはピビンバを食べた。小盛りがあるのが有り難い。

ラストオーダーはないかと聴いて来た。いい時間だろうなと思って、携帯の時計を見た。10時を少し回っていた。およそ3時間半近くいた事になる。3人とも、おったまげた。

又の再開を誓って、大袈裟だなあ~、私は阪急電車に乗った。映画「阪急電車」を思い出す。これはいい映画だった。三宮10時30分発の最終バスに乗る事が出来た。行けるものなら行きたい所があった。それは家まで我慢した。

ジョギングでは、あの2人の女性には会わなかった。途中前方に脚の長い男がウオーキングをしていた。太っているが、その長さだけは欲しい。普通に歩いていたが、私はその男を抜き去ってしまった。下り坂だからにしても、もう少しゆっくりでも良かったし、この男と距離が縮まらなくても良かったのだ。

案の定、帰路への上り坂は辛くなった。歩くなどと言う速度ではない。足が縺れている。心臓破りの坂。そう、ブログで思い出させて貰った、心臓破りの坂だ。でも、私は心臓がどうこうで辛くなっているのではなかった。スースーハッハッ、スースーハッハッ。そうすればいいと、小学校時代の先生は教えてくれた。今そんな事、私には通用しない。口を開けて、そこから好きに呼吸をする。私には、「太腿ふくらはぎ破裂の坂」の方がぴったりなほど、脚が苦しく重い。

もうとっくに記録など眼中になかった。カラスのアーアーと鳴く声が響いた。アホーアホーと鳴かないだけマシか。カラスの誠意だってか。

家に着くとすぐに携帯を見た。6時30分の表示が目に入った。えっ? えっ? 何で? こんなにスローペースだったのに。しかも、信号2ヶ所で少し足を止めたのに。紛れもなく、32分で帰り着いていた。記録更新だ。もう、超スロージョギングではなくなっている感じがした。超を明日からのジョギングから外す事にしようと思った。が、如何に。明日の事は儘ならない。

もう、お化けもいないと思った。

ジュース、ジュース。そう言いながら、ミキサーに材料を入れた。人参、林檎、バナナ。昼まで待ちきれず、甘栗を1袋食べた。20粒位入っている。この甘栗は、本当に美味い。何故か薬屋さんで、他のお菓子と一緒に売っている。

これで、夢が2つになった。西瓜のように膨らんだ腹を、何とかしてピーマンのような筋肉の付いた腹にしたい。もう1つは、この甘栗で栗ご飯を炊いてみる事だ。

右足の指が、バンドエイドをしているのに痛い。イソジンSで消毒しようとバンドエイドを剥がした。そこは痛くないのだ。何と中指に、そこから出血したであろう傷があった。そこが痛い。慌てて中指を消毒し、新しいバンドエイドを巻いた。まいった、まいった。