4時何分かに携帯は囁いた。次に目を閉じた耳には「5時17分です」と迫って来た。ちょっと起き難かったが、弾みを付けて立ち上がった。布団の上げ下ろしも、合理的な運動だ。

小鳥の囀りに、窓を開けて外を見た。雨は降っていないようだが、路面は濡れている。Tシャツを着ると外に出た。5時28分。あれっ? 雨。しょぼしょぼしていた目には、雨筋が見えなかったのか。おお、寒っ!

部屋に戻ると、ランニングシャツを着て、長袖で紫色のタートルネックのシャツに着直した。30分に余裕を持って出発出来ると思っていたが、結局32分となった。何分でもいいのだが、何て私は律儀なのだろう。

快調に、スローに走り出した。あの沢山の山吹色の花たちが、一斉に深いお辞儀をしていた。日々の変化が見て取れる。

路地を戻って行く年配の男が、パピヨンみたいな犬を連れて背中を見せていた。これ以外、人と会う事はなかった。

鷲のように羽根を広げた両端に、オレンジ色の灯りが点いた街灯が連なっている。その灯りは雨に写り、アスファルトの歩道の置く深くでゆっくりと、私に近付いて来ては流れて消えた。空は一面均一の灰色を呈している。

♪雨が小粒の真珠なら、恋はピンクのバラの花。肩を寄せ合う小さな傘が、若い二人を燃えさせる。離れたくない二人なら、濡れて行こうよ何処までも。

歌詞が正確かどうか分からないが、古のこんな歌を口には出さないで、歌いながら走った。まだ余裕がありそうだった。「雨が小粒の真珠なら」なんて、よく浮かんだものだ。中々の出だしだ。が、次の「恋はピンクのバラの花」。今までそんなものだと思って何も感じなかったが、恋はピンクのバラの花なのか、もっと違った例えはないのかと思いながら、この冒頭だけを歌いながら走った。♪あめが~ こつぶうのおしんじゅなら~ こいわ~ ピンクうのおバラのはな~。リフレイン。

紫色は腕の先で、見る見る黒っぽい紫色に変わって行った。冷たく感じる部分の色が変わるのだ。後で分かった事だが、シャツの前面は濡れていて、後ろは上半分が濡れていた。姿勢が悪かったのだろうか。

Uターンする頃には、もう頭の中でさえ歌うような元気はなかった。斜面の上に家が建っているが、そのコンクリートの70度位の壁を伝って雨が流れ落ちている。その下の溝は、雨を抱えて私と同じ方向に走る。それは行く手ですぐに濁って、泡沫と化した。落ち葉が固まって、堰き止めていたのだった。

この直線は下って上る。こう言うきつい上り坂の事をマラソンの実況放送では何と言っていたか、超スロージョギングを始めた5月17日から思い出そうとしていた言葉だが、未だに浮かんで来ない。「人殺しの坂」では絶対にない。「鬼殺しの坂」、これはいいが、「鬼ころし」、これは焼酎の名前だ。溝の雨水は、今度は私に向かって流れて来た。

この辺が一番きつい。下り坂は爽快だが、上り坂はへとへとだ。変化はないが、全部平坦がいいと思う。中道の精神の意味が、おぼろげにではあるが分かりそうな気がして来た。「通りゃんせ」の歌の文句ではないが、♪いきはよいよいかえりはこわい、でも困ってしまう。行きも帰りも普通でいい。

私はオカリナ吹きだが、現在の多様な楽器や演奏がある中で、大切なのは自分の吹きたい曲を吹きたいように吹く、と言う事を忘れてはならないと思った。私は、童謡や唱歌を吹いて、それが廃れて行かないようにしたいと思ったのがそもそもの発端だった。だから、それを中心に吹いて行けばいいんだと思った。何でこんなに辛い坂でそんな事を思うのかが分からない。

それと、自作の曲が34曲あるが、それも伝えて行きたいと思った。その為にCDはいつか溜まるものが溜まったら作りたい。1枚目のタイトルは、「望郷」にしたいとずっと思っている。それは私の心情に響くものだからである。勿論初期の頃の作曲で、2001年7月8日に出来たものだ。関係ないが、奇しくもブログを始めたのが凡そ2年前の7月8日だった。

雑誌「壮快」には、超スロージョギングは辛くないと書いてあったが、私には後半が辛い。まあ、脚や腰にこの体重がかかって来るのだからそうなのだろう。けれど、兎も角完走出来るのが、私に取っては瞠目の事実なのだ。もう、左腿の痛みは一切ない。

カーブを右に回って、ようやく家だ。すぐに携帯を見る。6時11分。39分である。これでいい、これでいいと思った。靴がびしょ濡れだ。

ささやかな失敗は3つある。失敗なんかじゃないとは思うが、箇条書きにしてみよう。

1.服を着替えたこと。

2.靴が濡れたこと。

3.信号でずるをしたこと。

失敗には理由が付き物だ。1は、雨が降っていないと思っていて、Tシャツではとても走れなく着替えた事で、余裕のあった出発の時間30分がずれてしまった。

2は、この1980円の靴は、卓球をする時や晴れた日に走ったりするにはピッタリしていて良いのだが、雨の日は一度かなり濡れて中までびちょびちょになった事がある。雨の日はもう一つの1980円の靴を履く事にしていたのだ。これなら、濡れても中まで染みて干さなければならなくなると言う事がない。内心、ジョギング用のシューズを履いてみたいと思うが、これは1桁違うので、手が出ない。さぞ驚きの履き心地だろう。

3は、十字路の車用の信号の横の横断歩道を渡る際、横の信号は黄色の点滅。縦の信号は赤だった。私も車と同じ行動に切り替えて、赤なのでちょっとだけ立ち止まって休んだ。10秒程ね。こんな信号の時は、まだ横断歩道の、人や自転車用の信号は点灯していない。

これが失敗だなんて誰も思わないだろうが、私にしてみれば、小さくても失敗の部類に入る。そうでも考えないと、ブログのネタがない。

一筋の光はジュースである。帰ったら飲める。この喜びは何ものにも変えられない。ジョギングをし出して分かった事だが、些細な事が失敗や喜びになる。何と純真な世界よ。

昨日オカリナが届いた。ソプラノC管である。気に入らなかったら送り返すようにと書いてある。絶対に送り返さない。これは掘り出し物だ。澄んでいて、しっかり鳴り響く。自分の気持ちに応えてくれる。感情が豊かに表出する。炭化させた黒っぽいオカリナだが、色合いがとてもいい。金色で「天」と書かれている。もうお分かりかと思うが、熊本県阿蘇郡西原村の窯元「天(SORA)」さんのオカリナだ。

アルトC管などは音が分からないが、これなら4本全部欲しい気持ちになる。余りまだ九州辺り以外では知られていないだろうが、専門誌「オカリナ3号」に、この窯が載ってしまった。因みにソプラノCは、今は8000円だが、電話で話したい向きの為に、電話番号を載せておこう。(096)279-3959。ホームページを見ると、惹かれるものがある。

大変丁寧な親切な人で、私は誠実さを感じた。だからではないだろうが、期待に違わない音色だった。その人に応じて違った音のするオカリナだと思う。元々オカリナは、吹く人によって違う音がするものだけれど。私が「どんな音のするオカリナですか」と聞いた時、「どちらかと言うと、木村オカリナに似ています」との答えが返って来ていた。

2つ吹き比べてみた。成る程その通りだった。今ここでその違いは安易には話せないが、よく似た音質である事には相違ない。吹き口の穴が、木村オカリナの方が大きい。微妙な違いはあるけれど、この二つは好みの問題だ。私は今、この「天」に惹かれている。

亜音が来年の3月に出来上がるので、今は注文は控えたい。だが、亜音を頼んでいなかったら、また、亜音の音を知っていなかったら、迷わず「天」を4本注文しただろう。このソプラノCは、本当に綺麗な音がする。

私がこう書いたからと言って、すぐに注文しないで欲しい。注文して手元に入っても、自分に合わないと言って私にその矛先を向けないで欲しい。今の自分が、素晴らしいと思っただけなのだから。

1ヶ月で送って来た。ラッキーだったかも。

今日も寒くて半袖ではいられないが、汗を流し朝シャンをしてジュースを飲んでからPCに向かっていると、それがささやかではあっても至福の時のように思われる。寒くても長袖は着ない。オカリナの練習を始めると、決まって体中が熱くなる。