三宮に着いたのが10時前だったと思う。一路北へ、コンポを入れたキャスター付きのキャリングバッグを引きながら歩いた。左手には、オカリナの入った重いアタッシュケースを提げている。
風見鶏の館に着いた頃は、上り坂に息せき切っていた。広場のベンチに座ると携帯電話を出して握った。10時10分。鳴らす準備をする。13分。大阪府警察コミュニティープラザに電話をした。通じない。14分。通じない。まだ向こうが受話器を取らない。15分から受付開始だ。
ツーツーツー。一発でかかるのは駄目だった。引っ切り無しに切れてはかけ、切れてはかけした。23分頃バイブレーションを感じた。繋がったのだ。だが、切れてはかけ切れてはかけしているものだから、瞬間的に切ってしまっていた。もう駄目かも知れない。折角のチャンスを、自分から絶ったのだ。
もう100回は繰り返していた。30分までに繋がらなかったら、諦めようと考え始めていた。同じ柳の下に泥鰌はいない。つまり、折角のチャンスを自ら失ったのだから、2度来る筈はないと思った。
が、通じたのである。7月に大阪府警のステージで演奏出来る事になった。私は、土曜日がいいと言った。しかし、土曜日は16日しか残っていないと言われた。即、16日に決定した。それは、シマさんにも私にも都合のいい曜日だったからだった。と言う事は、シマさんの三線と私のオカリナを半分ずつ演奏する予定にしているのである。グループ名がいるそうで、登録しに行った時、「HIKARI」と決めた。
かくして、2011年7月16日(土)14時30分から15時30分までの1時間の演奏が確定した。
外に出て来た館長が、私に声をかけた。1階のピアノのある部屋に入ると、セッティングの準備をした。知人も3人で来てくれた。1回目はオープンほやほやもあって、50人位の人達が熱心に聴いてくれた。
2回目と3回目は人数は少なかったが、多い少ないの問題ではない。東日本大震災で亡くなられた方々や被災者の方々に、オカリナの音と一緒に聴いて下さっている皆さんの気持ちが届くのが目的である。
「ありがとう」と言って下さったおじいちゃんもいたし、事前にオカリナを見て話し込んで来た親子もいた。所長にアンコールをしてもいいか聞いた男の人もいたようだ。
可愛い2人の女の子が、3回目両親と一緒に10脚程のパイプ椅子に座っていたが、「崖の上のポニョ」を演奏し出したら立ち上がって、あの踊りの仕草をし出した。私はオカリナを吹きながらそれを見ていた。余りにも可愛かったからだ。終わった後思わず駆け寄って、2人の女の子と握手をした。じょうずだねと言いたかった。
福島から疎開して来たと言った年配の女性の方が、もう原発の事もあり、福島には帰れないと言って涙ぐんだ。慰める言葉さえなかったが、オカリナの音に癒されたと言って貰えた時は、無性に嬉しかった。
おかかのおにぎりを1個、途中のコンビニで買って持って行っていたが、昼は館長が近くのレストランに連れて行ってくれた。「風見鶏の玉子」とガラス窓に書いてあるだけあって、同じ皿にスープも入ったふわふわ玉子のオムライスはとっても美味しかった。
お客さんの目的は異人館の風見鶏の館を見学する事だ。だから、私が演奏しているのを見るのは、たまたま出くわした事であった。だから、席に座ろうが立って聴こうがその場を去ろうが、全く勝手である。それでも、驚いたように覗く人もいたり、そのまま立って聴き入ってくれる人もあったりで、私からすれば景色の変わる演奏会だった。だが、こんなに演奏させて貰ったのは初めてで、館長さんには、心からお礼を言いたい。
ここのイベントを管轄している、神戸市民生協から来ていた担当者が言うには、風見鶏の館で演奏したい人は沢山いるとの事だった。とすれば、私などラッキーと言えば言えなくはない。明日ももう一度同じパターンだが、一生懸命、元気の元を被災者の方々に届けたいと思った。
風見鶏の館に着いた頃は、上り坂に息せき切っていた。広場のベンチに座ると携帯電話を出して握った。10時10分。鳴らす準備をする。13分。大阪府警察コミュニティープラザに電話をした。通じない。14分。通じない。まだ向こうが受話器を取らない。15分から受付開始だ。
ツーツーツー。一発でかかるのは駄目だった。引っ切り無しに切れてはかけ、切れてはかけした。23分頃バイブレーションを感じた。繋がったのだ。だが、切れてはかけ切れてはかけしているものだから、瞬間的に切ってしまっていた。もう駄目かも知れない。折角のチャンスを、自分から絶ったのだ。
もう100回は繰り返していた。30分までに繋がらなかったら、諦めようと考え始めていた。同じ柳の下に泥鰌はいない。つまり、折角のチャンスを自ら失ったのだから、2度来る筈はないと思った。
が、通じたのである。7月に大阪府警のステージで演奏出来る事になった。私は、土曜日がいいと言った。しかし、土曜日は16日しか残っていないと言われた。即、16日に決定した。それは、シマさんにも私にも都合のいい曜日だったからだった。と言う事は、シマさんの三線と私のオカリナを半分ずつ演奏する予定にしているのである。グループ名がいるそうで、登録しに行った時、「HIKARI」と決めた。
かくして、2011年7月16日(土)14時30分から15時30分までの1時間の演奏が確定した。
外に出て来た館長が、私に声をかけた。1階のピアノのある部屋に入ると、セッティングの準備をした。知人も3人で来てくれた。1回目はオープンほやほやもあって、50人位の人達が熱心に聴いてくれた。
2回目と3回目は人数は少なかったが、多い少ないの問題ではない。東日本大震災で亡くなられた方々や被災者の方々に、オカリナの音と一緒に聴いて下さっている皆さんの気持ちが届くのが目的である。
「ありがとう」と言って下さったおじいちゃんもいたし、事前にオカリナを見て話し込んで来た親子もいた。所長にアンコールをしてもいいか聞いた男の人もいたようだ。
可愛い2人の女の子が、3回目両親と一緒に10脚程のパイプ椅子に座っていたが、「崖の上のポニョ」を演奏し出したら立ち上がって、あの踊りの仕草をし出した。私はオカリナを吹きながらそれを見ていた。余りにも可愛かったからだ。終わった後思わず駆け寄って、2人の女の子と握手をした。じょうずだねと言いたかった。
福島から疎開して来たと言った年配の女性の方が、もう原発の事もあり、福島には帰れないと言って涙ぐんだ。慰める言葉さえなかったが、オカリナの音に癒されたと言って貰えた時は、無性に嬉しかった。
おかかのおにぎりを1個、途中のコンビニで買って持って行っていたが、昼は館長が近くのレストランに連れて行ってくれた。「風見鶏の玉子」とガラス窓に書いてあるだけあって、同じ皿にスープも入ったふわふわ玉子のオムライスはとっても美味しかった。
お客さんの目的は異人館の風見鶏の館を見学する事だ。だから、私が演奏しているのを見るのは、たまたま出くわした事であった。だから、席に座ろうが立って聴こうがその場を去ろうが、全く勝手である。それでも、驚いたように覗く人もいたり、そのまま立って聴き入ってくれる人もあったりで、私からすれば景色の変わる演奏会だった。だが、こんなに演奏させて貰ったのは初めてで、館長さんには、心からお礼を言いたい。
ここのイベントを管轄している、神戸市民生協から来ていた担当者が言うには、風見鶏の館で演奏したい人は沢山いるとの事だった。とすれば、私などラッキーと言えば言えなくはない。明日ももう一度同じパターンだが、一生懸命、元気の元を被災者の方々に届けたいと思った。