義援金を振り込む事。それもとても大切な事だが、大枚も叩けず忸怩たる思いでいた。

悶々とした中、手元にあったチケットを携えて、ザ・シンホニーホールで行われる山本貴志のピアノ・リサイタルを聴きに行った。ブログに書くのも不謹慎と思われ、今日までになっていた。3月20日の大ホールだ。

皆どんな思いか分からないが、満員の中で、それは行われた。素晴らしかった。私自身は、少なくとも元気付けられていた。


ショパン

夜想曲 第1番
練習曲 第5番「黒鍵」
練習曲 第9番
スケルツォ 第3番


ベートーヴェン

ピアノ・ソナタ 第23番「熱情」


リスト

ハンガリー狂詩曲 第13番
愛の夢 第3番
パガニーニ大練習曲より 第3番「ラ・カンパネラ」
3つの演奏会用練習曲より 第3番「ため息」


グノー/リスト

ファウスト・ワルツ


アンコール曲

リスト ハンガリー狂詩曲 第15番

ショパン 練習曲 第12番「革命」

また聴きたいと思った。それでも、私に何が出来るかを考えていた。


私にあるのは、プロでもないし上手くはないにしても、小学校6年生の時に出会ってそのままになっていたオカリナだ。音楽から離れて久しく、それでも楽器を練習したいと思っていた。オーケストラが奏でるような楽器はもう出来ない。少なくとも私には遅過ぎた。

だから、これとて難しい楽器ではあるが、オカリナをやろうと思った。それしか無いように思われたのだ。それが17年前だった。だらだらと吹いたり吹かなかったりして時が過ぎた。毎日練習し出したのは、最近になっての事である。


オカリナの音を町行く人に聴いて貰い、共に被災地や被災者の方々に元気を届けようとした。ちゃんと聴いて貰う為には、私は音響設備に余りにも疎い。頭の中では、元町のヤマハ楽器店の前で吹かせて貰う事とか、何故か風月堂の軒下を借りて吹いたり出来たらいいなと思った。そんなうまい話はない事くらいよく分かっているが、余程経営者と直談判しようかと思った程だ。

市役所の1号館でロビーコンサートをやっているが、当たって砕けろで話しに行った。素性の知れぬオカリナ吹きが、簡単にやらせて貰える筈はない。けれど、担当者と話し合った。だが、ロビーコンサートは義援金を集める為にはやっていなかった。また、私のような老人が出る幕ではないようで、若いプロを目指す音大生などを支援するようなのだ。

けれど、私を無碍に追い払う事も出来なかったのだろう。私の音源と、簡単なプロフィール、それに最近の活動歴が入用だと言った。審査して決めるそうである。万が一採用して貰ったとしても、被災地に・・、と言う趣旨とはかけ離れてしまう。それも、もう来年の5月頃までは、出演者が決まっているのだ。

他に、区役所も回るだけ回ってみようと思っている。

27日には異人館に行って、話だけでもしてみようと考えた。何と、ラインの館も風見鶏の館も、改修中であった。ラインの館はどう入っていいか分からず、トイレだけ借りて風見鶏の館へ向かった。

事前に館長直接にではないが、電話で訪問する時間を決めていた。改修の事など、思っても見なかった。

館長は、工事中の中を案内してくれて、部屋の説明までもしてくれた。でも、私の目的はそれではなかった。オカリナを吹いて、聴いてくれる人と共に、元気を届けたい旨を切り出した。

4月1日がオープンとなるそうで、3日は「風見鶏の館オープンコンサート」でピアノの演奏が決まっていた。館長は、今日が日曜日で管轄の役所がお休みだから、明日聞いて連絡して上げると言った。

おっと、もしかして演奏出来るかも知れないぞ、との感触を得た。OKが出れば1日がいいと、館長は言った。よろしく丁重にお願いをして、広場の猿回しを見ながら、異人館の坂を下って行った。


次の日の午前中に館長から電話があった。お願いするとの旨を伝えて来たのだった。きっと親身になって、そのように計らってくれた館長には、心から感謝したい。こんな時期だから、飛び入りのボランティアを受け付けてくれたのだ。出来が良かろうが悪かろうが、兎に角一生懸命に演奏したいと思う。

「館長の顔に泥を塗らないようにしないといけませんね」

と言うと透かさず、

「塗って貰ってもいいよ」

と言って笑ったが、これはもう頑張るしかない。

1日だけだと思っていたら、2日もだ。こんな事って実際にあるんだな。しかも、1日3公演だと言う。同じパターンでいいと言ったが、ちょっとは重なる曲があるにしても、3回は全部違った曲にしたいと思った。各30分ずつだから、何とかなるだろう。

日時 平成23年4月1日(金)、2日(土)。オカリナ演奏。

場所 風見鶏の館1階(神戸市中央区北野町3-13-3)

1回目 11:00~

2回目 13:00~

3回目 14:30~

今とっても忙しくて大変な時に、ピアノのS.Sさんが2日の2回目だけ伴奏をOKしてくれた。風の如く現われ、魔法の如く去る神業を演じるのだ。それでも、一緒に演奏して貰える事がとても嬉しい事のように思える。だから、音合わせもなく、ぶっつけ本番となる。7曲の内5曲の伴奏をお願いしている。

私は思案の末、動く事にした。そして、歩いた。その結果がこのような幸いな結果を生んだ。あの例えのように、スペイン人の如く、走った後で考える、正にそんな感じだった。

たまたま出くわして聴いて下さる入館者の皆さんと共に励ましの音を届けられたら、それこそ喜びは何倍にも膨れ上がるだろう。そして、その力に溢れた風船が、被災された方々の心の中に届く事を願う。

直接聴いて貰うのがベストだが、それは叶わない。だから、大きく膨れ上がった皆の思いを、せめて一時であろうと届けたい、と願わずにはいられない。