短いブログに挑戦だ。

今日午後7時から開演の舞台を観て来た。兵庫県立芸術文化センターで。

マリア・パヘス舞踊団。原案、演出、振り付けは、マリア・パヘスだ。

今回は舞踊団20周年を記念して、世界初演の「MIRADA-ミラーダ」を携えて来日した。ミラーダは、見ると言う意味だが、マリアは何を、何処を見ているのだろうか。

セビリアで生まれ、4才からスペイン舞踊とフラメンコを学んだ。

キャストは、舞踊がマリア・パヘスを筆頭に、女性が4人、男性が4人の計9名。カンテ2人、ギター3人、パーカッション1人、ヴァイオリン1人、総勢16名。アンコールに応えて、何度も横1列に並んだ。その時素早く数えると、16人だった。

こんな素敵なスペイン舞踊並びにフラメンコを観た事はない。大ホールも、略満員状態だと言っても過言ではないが、チケットの値段がこの舞踊団としては普段より安いと言っても、A10,000円、B8,000円、C6,000円、D4,000円、E2,000円のランクがある。10,000円の値打ちは十分にあるが、それだったら私はお手上げだ。

2,000円の席は4階のサイドの席である。手摺の前方の横に渡されている鉄パイプによって、身を投げ出さないとステージの全部を見下ろす事が出来ない。乗り出すと、隣りの人に迷惑がかかる。厄介な場所ではあるが、安く観る為には仕方がない。

クラシカルなものと、やや前衛的なものと、幅広い音楽でスペイン舞踊を見せてくれる。殆ど分からない曲ばかりだが、プログラムはこうだ。

ポエム20

タイトル

白黒の散歩

光と影

オリーブの木のシギリージャ

月のファンダンゴス

白鳥

ロルカ

タンゴスの散歩

ラジオ

色彩のアレグリアス

散歩とブレリア


1階の、前から10列位の所で観たかったが、それは許されない。最低価格のEランクでも、交通費と食費を入れると馬鹿にならない。

必需品の双眼鏡を首から提げてそれを覗くと、1階の前方にいるのと同じ感覚でいられる。舞踊の8名は、素晴らしい踊りを見せてくれた。だが、4人の女性ダンサーに雑じってマリア・ハペスが踊った時は、その存在感に圧倒されそうだった。この4人だって優秀な踊り子で、一人ひとり別の場所でフラメンコを躍らせたら、きっと感動ものだろう。だが、マリア・ハペスが入っただけで、その輝きが曇る。

会場は暗く、ステージだけが明るい。時にはスポットライトだけだったりする。足で打ち鳴らす独特のタップ音が、広い空間を満たす。衣装は説明しているスペースはない。短いブログに挑戦しているからである。

マリア・パヘスの腕や背中の筋肉が美しい。それらが体とは思えない動きをする。カスタネットの音がまた素晴らしい。まるで、陸の人魚のようだった。

サン=サーンスの「白鳥」が鳴り出すと、途端に集中させられるものがある。私がオカリナで吹く、大切なレパートリーの一つだからだ。マリア・パヘスは、ステージの中央でスポットライトを浴びながら、体と腕だけでの表現を試みる。それは堂々とした、未来を見つめる白鳥のように思えた。

短くする為に、もう終わるけれど、マリア・パヘスの踊りの中には、過去から繋がって来た現在があり、現在から見据えた未来がある。それは、確固たる自信と希望だった。中心は、「今」であろうと思う。「今」を演じている現在がある。過去もかつては現在だったし、未来も手繰り寄せれば現在となる。

「今」がとても大切だと言う実感が、マリア・パヘスのステージから湧き出していた。最善の過去は最高の「今」が造り上げ、最善の未来は最高の「今」が手繰り寄せる。「今」がどれ程大切かを、この「MIRADA-ミラーダ」は教える。ただ美しい、情熱的な踊り、端的に言えば「フラメンコ」を観る為に来た筈だった。

2006年に来日しているマリア・パヘスにファンも多いのだろう。それも手伝ってか拍手の音が半端ではないのである。年を重ねている彼女だが、益々円熟して行く事だろう。私も見習いたいと思うし、今度来日したら、1階の10列目までの席で、双眼鏡なんか覗かないで観たいと思った。


バスを降りた激しい雨に、折りたたみの傘を差して家路を歩いていると、街灯が灯っている。暗闇では見えない雨脚が、きらきら光りながら落ちる。その速度は、雪の比ではない。