また政治絡みの天声人語になってしまうが、内容は読んで字の如しである。私が興味を持っているのは、矢張り構成だ。今日のコラム氏も、鮮やかだった。
始めと終わりに特に関心があり、どんな書き出しでどんな内容が生まれ、どんな結末になるか。短文は、殊に顕著である。
天声人語のコラムは、起承転結が上手く出来ている。ここでは「起」と「結」を問題にしたい。
考えてから走るとか、走っている間に考えるとか、走った後で考えるとかの国民性を表した言葉があるが、書き出しと終わりの文章も、何だかそんな事が言えそうだと思う。
始めも内容も終わりも考えて書き出すと言うのが、先ず1つ。用意周到と言う奴である。始めが浮かんだらどんどん書いて行き、その間に終わりをどう結ぶかを考える、これが2つ。猪突猛進と言えるかな。兎に角書き始め、内容もそこそこに、終わってから読み直して修正、構成を整えるのが3つ、である。型がある訳ではあるまいが、これは整理整頓型に属するか。
私は、文章力とか内容は余り無くだらしがないが、それでも起承転結などと高度な事は考えずに、始め(書き出し)と終わり(結び)を考えようとする。下手な考え休むに似たりを地で行っている。そうするのは、三島由紀夫の「夏子の冒険」の影響である。これは前にも書いた。
誰でも、書きたい事を考えるのが先決だ。書く事が決まると、私は書き出しに力を入れる。これに結構時間がかかる。最初の出だしが決まると、後はだらだらと進む。そうして、終結は、文章の何処と関連付けるかを考える。私の場合、始めが決まれば下手なりに原稿用紙が埋まって行くのである。
始め、中、終わり。これを元に書き進む。上手く書けた例はないが、極たまに、起承転結が入った文章が出来る事がある。
また長い。天声人語だけ載せればどんなにすっきりした、短い名文で終わったかも知れないのに。
私が感心する始めと終わりを、特に見て欲しいと思う。こんな事分かっている、と言われそうだ。ひょっとして、私には、こんな単純な所に感動してしまう、単純連鎖の遺伝子が組み込まれているのかも知れない。
さあ、それではその天声人語を披露しよう。
2011.1.29 天声人語
白魔と闘う地方には申し訳ないが、ねずみ色に染まった道や田畑を見て、早晩とける雪の方がまだマシかと思った。宮崎、鹿児島県境の霧島連山・新燃岳が噴火し、風下に大量の火山灰や噴石が降った。鳥獣の病に続く、南九州の災難である。
52年ぶりの爆発的噴火で、火口の衝撃波が彼方の窓ガラスを震わせた。字面も不気味に、空振と呼ぶそうだ。空模様と同様、大地のご機嫌にも人知は及ばない。だからこそ、防災と民生に人事を尽くすべし、為政者には一時の気の緩みも許されない。
まさにその人が、またぞろ余計な「空振」を広げた。日本国債の格下げに対する菅首相の第一声、というより無反応である。にこやかに「そういうことに疎いので」と言われても、力も抜ける。
財政再建の決意を世界に発信すべき好機はこれだ。空振どころか無気力な空振り。ただの言葉尻ではなく、政治センスを疑う。周辺は「民間の判断にいちいち反応しない」とかばうが、市場をなめる者は市場に泣かされる。
わが国債の信用は、中国のそれと同じになった。少子化で財政は好転せず、国ぐるみの反転攻勢もねじれ国会で望み薄との見立てである。不用意な発言で国債の価値が下がれば、金利が上がり、ローンを抱える人が苦しむ。
首相は投資家が集うダボス会議へと向かった。「疎いので」はもう禁句、国会で棒読みした官僚語も通じない。リーダーの覚悟から絞り出す言霊だけが、深く響くだろう。一発逆転は望まないけれど、菅さん、くらしの雪景色に灰まで降らせてはいけない。
始めと終わりに特に関心があり、どんな書き出しでどんな内容が生まれ、どんな結末になるか。短文は、殊に顕著である。
天声人語のコラムは、起承転結が上手く出来ている。ここでは「起」と「結」を問題にしたい。
考えてから走るとか、走っている間に考えるとか、走った後で考えるとかの国民性を表した言葉があるが、書き出しと終わりの文章も、何だかそんな事が言えそうだと思う。
始めも内容も終わりも考えて書き出すと言うのが、先ず1つ。用意周到と言う奴である。始めが浮かんだらどんどん書いて行き、その間に終わりをどう結ぶかを考える、これが2つ。猪突猛進と言えるかな。兎に角書き始め、内容もそこそこに、終わってから読み直して修正、構成を整えるのが3つ、である。型がある訳ではあるまいが、これは整理整頓型に属するか。
私は、文章力とか内容は余り無くだらしがないが、それでも起承転結などと高度な事は考えずに、始め(書き出し)と終わり(結び)を考えようとする。下手な考え休むに似たりを地で行っている。そうするのは、三島由紀夫の「夏子の冒険」の影響である。これは前にも書いた。
誰でも、書きたい事を考えるのが先決だ。書く事が決まると、私は書き出しに力を入れる。これに結構時間がかかる。最初の出だしが決まると、後はだらだらと進む。そうして、終結は、文章の何処と関連付けるかを考える。私の場合、始めが決まれば下手なりに原稿用紙が埋まって行くのである。
始め、中、終わり。これを元に書き進む。上手く書けた例はないが、極たまに、起承転結が入った文章が出来る事がある。
また長い。天声人語だけ載せればどんなにすっきりした、短い名文で終わったかも知れないのに。
私が感心する始めと終わりを、特に見て欲しいと思う。こんな事分かっている、と言われそうだ。ひょっとして、私には、こんな単純な所に感動してしまう、単純連鎖の遺伝子が組み込まれているのかも知れない。
さあ、それではその天声人語を披露しよう。
2011.1.29 天声人語
白魔と闘う地方には申し訳ないが、ねずみ色に染まった道や田畑を見て、早晩とける雪の方がまだマシかと思った。宮崎、鹿児島県境の霧島連山・新燃岳が噴火し、風下に大量の火山灰や噴石が降った。鳥獣の病に続く、南九州の災難である。
52年ぶりの爆発的噴火で、火口の衝撃波が彼方の窓ガラスを震わせた。字面も不気味に、空振と呼ぶそうだ。空模様と同様、大地のご機嫌にも人知は及ばない。だからこそ、防災と民生に人事を尽くすべし、為政者には一時の気の緩みも許されない。
まさにその人が、またぞろ余計な「空振」を広げた。日本国債の格下げに対する菅首相の第一声、というより無反応である。にこやかに「そういうことに疎いので」と言われても、力も抜ける。
財政再建の決意を世界に発信すべき好機はこれだ。空振どころか無気力な空振り。ただの言葉尻ではなく、政治センスを疑う。周辺は「民間の判断にいちいち反応しない」とかばうが、市場をなめる者は市場に泣かされる。
わが国債の信用は、中国のそれと同じになった。少子化で財政は好転せず、国ぐるみの反転攻勢もねじれ国会で望み薄との見立てである。不用意な発言で国債の価値が下がれば、金利が上がり、ローンを抱える人が苦しむ。
首相は投資家が集うダボス会議へと向かった。「疎いので」はもう禁句、国会で棒読みした官僚語も通じない。リーダーの覚悟から絞り出す言霊だけが、深く響くだろう。一発逆転は望まないけれど、菅さん、くらしの雪景色に灰まで降らせてはいけない。