朝起きると、早業のように全てを済ませ、朝食は、などと格好いい事は言っておれず、パックに入ったマグロ浸けを熱湯で解凍し、丼に軽く入れたご飯に乗せた。チューブに入ったワサビを付けて、掻き込んだ。ものの3分で全部を流し込み、7時35分の三宮行きバスに乗った。
そんなに気温は低くないと思うのだけれど、風があると体感温度がぐっと下がる。寒いのではなく、特に耳は凍るかのように冷たい。
バスの中は暖かいが、降りるとまた元の木阿弥である。阪急電車に乗り、西宮北口で乗り換えると宝塚まで行き、再び乗り継いで次の駅、清荒神で降りた。朝の慌しさは、もう忘れてしまっていた。が、まだ勤められるなと実感したことだった。
宝塚市立文化施設は降りてすぐの所にあり、1分もかからなかった。この施設の中のベガ・ホールで、10時半からコンサートがあるのだ。おばちゃんらしき人が2人ベンチに座り、煙草を燻らせていた。
無料のコンサートで、しかも私には初めての場所なので、満杯になったら入れなくなると思い、早く家を出たのだった。つまり、賭けに出たのである。沢山並んでいる所を想像していた。だが、この2人のおばちゃん達さえ、コンサートとは関係なかったのか、1人はすっと立って、駅の方へと行ってしまった。この時の時間が9時20分だったかと思う。
これから会場までの40分間をじっとして待つのも能がないと思え、これも初めての清荒神にお参りしてみようと思った。遅くもどっても、これなら入れない事はないだろう。
1キロメートル先に、この布袋さんを祀る社がある。この時間に、参道を上る人達が10人位はいた。私が抜き去って行ったのだから間違いはない。昔ながらの店があったり、固定された屋台があったり、まだ開いていない店が殆どだったが、降りる頃にはそれぞれの店が目を覚ましていた。
漬物の店。七味の店。煎餅の店。甘酒の店。占いの店。昔ながらのおもちゃの店。立派な門前町を思わせるような1キロメートルである。大分上ると、広い駐車場があった。車を降りた人達には、社はすぐだ。
欲しいものがあったが、辛抱した。奈良漬のようなもの。ニンニクを浸けたものだ。コンサート会場が匂うといけないと思い、止めたのだった。さぞ美味かろうと言う思いが尾を引いた。
私が子供の頃に、見たり買って貰ったりしたのと同じ凧や、女の子を描いた羽子板に羽根。お手玉も独楽も懐かしいもので一杯だった。これならまたゆっくり来てみたいと思ったものだ。
初めて来た挨拶と、日本と世界の平和をお祈りし、元来た道を下った。今度はもっと人が多くなり、人は至る所にいるものだとの思いを強くした。また奈良漬が気になった。
ベガ・ホールに着くと50人ばかりが並んでいた。10時前だった。372人が座れるホールである。10時に開場となり、それから30分は、自由に席を選び、座って待った。
月に一度レコードコンサートが、すぐ隣りの中央図書館の2階集会室で行われ、今日はその特別版としての弦楽四重奏の生演奏がある。
ヴァイオリンが伊藤寿江・橋本安弘。ヴィオラ、上野博孝。チェロ、林口眞也の4人である。伊藤寿江さんが毎月の講師で、レコードコンサートをやっていると言う。この4人は、大阪フィルハーモニー交響楽団の団員である。大阪フィルは一度聴きに行こうと思っていてまだ実現していないので、このメンバーが弦楽四重奏を演る事が分かり、必ず行こうと思っていたのだった。
12時までと書いてあったが、結局は11時35分頃に終わっていた。
いい演奏が聴けたと満足ではあったが、量的に物足りない気がした。無料なのだから贅沢は言えない。私は、伊藤寿江さんのヴァイオリンを聴きたかったのが本音である。そんなに若くはないが、力量のある人だと思った。
1360円の交通費を要したが、無料で聴けて感無量だ。
名前は昔からよく耳にしていたセルゲイ・プロコフィエフ(1891~1953)の弦楽四重奏曲第2番ヘ長調作品92。それと、サミュエル・バーバー(1910~1981)の弦楽四重奏曲第1番ロ短調作品11だ。
「ヴァイオリンのキャツキャツと言う音が聞こえたと思いますが、間違ったと思わないで下さいね。そんな音を出すように指示してあるので出したんです」
プロコフィエフの曲を終えて、伊藤寿江さんはそう言った。そう言った忠実に再現しようとする所に、プロの凄さを感じさせられた。
バーバーの曲を演奏する前には、
「止まっても、もう終わったと思わず次も続くと思って、終わるまで待って下さい」
と言った。拍手は終わったと思ってもしないようにとの、暗黙の忠告だったのだろう。面白い事に、終わっても誰も拍手をせず、4人が立ち上がると拍手が鳴り渡った。
「もう終わったのですよ」
と言って笑った。FMでも定期的に音楽の話をしているだけあって、話術は上手かった。
アンコールの拍手は、特に鳴り響く事はなかった。普通の拍手のようだったが、皆、アンコールの拍手をしていいのかどうか、遠慮していたのだと思う。私は当然やって欲しいと思った。これで終わるには余りにも勿体無いし物足りない。すると、
「私達がよく演奏する、私の大好きな曲があります。アンコールの拍手がないので、無理やりやります」
と言って弾き始めた。暫く何か分からなかった。ヴィオラがメロディーを奏でる。それは「川の流れのように」だった。ヴィオラに被さるようにヴァイオリンがメロディーを弾く。美空ひばりが歌ったり、色んな楽器がソロで個性的に奏でるのとは違い、美しい旋律が流れた。これが入場料を取った2時間ばかりのコンサートなら、ここから盛り上がるのに、と思った。素敵な演奏と伊藤寿江さんの心のゆとりに感動しながら、ベガ・ホールを後にする事となった。
もう一度、清三宝荒神へと思い、すぐ入り口まで来たが、遠い事を思い返し、止めた。ここに漬物屋がある。今度来た時は、奈良漬とニンニク浸け、それに七味を買おうと思っている。
私だけでなく、8割は入っていただろうか、こんなに沢山の人達が音楽を聴きたがっている事に心を強くした。
たった一人の、子供の叫び声には閉口した。何故、親は連れて出ないのか。何故、幼児の入場が禁止されているのに連れて来るのだろうか。
通路を隔てたすぐ横のおじさんは、演奏しているのにパンフレットをカバンに仕舞おうとして、ガサガサと大きな音をさせていた。何故? これも大きな疑問だった。只だからとは、大きな言い訳に過ぎない。
伊藤寿江さんには、満足だった。そう言えば、若きヴァイオリニストがまた出現している。南紫音。成長株である。
そんなに気温は低くないと思うのだけれど、風があると体感温度がぐっと下がる。寒いのではなく、特に耳は凍るかのように冷たい。
バスの中は暖かいが、降りるとまた元の木阿弥である。阪急電車に乗り、西宮北口で乗り換えると宝塚まで行き、再び乗り継いで次の駅、清荒神で降りた。朝の慌しさは、もう忘れてしまっていた。が、まだ勤められるなと実感したことだった。
宝塚市立文化施設は降りてすぐの所にあり、1分もかからなかった。この施設の中のベガ・ホールで、10時半からコンサートがあるのだ。おばちゃんらしき人が2人ベンチに座り、煙草を燻らせていた。
無料のコンサートで、しかも私には初めての場所なので、満杯になったら入れなくなると思い、早く家を出たのだった。つまり、賭けに出たのである。沢山並んでいる所を想像していた。だが、この2人のおばちゃん達さえ、コンサートとは関係なかったのか、1人はすっと立って、駅の方へと行ってしまった。この時の時間が9時20分だったかと思う。
これから会場までの40分間をじっとして待つのも能がないと思え、これも初めての清荒神にお参りしてみようと思った。遅くもどっても、これなら入れない事はないだろう。
1キロメートル先に、この布袋さんを祀る社がある。この時間に、参道を上る人達が10人位はいた。私が抜き去って行ったのだから間違いはない。昔ながらの店があったり、固定された屋台があったり、まだ開いていない店が殆どだったが、降りる頃にはそれぞれの店が目を覚ましていた。
漬物の店。七味の店。煎餅の店。甘酒の店。占いの店。昔ながらのおもちゃの店。立派な門前町を思わせるような1キロメートルである。大分上ると、広い駐車場があった。車を降りた人達には、社はすぐだ。
欲しいものがあったが、辛抱した。奈良漬のようなもの。ニンニクを浸けたものだ。コンサート会場が匂うといけないと思い、止めたのだった。さぞ美味かろうと言う思いが尾を引いた。
私が子供の頃に、見たり買って貰ったりしたのと同じ凧や、女の子を描いた羽子板に羽根。お手玉も独楽も懐かしいもので一杯だった。これならまたゆっくり来てみたいと思ったものだ。
初めて来た挨拶と、日本と世界の平和をお祈りし、元来た道を下った。今度はもっと人が多くなり、人は至る所にいるものだとの思いを強くした。また奈良漬が気になった。
ベガ・ホールに着くと50人ばかりが並んでいた。10時前だった。372人が座れるホールである。10時に開場となり、それから30分は、自由に席を選び、座って待った。
月に一度レコードコンサートが、すぐ隣りの中央図書館の2階集会室で行われ、今日はその特別版としての弦楽四重奏の生演奏がある。
ヴァイオリンが伊藤寿江・橋本安弘。ヴィオラ、上野博孝。チェロ、林口眞也の4人である。伊藤寿江さんが毎月の講師で、レコードコンサートをやっていると言う。この4人は、大阪フィルハーモニー交響楽団の団員である。大阪フィルは一度聴きに行こうと思っていてまだ実現していないので、このメンバーが弦楽四重奏を演る事が分かり、必ず行こうと思っていたのだった。
12時までと書いてあったが、結局は11時35分頃に終わっていた。
いい演奏が聴けたと満足ではあったが、量的に物足りない気がした。無料なのだから贅沢は言えない。私は、伊藤寿江さんのヴァイオリンを聴きたかったのが本音である。そんなに若くはないが、力量のある人だと思った。
1360円の交通費を要したが、無料で聴けて感無量だ。
名前は昔からよく耳にしていたセルゲイ・プロコフィエフ(1891~1953)の弦楽四重奏曲第2番ヘ長調作品92。それと、サミュエル・バーバー(1910~1981)の弦楽四重奏曲第1番ロ短調作品11だ。
「ヴァイオリンのキャツキャツと言う音が聞こえたと思いますが、間違ったと思わないで下さいね。そんな音を出すように指示してあるので出したんです」
プロコフィエフの曲を終えて、伊藤寿江さんはそう言った。そう言った忠実に再現しようとする所に、プロの凄さを感じさせられた。
バーバーの曲を演奏する前には、
「止まっても、もう終わったと思わず次も続くと思って、終わるまで待って下さい」
と言った。拍手は終わったと思ってもしないようにとの、暗黙の忠告だったのだろう。面白い事に、終わっても誰も拍手をせず、4人が立ち上がると拍手が鳴り渡った。
「もう終わったのですよ」
と言って笑った。FMでも定期的に音楽の話をしているだけあって、話術は上手かった。
アンコールの拍手は、特に鳴り響く事はなかった。普通の拍手のようだったが、皆、アンコールの拍手をしていいのかどうか、遠慮していたのだと思う。私は当然やって欲しいと思った。これで終わるには余りにも勿体無いし物足りない。すると、
「私達がよく演奏する、私の大好きな曲があります。アンコールの拍手がないので、無理やりやります」
と言って弾き始めた。暫く何か分からなかった。ヴィオラがメロディーを奏でる。それは「川の流れのように」だった。ヴィオラに被さるようにヴァイオリンがメロディーを弾く。美空ひばりが歌ったり、色んな楽器がソロで個性的に奏でるのとは違い、美しい旋律が流れた。これが入場料を取った2時間ばかりのコンサートなら、ここから盛り上がるのに、と思った。素敵な演奏と伊藤寿江さんの心のゆとりに感動しながら、ベガ・ホールを後にする事となった。
もう一度、清三宝荒神へと思い、すぐ入り口まで来たが、遠い事を思い返し、止めた。ここに漬物屋がある。今度来た時は、奈良漬とニンニク浸け、それに七味を買おうと思っている。
私だけでなく、8割は入っていただろうか、こんなに沢山の人達が音楽を聴きたがっている事に心を強くした。
たった一人の、子供の叫び声には閉口した。何故、親は連れて出ないのか。何故、幼児の入場が禁止されているのに連れて来るのだろうか。
通路を隔てたすぐ横のおじさんは、演奏しているのにパンフレットをカバンに仕舞おうとして、ガサガサと大きな音をさせていた。何故? これも大きな疑問だった。只だからとは、大きな言い訳に過ぎない。
伊藤寿江さんには、満足だった。そう言えば、若きヴァイオリニストがまた出現している。南紫音。成長株である。