ステージ上から大島忠則さんが、「外は何度だと思いますか。マイナス4度です」と言った瞬間、会場から「おー」っと言う驚きの声が上がった。「こんな中で800人入っています」。それにも拍手が沸き起こった。
1000人は入れる西宮のアミティーホールだ。一人1000円が目安のカンパ方式で、森下知子さんは「上限はありません」と言って、いつも笑わせる。
今回も、いい演奏を聴かせてくれた。「森下知子ニューイヤーコンサート」<サクソフォンとオカリナの豊かな響き合い>が6時からあった。
森下知子さんはテナー、アルト、ソプラノサックスを駆使し、時にオカリナを入れて演奏した。大島忠則さんは、巧みなピアノ伴奏である。アレンジャーであるから、サックスとは息が合い、しかも融合していた。
第2部の始めには、薮田唯さんがリストとショパンを弾いた。非常に感受性が強いと思うが、自分がこうして演奏出来る事がとても嬉しいと言って涙ぐんだ。
このコンサートは「阪神大震災復興祈念コンサート」がコンセプトとなっていて、だからと言う訳ではないのだが薮田唯さんは12歳の時震災に遭い、4歳の妹は泣きじゃくり、弟は箪笥の下敷きになったと言った。家は半壊だった事を打ち明け、未だにその心の傷が癒えていない事を感じさせられた。
リストは「ペトラルカのソネット第104番」。ショパンは「ノクターン第13番」。この第13番は、ノクターンの中で一番好きだと言っていた。薄いピンクのドレスが桜の花のように可憐だったが、これもおばあちゃんが作ってくれたものではなかろうかと思った。
森下知子さんは年賀状に「新春はオカリナ新曲に挑戦します!」とあったので、「トルコ行進曲」に続いてまた超絶技巧の曲を考えているのだろうと思っていた。これは案の定カルメンの曲をメドレーにしたもので、期待に違わず素敵な挑戦だった。しかも1本のオカリナでそれを実現させた。大島さんの一言にインパクトがあった。「これは持ち替えずに敢えて1本で演奏しています。6500円のオカリナです」。
森下さんは、ビゼーのカルメンに挑戦しているとは思わなかった。それにしても幸せな人だ。旦那さんのピアノは自由自在だからである。アレンジャーのピアノは鍵盤を楽しそうに走り回る。
演奏曲目を書いて置こう。演奏順番が一部入れ替わったり、外で「どうして『慕情』がないんだ」と声を掛けられ、それを挿入した。聴衆の意見やアンケートを大切にしていた。
第1部
1 ジュピター/ホルスト
2 スカボロー・フェア/イギリス民謡
3 魅惑のワルツ/マルケッティ
4 太陽がいっぱい/ニーノ・ロータ
5 ギリシア組曲/イトゥラルデ
6 五番街のマリーへ/都倉俊一
7 そして神戸/浜圭介
8 ザ・ローズ/マックボーン
(休憩20分)
第2部
9 ペトラルカのソネット第104番/リスト
10 ノクターン第13番/ショパン (ピアノ独奏:藪田唯)
11 さくら/森山直太朗
12 夜桜お七/三木たかし
13 いとしのエリー/桑田佳祐
14 カルメン・オカリナファンタジー/ビゼー
15 懐かしの音楽玉手箱Vol.2
16 言葉にできない/小田和正
最後は、時間も押していたので、「ふるさと」を全員で歌った。
サムテイラーでもなく、森下知子のサックス。この優しさと温かさと美しさのサックスを求めて、ここの聴衆は来る。こんなに寒くても、やって来る。そして、満足して帰るのだ。
大島さんが最後に言っている言葉が、聞こえた人と聴こえなかった人がいるだろう。
「スペシャルゲストの薮田唯さん。主役の森下知子さん。脇役の大島でした」。
そしてすぐに後に回って、帰る人を送った。大島さんは私の顔を覚えてくれていた。人が並ぶので一言しか話せないが、Tさんの事。ブログの事は分かったようだった。暫く握手をしていた。
森下さんとも始めての握手をしたが、顔はすっかり覚えて貰えていた。旦那さんと共に、Tさんの事を書いた時、私のブログに来て、2人共コメを残して貰っている。
第1部の青色のドレス。これはジュピターのイメージだと言った。第2部は赤いドレスで、カルメンをイメージしていると言った。どちらもとても似合っていた。美しいと思った。彼女は、坂本冬美のようになるのが目標だと言っていたが、坂本冬美は、私もファンであるチェ・ジウにどこか似た所がある。
外は、じわっと寒さを感じて来た。やっぱりマイナス4度なのかと信じるしかなかった。雪でも降っていれば、それは明らかなのだけれど。
お許しが出たら堂々と書くけれど、実は今日は初対面の人と出会い話した。コンサートが始まる前には立ち話。休憩時間には、自販機の前の椅子に座って。終わった後は、JR西宮駅まで歩きながら。私より随分若く、とても清々しい、感じのいい人だった。また知人が出来て、嬉しく思う。
三宮からバスに乗った。まだ後の席が空いている筈なのに、態々私の横で「ここ、座ってもいいですか」と言った男がいた。「ああ、どうぞ」と言って顔を見ると、何とまだ現役の、昔の同僚T君だった。彼も、このバスを利用する。今日は神戸で焼肉を食べていたと言った。裕福だ。お陰で、帰るまで、退屈をしなかったし、最近の実情を聞く事も出来た。
明後日で震災16年になり、その17日から17年目を迎える。風化されないで欲しいと思うこんな時に、凄い出会いがあったと思っている。
ちゃんと色彩の出た、いいコンサートだったのだが。
1000人は入れる西宮のアミティーホールだ。一人1000円が目安のカンパ方式で、森下知子さんは「上限はありません」と言って、いつも笑わせる。
今回も、いい演奏を聴かせてくれた。「森下知子ニューイヤーコンサート」<サクソフォンとオカリナの豊かな響き合い>が6時からあった。
森下知子さんはテナー、アルト、ソプラノサックスを駆使し、時にオカリナを入れて演奏した。大島忠則さんは、巧みなピアノ伴奏である。アレンジャーであるから、サックスとは息が合い、しかも融合していた。
第2部の始めには、薮田唯さんがリストとショパンを弾いた。非常に感受性が強いと思うが、自分がこうして演奏出来る事がとても嬉しいと言って涙ぐんだ。
このコンサートは「阪神大震災復興祈念コンサート」がコンセプトとなっていて、だからと言う訳ではないのだが薮田唯さんは12歳の時震災に遭い、4歳の妹は泣きじゃくり、弟は箪笥の下敷きになったと言った。家は半壊だった事を打ち明け、未だにその心の傷が癒えていない事を感じさせられた。
リストは「ペトラルカのソネット第104番」。ショパンは「ノクターン第13番」。この第13番は、ノクターンの中で一番好きだと言っていた。薄いピンクのドレスが桜の花のように可憐だったが、これもおばあちゃんが作ってくれたものではなかろうかと思った。
森下知子さんは年賀状に「新春はオカリナ新曲に挑戦します!」とあったので、「トルコ行進曲」に続いてまた超絶技巧の曲を考えているのだろうと思っていた。これは案の定カルメンの曲をメドレーにしたもので、期待に違わず素敵な挑戦だった。しかも1本のオカリナでそれを実現させた。大島さんの一言にインパクトがあった。「これは持ち替えずに敢えて1本で演奏しています。6500円のオカリナです」。
森下さんは、ビゼーのカルメンに挑戦しているとは思わなかった。それにしても幸せな人だ。旦那さんのピアノは自由自在だからである。アレンジャーのピアノは鍵盤を楽しそうに走り回る。
演奏曲目を書いて置こう。演奏順番が一部入れ替わったり、外で「どうして『慕情』がないんだ」と声を掛けられ、それを挿入した。聴衆の意見やアンケートを大切にしていた。
第1部
1 ジュピター/ホルスト
2 スカボロー・フェア/イギリス民謡
3 魅惑のワルツ/マルケッティ
4 太陽がいっぱい/ニーノ・ロータ
5 ギリシア組曲/イトゥラルデ
6 五番街のマリーへ/都倉俊一
7 そして神戸/浜圭介
8 ザ・ローズ/マックボーン
(休憩20分)
第2部
9 ペトラルカのソネット第104番/リスト
10 ノクターン第13番/ショパン (ピアノ独奏:藪田唯)
11 さくら/森山直太朗
12 夜桜お七/三木たかし
13 いとしのエリー/桑田佳祐
14 カルメン・オカリナファンタジー/ビゼー
15 懐かしの音楽玉手箱Vol.2
16 言葉にできない/小田和正
最後は、時間も押していたので、「ふるさと」を全員で歌った。
サムテイラーでもなく、森下知子のサックス。この優しさと温かさと美しさのサックスを求めて、ここの聴衆は来る。こんなに寒くても、やって来る。そして、満足して帰るのだ。
大島さんが最後に言っている言葉が、聞こえた人と聴こえなかった人がいるだろう。
「スペシャルゲストの薮田唯さん。主役の森下知子さん。脇役の大島でした」。
そしてすぐに後に回って、帰る人を送った。大島さんは私の顔を覚えてくれていた。人が並ぶので一言しか話せないが、Tさんの事。ブログの事は分かったようだった。暫く握手をしていた。
森下さんとも始めての握手をしたが、顔はすっかり覚えて貰えていた。旦那さんと共に、Tさんの事を書いた時、私のブログに来て、2人共コメを残して貰っている。
第1部の青色のドレス。これはジュピターのイメージだと言った。第2部は赤いドレスで、カルメンをイメージしていると言った。どちらもとても似合っていた。美しいと思った。彼女は、坂本冬美のようになるのが目標だと言っていたが、坂本冬美は、私もファンであるチェ・ジウにどこか似た所がある。
外は、じわっと寒さを感じて来た。やっぱりマイナス4度なのかと信じるしかなかった。雪でも降っていれば、それは明らかなのだけれど。
お許しが出たら堂々と書くけれど、実は今日は初対面の人と出会い話した。コンサートが始まる前には立ち話。休憩時間には、自販機の前の椅子に座って。終わった後は、JR西宮駅まで歩きながら。私より随分若く、とても清々しい、感じのいい人だった。また知人が出来て、嬉しく思う。
三宮からバスに乗った。まだ後の席が空いている筈なのに、態々私の横で「ここ、座ってもいいですか」と言った男がいた。「ああ、どうぞ」と言って顔を見ると、何とまだ現役の、昔の同僚T君だった。彼も、このバスを利用する。今日は神戸で焼肉を食べていたと言った。裕福だ。お陰で、帰るまで、退屈をしなかったし、最近の実情を聞く事も出来た。
明後日で震災16年になり、その17日から17年目を迎える。風化されないで欲しいと思うこんな時に、凄い出会いがあったと思っている。
ちゃんと色彩の出た、いいコンサートだったのだが。