家から歩いて新年会のお寿司屋さんに行った。だが、11時からだとてっきり思っていたものだから、10時45分頃出発。何だか、雲行きがおかしい。少しだが、雨が降って来た。太陽は、雲間から覗いている。傘を差してみたものの、要らない気もして、逡巡した。

結局、えいっとばかり、傘は置いて行った。所が、途中から再び優しい雨に会った。余程持って来て貰おうと思ったが、そのままカバンを頭に翳して歩いた。

お寿司屋さんに着くと不審がられた。誰も来ている気配がなかった。11時30分が集合時間だったのである。2階に上げて貰って、暫くぼーっとしていた。15分して1人来た。その内ぞろぞろと集まって、1人は風邪で来られなかったが、全員15人が集まった。卓球の新年会だったのである。

1辺6、7ミリの立方体状のオレンジ色のようなものは数の子だった。これが美味いし、またナマコも久し振りに美味かった。刺身や天麩羅、寿司など一通りのものが出終わると、後はアイスクリーム。どれもこれも、こんなに美味いと感じた事はなかった。

ビールで乾杯。後はとても73歳とは思えない隣りのSさんの日本酒を1杯飲み、後は焼酎のロックにした。大して強くもないのに、これは強がりに近いものだった。自称美人が注ぐと言うので、無碍には出来ない。それで日本酒は飲んでしまった。こう言うチャンポンが一番堪えるけれど、ここは、ね。

男は5人だ。皆それぞれ気分も良くなった頃、先生が、

「オカリナ、持って来てる?」

と言った。

「カバンには入っているけどね」

と言ったが最後、すぐに全体に広がり拍手が鳴り始めた。これはもう、仕方がなかった。ではなく、こんなチャンスを有り難いと思いながら、

「飲んでるからどんな音になるか分かりませんよ」

と言って、吹き始めた。

「天城越え」と言ったとたんに歓声が上がるのだから、余程演歌や歌謡曲は好きなんだと思った。アンコールがかかったので、

「では、次の3つから選んで下さい」

と言った。「北の宿から」「津軽海峡・冬景色」「トルコ行進曲」。

流石に「トルコ行進曲」と言った時は、驚きの声が上がった。他の曲との落差が大きい事は分かっている。全部聴きたいと言った。「トルコ行進曲」は、こんな酔った時でないと吹けない。まだ完全ではないからだ。

2曲吹き終わってから、「これで終わります」と言うと、「トルコ行進曲」! と誰かが叫んだ。よく覚えているものだ。それまでは、吉塚の赤色のソプラノG管で吹いた。これは丁度、松田聖子の「赤いスイトピー」のキーが出せるのだ。「トルコ行進曲」は吉塚オカリナのソプラノCを使った。

速いパッセージを期待していなかったのだろう。その辺になると途中なのに歓声が上がった。やっぱり速い曲は1、2曲は用意しておかなければと感じた。案の定吹き終わると、大した事ないにも拘わらず、拍手が凄かったり、「凄い」と言って感心頻りの人もいた。オカリナを初めて聴いた人もいたので、むべなるかな、である。

このブログを読むと凄いと思われるだろうが、酔った勢いで書いているので、全く違うと考えて欲しい。

皆の一言が欲しいと言ったので、私の番が来ると二言も三言も喋った。

「私は今年は大殺界のど真ん中で、動かない方がいいと書いてありましたが、積極的に行こうと思っています。卓球は、受身だけでは勝つ事は出来ません。だから、攻撃力を身に付ける必要があります。ネットすれすれに戻って来た球でも、例え入らなくても思い切って打ち返す練習をしていれば、もっと上達すると思います」

後、抽選会があったりして、楽しい時は瞬く間に過ぎた。終わったのが3時頃だった。後は近くの喫茶店で1時間ばかり話をした。戦争時の供出の話だの、疎開の話だの、貴重な話も飛び出した。

私が鷹取の焼肉屋さんの話をすると、周りは跳び付いて来た。それは、イチロー選手が食べるコースと略同じものである。イチローは、垂水の辺に家があって、よく帰って来ていると誰かが言った。それは余談として、この肉をたべようとすれば8000円はかかる。毎月1000円ずつ貯めればよいと言っておいた。

この店の名前は「けいしゅう」と言う。数々の著名人が来ている店で、大鵬だったり兵庫県知事だったり卓球の愛ちゃんだったりした。

「私はいつまで生きるかわからないから、早い方がいい」

と言った女性もいた。すぐにでもいいらしい。貯えのある人はいいなあ、と思った。そして、「肉が食べたい」とも言った。

4時になったので、解散だ。今日は夜、ヴァイオリンのコンサートに行く予定にしていたが、もう出かけるパワーがないのに気付いた。私は、新年会や忘年会が好きなのだ。