17日の夜の三宮は、若者でごった返していた。私には衰退してしまった事なのだが、彼等に取っては、積極的な忘年会なのだと思った。若さが、夜に弾けている。

夕方からのコンサートが終わり、三宮のバス停へと急いでいた。10時20分のバスに乗る為に10時を回った頃に並んだが、それでも1台のバスに何処まで乗れるかが危ぶまれる、微妙なポジションだった。けれど、あっと言う間に、私の所までの倍位の列が出来ていた。まるで芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の件を見ているようだった。


阪急西宮北口にある兵庫県立芸術文化センターへ行った。神戸女学院小ホールだ。

「白鶴酒造PRESENTS Hyogoクリスマス・ジャズ・フェスティバル2010 北村英治with竹下清志トリオ」がある。

ここの小ホールは、ぐるりを席が取り巻いていて、私はPA列7番だったから、後ろ側から聴く事になった。

北村英治は1929年生まれだから、もう80歳。真っ白な髪を七三に分け、これは黒髪の頃から全く変わっていない髪型だった。ネクタイを締めて、相変わらずの紳士振りである。

年配の人は知っていると思うが、世界的なジャズクラリネット奏者として活躍している。動きに以前よりややもたつきが感じられる他は、笑顔は変わらないし、指の動きは流石である。音に至っては、艶がある。目を閉じればとても80歳だとは思えない若々しい音だ。

北村英治と言えば「鈴懸の径」を思い出す。竹下清志(ピアノ)。小笹了水(ベース)。石川潤二(ドラムス)。この4人での演奏を聴きに来た。上品なクラリネットの音を、久し振りに聴いた。4つの音が、際立ちながら混ざり合った。

サックスとクラリネットは矢張り違う。渡辺貞夫と北村英治の違いだが、ジャズと言う点では共通したものがある。生音で、随分楽しませてくれた。

入場の時、白鶴の2種類の酒の味見をさせてくれた。思わぬプレゼントだったと言えよう。大吟醸酒山田穂は旨かった。こんなホールの入り口で日本酒に歓迎されるとは思わなかった。


第1部

その手はないよ

アバロン

ムーングロウ

サボイで大さわぎ

オーバーザレインボウ

愛の喜び

素敵な彼女


第2部

デッキザホール(ひいらぎ飾ろう)

ウィンターワンダーランド

ホワイトクリスマス

ビギンザビギン

レッツダンス

そして天使は歌う

シャイン

メモリーズオブユー

シングシングシング

アンコールは、「見上げてごらん夜の星を」だった。素晴らしい響きだった。

時々リード部分を外して、筒に布切れを通して、中に付着した湿りを拭き取っていた。久々に見る懐かしい行為だった。中学生時代、ほんの少しブラスバンドに所属していたが、その時はハンカチに釘を縛った紐を結び付け、筒に通すと下から覗いた釘を引っ張るのだ。すると、すり抜けるハンカチで、湿りが拭き取られると言う仕掛けだ。

私はそれからクラリネットを吹く事はなかったが、大学時代、ピアノとギターの出来る仲間と、俄仕込みで学部内のダンスパーティーが開催された時、クラリネットを吹いた。それが、離れていたクラリネットとの最後だった。「ブーベの恋人」が蘇る。


殆ど満員の北村英治のコンサートは、懐かしく幕を閉じた。私と音楽との、たった一瞬の接点がクラリネットだった。それを放棄した私は間違っていたのかどうかは分からない。けれど、音楽をやっていたら陸上競技をやる事はなかった。

何やかんややっている内に年を重ね、辿り着いたのがオカリナである。今日のクラリネットの知っている曲を、オカリナで吹いてみたい。そして、自分で1曲位、五線紙にジャズの曲をたどたどしいオタマジャクシで埋めてみたい。そう思った。

音楽は素晴らしい。だが西洋音楽が入って来てからそんなに長い月日が経ったとは思えない。こんな音楽を楽しめるのは、この数世紀を生きる人間の特権だと思うと、音楽と出会う為に生まれて来たような感慨に浸る思いだ。北村英治のクラリネットは、じわっとした喜びと感動を呼び起こす、思い出のクラリネットとの一時だった。