阪神電車で三宮から尼崎までは、進行方向に向いたシートに座っていた。日差しが頭や顔面を突っ張り、それでも久し振りの熱と眩さに任せていた。まるでノルウエーの森に、久々に差した恵みの光のように。
高い建物の窓を、さっとオレンジ色の明かりが流れては消える。もう直、尼崎だ。そこからは、難波線に乗り換える。左の扉が開きますと言っていたのに、右側が開いた。すぐに降りたがそこは1番線のホームだ。向かいの3番線が難波線だと言っていた筈なのに。するとすぐに左側も開いた。電車の中を横切り、3番ホーで準急を待った。
西九条と聞いた時、京都のイメージがあって遠いと感じていたが、鶴橋より手前なのだ。西九条駅に下りて、すぐに駅員さんに「クレオ大阪西」の場所を聞いた。階段を下りて右に歩き、西九条の交差点を渡り、細い道を行けばあると聞いた。そのように行くと極簡単に着いた。5分もかからなかったような気がする。
第3回の「テラ・トーノ」のコンサートがあるのを、出演者の I さんが知らせてくれていた。15人のメンバーのオカリナ演奏だ。指導者は、皆が理子先生と言うので、ここでは私も理子先生と呼ぶ事にする。
2003年、2007年に続いての3回目だった。立派なホールで、300人位は入るような構えだ。サブタイトルに「魅惑のオカリナコンソート」とあるのは、間違いではなくて、同一種類の楽器で演奏する時はコンソートと言うと、理子先生が解説をした。
男子2名、女子13名のメンバーである。多分理子先生はこのメンバーを気に入っていると思う。
黒色が基調の服を着ていた。スカートもあればパンツルックもあった。首にはネッカチーフをふわっと巻いていた。理子先生だけは、花柄の、言ってみればアンデスの人が着ているような感じに見える服を着ていた。薄いグレー。
譜面の背の15の台紙の赤色が、黒とのコントラストを鮮明にしていた。
2時30分から始まった最初の曲は「サマータイム」だった。オカリナだけだが、ソプラノからバスまで、またその幾つか下の大きくて低い音のオカリナまで、3オクターブ以上の編成で、底が深い。従って、素敵なハーモニーを奏でる事になる。
「サムワン・トゥー・ウオッチ・オーヴァー・ミー」は5人で演奏した。これは選りすぐりだろうと思わせる実力を感じさせた。切れもよく、リズム感もハーモニーも美しく聴く事が出来た。
「エンブレイサブル・ユー」までは、G.ガーシュウインの曲だった。
日本の昔話の歌も編曲で楽しいものになるとの事で、次に聴いたのが、「はなさかじじい」(田村虎蔵作曲)だった。なる程、こうすると、あの子供の頃に歌ったメロディーが、こんなに現代風になり、オカリナでは楽しく表現出来るんだと思った。
次に理子先生が150円か180円のピースを買って来て、これが面白いと言って演奏した。もうこのピースだけでも1万円は超えていると言った。トゥー・チャイニーズ・フォークソングスと題する「小城故事/デュー・デュー・タン」を演奏して、1部を終わった。ずっと理子先生が指揮をしている。
休憩は15分。その間に、感想を書いた。終わりまで聴かなくても、曲の感想でない限り、もう十分に雰囲気は掴めていたので、このコンサートが終わる前に書いておいて、帰る時にはさっと箱に入れて帰れるようにした。こう言うのを、用意周到と言うそうだ。案の定、帰る時には30人位が座ったまま、頻りに感想文を書いているのが分ったから。つまり、大概がいい印象を持ったか感動したかの結果である、と思う。
2部は白いブラウスに変わった。男はワイシャツである。はっとする程、白くて眩しい。E.W.エルガーの「朝の歌」は矢張り5人が演奏した。皆懸命に演奏しているが、5人となるとちょっと目立つので、この5人の演奏となるのだろうか。
理子先生は、オカリナ以外の楽器は入れずにやりたいと言っていた。マイクもなしで、よくこれだけ響くものだ。これが素朴なオカリナの音だと思った。殆どがさくら工房のオカリナ。やや音量が、マイクを通した音と比べると弱いのは当たり前だが、がんがんやるのと、こちらの方向とは、指導者や聴衆によって好みの違いはあるであろう。
今日(12月12日)のメインと思しき曲は「『くるみ割り人形』より」と題して、次の6曲だった。素晴らしい挑戦である。
「小序曲」「行進曲」「あし笛の踊り」「中国の踊り(お茶)」「ロシアの踊り(トレパーク)」「花のワルツ」。もともとくるみ割り人形と言う本があり、それに基づいてP. I.チャイコフスキーが作曲していると理子先生は言った。その一つひとつの曲の前には朗読があった。オーバーヘッドには、その絵本の絵が映し出されていた。
理子先生の指導は素晴らしいと思う。また、このメンバーになっている人達は幸せだと思う。レベルが高い。それもそうだろう。私に案内してくれた I さんだって、立派な職業を持ちながらも、ある交響楽団の団員でもあるのだ。
私は、感想にこんな事を書いた。普通は余り書かないが、今日は手が勝手に動き出した。案内してくれたお返しの意味もあるにはあるが、それ以上に素晴らしいと感じたから、何の躊躇する事もなく、鉛筆を走らせたのだった。
概要は、と言ってもそんなに長いものではない。
「響きが美しい。出演料が取れる(無料だった)。華がある」この3つだ。そして、日本の為に、世界の為に、演奏して欲しいと書いた。最後に平和の為に、と付け加えた。
オカリナ吹きには、幸せな人とそうでない人がいる。前向きな人と愚痴ばかり言う後ろ向きの人だ。どんなに初心者でも初級者でも、前向きな人は明るい。努力を重ねていれば、いつか花開く。只管前進し、挑戦する気概を持っていれば、それは永久の大輪の華となる。またまた教えられた約2時間だった。
懸命に、そしてそれを楽しんでいる人は、とても可愛く感じる。そして、輝いている。
5時頃に三宮に着いた。迷わず七兵衛に行ってカツ丼を食べた。あの通りには琉球料理やカレーの店や寿司屋がある。他のものを一通りその通りで食べたいと何度も思うけれど、つい一番遠い七兵衛に行ってしまうのだ。そして、帰りにはいつでも素直に声が出る。「ご馳走さん」。すると決まって、ごつい男から声が跳ね返る。「また、お越しください」。つい、また声が出そうになる。「必ず来ますよ」と。
その後は、13日で終わるルミナリエを見る事にした。これで4度目位かな。次の元町駅で降りた。元町1番街の入り口に出たら、その辺りから幅広い帯のような行列が出来た。止まったり動き出したり、誘導され蛇行しながら元町駅に向かって大丸デパートまで行くと、また元町1番街の辺まで戻り、蛇行する。
乳母車を押している若い夫婦もいる。背の異様に高い男もいる。手を繋いでいる若者が多い。そして家族連れ。私は一人。隙間を見付けては少しでも前へ行く。上島珈琲の本店辺りから、ルミナリエの光が鮮やかに目に飛び込んだ。
「写真を撮られますと後の人が進めませんので、写真はご遠慮下さい」
誰も聞いてはいない。真剣に携帯やデジカメで写す。こちらを向いた若者が二人、光をバックに携帯を伸ばして撮る。家族で撮る。高々と手を上げて撮る。撮るなと言ってもそれは無理と言うものだ。普通に歩けば7~8分で済む所を1時間半近くもかけて歩く。これだけの人だらけの中では、ゆっくりでもクラゲのようになって漂える。
見慣れた光だったけれど、矢張り美しいものは感動する。もうこの雑踏の中では歩きたくないが、来年か再来年か、孫となら空いている曜日にまた来てもいいかなと思っている。一人なら、もうこれでいい。
元町から三宮方向へ歩くので、バスに乗れる。7時20分のバスに、豚まんを2個買ってからでも乗る事が出来た。
昨日の事も書きたいが、これは後日としよう。昼の日の光は、夜になるとビルの林の上に三日月に代わって白く霞んでいる。昼の太陽の光が、夜は電飾の光に代わったけれど、人は自然のものにも感動し、人が作り出したものにも感動する。それは、芸術と呼ばれるに価するものに対してである。
ルミナリエも芸術なら、今日のテラ・トーノの演奏も、それを目指している、方向を同じにするものなのだ。
高い建物の窓を、さっとオレンジ色の明かりが流れては消える。もう直、尼崎だ。そこからは、難波線に乗り換える。左の扉が開きますと言っていたのに、右側が開いた。すぐに降りたがそこは1番線のホームだ。向かいの3番線が難波線だと言っていた筈なのに。するとすぐに左側も開いた。電車の中を横切り、3番ホーで準急を待った。
西九条と聞いた時、京都のイメージがあって遠いと感じていたが、鶴橋より手前なのだ。西九条駅に下りて、すぐに駅員さんに「クレオ大阪西」の場所を聞いた。階段を下りて右に歩き、西九条の交差点を渡り、細い道を行けばあると聞いた。そのように行くと極簡単に着いた。5分もかからなかったような気がする。
第3回の「テラ・トーノ」のコンサートがあるのを、出演者の I さんが知らせてくれていた。15人のメンバーのオカリナ演奏だ。指導者は、皆が理子先生と言うので、ここでは私も理子先生と呼ぶ事にする。
2003年、2007年に続いての3回目だった。立派なホールで、300人位は入るような構えだ。サブタイトルに「魅惑のオカリナコンソート」とあるのは、間違いではなくて、同一種類の楽器で演奏する時はコンソートと言うと、理子先生が解説をした。
男子2名、女子13名のメンバーである。多分理子先生はこのメンバーを気に入っていると思う。
黒色が基調の服を着ていた。スカートもあればパンツルックもあった。首にはネッカチーフをふわっと巻いていた。理子先生だけは、花柄の、言ってみればアンデスの人が着ているような感じに見える服を着ていた。薄いグレー。
譜面の背の15の台紙の赤色が、黒とのコントラストを鮮明にしていた。
2時30分から始まった最初の曲は「サマータイム」だった。オカリナだけだが、ソプラノからバスまで、またその幾つか下の大きくて低い音のオカリナまで、3オクターブ以上の編成で、底が深い。従って、素敵なハーモニーを奏でる事になる。
「サムワン・トゥー・ウオッチ・オーヴァー・ミー」は5人で演奏した。これは選りすぐりだろうと思わせる実力を感じさせた。切れもよく、リズム感もハーモニーも美しく聴く事が出来た。
「エンブレイサブル・ユー」までは、G.ガーシュウインの曲だった。
日本の昔話の歌も編曲で楽しいものになるとの事で、次に聴いたのが、「はなさかじじい」(田村虎蔵作曲)だった。なる程、こうすると、あの子供の頃に歌ったメロディーが、こんなに現代風になり、オカリナでは楽しく表現出来るんだと思った。
次に理子先生が150円か180円のピースを買って来て、これが面白いと言って演奏した。もうこのピースだけでも1万円は超えていると言った。トゥー・チャイニーズ・フォークソングスと題する「小城故事/デュー・デュー・タン」を演奏して、1部を終わった。ずっと理子先生が指揮をしている。
休憩は15分。その間に、感想を書いた。終わりまで聴かなくても、曲の感想でない限り、もう十分に雰囲気は掴めていたので、このコンサートが終わる前に書いておいて、帰る時にはさっと箱に入れて帰れるようにした。こう言うのを、用意周到と言うそうだ。案の定、帰る時には30人位が座ったまま、頻りに感想文を書いているのが分ったから。つまり、大概がいい印象を持ったか感動したかの結果である、と思う。
2部は白いブラウスに変わった。男はワイシャツである。はっとする程、白くて眩しい。E.W.エルガーの「朝の歌」は矢張り5人が演奏した。皆懸命に演奏しているが、5人となるとちょっと目立つので、この5人の演奏となるのだろうか。
理子先生は、オカリナ以外の楽器は入れずにやりたいと言っていた。マイクもなしで、よくこれだけ響くものだ。これが素朴なオカリナの音だと思った。殆どがさくら工房のオカリナ。やや音量が、マイクを通した音と比べると弱いのは当たり前だが、がんがんやるのと、こちらの方向とは、指導者や聴衆によって好みの違いはあるであろう。
今日(12月12日)のメインと思しき曲は「『くるみ割り人形』より」と題して、次の6曲だった。素晴らしい挑戦である。
「小序曲」「行進曲」「あし笛の踊り」「中国の踊り(お茶)」「ロシアの踊り(トレパーク)」「花のワルツ」。もともとくるみ割り人形と言う本があり、それに基づいてP. I.チャイコフスキーが作曲していると理子先生は言った。その一つひとつの曲の前には朗読があった。オーバーヘッドには、その絵本の絵が映し出されていた。
理子先生の指導は素晴らしいと思う。また、このメンバーになっている人達は幸せだと思う。レベルが高い。それもそうだろう。私に案内してくれた I さんだって、立派な職業を持ちながらも、ある交響楽団の団員でもあるのだ。
私は、感想にこんな事を書いた。普通は余り書かないが、今日は手が勝手に動き出した。案内してくれたお返しの意味もあるにはあるが、それ以上に素晴らしいと感じたから、何の躊躇する事もなく、鉛筆を走らせたのだった。
概要は、と言ってもそんなに長いものではない。
「響きが美しい。出演料が取れる(無料だった)。華がある」この3つだ。そして、日本の為に、世界の為に、演奏して欲しいと書いた。最後に平和の為に、と付け加えた。
オカリナ吹きには、幸せな人とそうでない人がいる。前向きな人と愚痴ばかり言う後ろ向きの人だ。どんなに初心者でも初級者でも、前向きな人は明るい。努力を重ねていれば、いつか花開く。只管前進し、挑戦する気概を持っていれば、それは永久の大輪の華となる。またまた教えられた約2時間だった。
懸命に、そしてそれを楽しんでいる人は、とても可愛く感じる。そして、輝いている。
5時頃に三宮に着いた。迷わず七兵衛に行ってカツ丼を食べた。あの通りには琉球料理やカレーの店や寿司屋がある。他のものを一通りその通りで食べたいと何度も思うけれど、つい一番遠い七兵衛に行ってしまうのだ。そして、帰りにはいつでも素直に声が出る。「ご馳走さん」。すると決まって、ごつい男から声が跳ね返る。「また、お越しください」。つい、また声が出そうになる。「必ず来ますよ」と。
その後は、13日で終わるルミナリエを見る事にした。これで4度目位かな。次の元町駅で降りた。元町1番街の入り口に出たら、その辺りから幅広い帯のような行列が出来た。止まったり動き出したり、誘導され蛇行しながら元町駅に向かって大丸デパートまで行くと、また元町1番街の辺まで戻り、蛇行する。
乳母車を押している若い夫婦もいる。背の異様に高い男もいる。手を繋いでいる若者が多い。そして家族連れ。私は一人。隙間を見付けては少しでも前へ行く。上島珈琲の本店辺りから、ルミナリエの光が鮮やかに目に飛び込んだ。
「写真を撮られますと後の人が進めませんので、写真はご遠慮下さい」
誰も聞いてはいない。真剣に携帯やデジカメで写す。こちらを向いた若者が二人、光をバックに携帯を伸ばして撮る。家族で撮る。高々と手を上げて撮る。撮るなと言ってもそれは無理と言うものだ。普通に歩けば7~8分で済む所を1時間半近くもかけて歩く。これだけの人だらけの中では、ゆっくりでもクラゲのようになって漂える。
見慣れた光だったけれど、矢張り美しいものは感動する。もうこの雑踏の中では歩きたくないが、来年か再来年か、孫となら空いている曜日にまた来てもいいかなと思っている。一人なら、もうこれでいい。
元町から三宮方向へ歩くので、バスに乗れる。7時20分のバスに、豚まんを2個買ってからでも乗る事が出来た。
昨日の事も書きたいが、これは後日としよう。昼の日の光は、夜になるとビルの林の上に三日月に代わって白く霞んでいる。昼の太陽の光が、夜は電飾の光に代わったけれど、人は自然のものにも感動し、人が作り出したものにも感動する。それは、芸術と呼ばれるに価するものに対してである。
ルミナリエも芸術なら、今日のテラ・トーノの演奏も、それを目指している、方向を同じにするものなのだ。