10月28日(木)は、9月10日に未熟児で生まれた孫が退院する日だった。10日以来娘を乗せて1往復か2往復していた病院通いも、この日の午後で終止符を打った。習慣とは奇なもので、それが当たり前になりつつあった。
看護師さん達に見送られ、午前中に連れ帰った孫は、お下がりのベビーベッドにすやすやと眠っていた。2400グラムまでに成長している。今は寝たり起きたり泣いたりするしか仕事もなく、時折激しく泣く声が、生まれて来た事を実感させた。
4歳半の孫をどうフォローして行くかが、我々の今後の仕事だ。いくら言い聞かせていても、頷いていても、赤ちゃん帰りの様子を見せたり甘えたりするのは、自分に向けられていた愛情や関心も、新生児に向けざるを得なくなり、とても弟に対しての感情を普通には持てないのだ。
午後は3時前にY中学校に着いて、3時半まで校長先生と雑談をした。そのうち兵庫県警の課長も来た。暫くして、普通より広い集会所に入った。「青少年育成ポスター表彰式・演奏会」と書いてあった。表彰される10人の小中学生が向こう側に座っていた。
課長さんから一人ずつ楯を手渡された。それも挨拶を含め20分もかからなかった。すぐに私の順番が来た。中学生4人程はすぐに退場した。小学生は6人が残った。目の前には5、6歳の女の子が2人並んで座っていた。受賞者の母親らしき人達。それに関係者だから、そんなに聴衆は多くはない。
先ず準備をして話し始めた。
「ざっと見渡すと、本当に若い人。凄く若い人。少し若い人。かつて若かった人がいますね。でも皆、心は青春。若い人ばかりなので、最初に『若者たち』を演奏します」
笑いが漏れて、やや演奏しやすい雰囲気になった。30分の時間を貰っているので、6曲用意していた。次は「竹田の子守唄」。終わるとふとあの2人の子供に目が行った。
「こんなに可愛い子がいるので、予定になかった『崖の上のポニョ』を吹きます」
そう言って吹き出した。2人はニコニコして聴いていた。雰囲気で曲を変えたり足したりする事は必要かも知れないと思った。次が「浜辺の歌」、「白鳥」、「千の風になって」と続き、最後は「かあさんの歌」で終わった。1曲飛び入りがあったので、終わったのは約束の4時20分を3分過ぎていた。
特に間違いはなかったけれど、やっぱり十分に力が出し切れない部分はあったようだ。緊張すると言うよりも、音を間違わないかが気掛かりである。ふっと飛びそうになるのが正直怖いのである。集中するように務めた。
車で来ていたので、4、5人の関係者に見送られて帰った。
荷物を片付ける間もなく、知り合いのN氏と会う約束をしていたので例の高速バスに乗った。三宮には早くて25分で着く。この時間帯は渋滞が予想され、阪神高速を避けて山麓バイパスを使った。それで35分かかったが、それでも私には早かった。急いでいる訳でもなく、第一楽チンである。
阪急電車とJRの一緒になった所は、多くの人の待合場所になっている。私達もその「551の蓬莱」の前にしていた。6時半に出会って、さっきバスに乗る前に予約を入れた東門入り口にある「蛮海」と言う和食の料理屋に行った。カウンターでもいいかと聞かれていて、ボックス席がいいと言ったら、1階に1席だけあった。それにして貰った。結構いつ行っても満員状態の店だ。1階から3階まであり、3階では30人位までの宴会も出来る。
いつもの、と言っても年に何度かしか行かないが、リーズナブルなコースに飲み放題を付けた。久し振りに会うN氏とは、話が終わらなかった。
いくら飲み放題だからと言って、店が損をするようには出来ていないし、こちらもこの位飲んだら元が取れたと思う接点がある。だから不満はない。生ビールを二杯飲み干し、次は芋焼酎の「島美人」をロックで注文した。2~3杯で丁度よかった。料理は少しずつ運ばれ、神戸牛だとか何とか言いながら持って来る。けれど全部小振りで、これなら地の利だけではなく、女性にも人気があると思った。現に入り口のボックスでは数名の女性の大きな笑い声が弾けていた。
「伊佐美がありますね。これは幻の酒ですね」
と一升瓶を目敏く見つけたS氏が言った。壁にずらっと並んだ他の一升瓶を持ってみたが、なる程空だった。結構有名な酒が並んでいる。レイアウトにしているのだろう。
I さんと韓国済州島に行った事を話した。N氏も I さんを知っていて、今日の出来事を、もし会えたら話すと言っていた。そして私の提案で、今度この3人で韓国に行こうと話した。N氏はシマさんを知っていると言うから、ひょっとして4人で行けるかも知れないと、勝手な空想を巡らせた。
もう9時頃かなと思いN氏が時計を見ると、11時を回っていた。2人とも驚いた。当然帰る事になった。女将と息子が見送ってくれた。感じのいい店だ。
東門を南の端から北詰めまで歩いた。ずらっと並ぶ飲み屋の前で女性の従業員が客引きをしている。酔った勢いで「ハングン サラミムニカ?」と聞くと「アンニョンハセヨ」と言う。「本当?」と聞くと「違う」と言った。これだけの繰り返しでは韓国語が上手くなる訳がないが、それでも面白い。私は韓国にはまだ8回しか行っていないが、ツアーで行くと必ずバスの一番前に座る。そして下手な韓国語でガイドさん(女性)と話したり、難しくなると日本語で話したりする。当たり前だが、向こうは日本語はべらべらだ。
いつだったか、仁寺洞(インサドン)で自由時間になった時私一人誘ってくれて、次の時間までパッピンス(カキ氷)を奢ってくれた事があった。またこのガイドさんだったらいいなあと思わせてくれた瞬間だった。
N氏は、家まで送ると言って、タクシーに乗る為に東門の北側まで歩いたのだ。もうバスはなく、JRで良かったのだが、そりゃあ、タクシーの方が快適だ。この日の費用は全部彼が出した。私が出そうと思っていたが、それではまた次回にと言う事で、甘える事にした。
久し振りに楽しい時が持てた。
看護師さん達に見送られ、午前中に連れ帰った孫は、お下がりのベビーベッドにすやすやと眠っていた。2400グラムまでに成長している。今は寝たり起きたり泣いたりするしか仕事もなく、時折激しく泣く声が、生まれて来た事を実感させた。
4歳半の孫をどうフォローして行くかが、我々の今後の仕事だ。いくら言い聞かせていても、頷いていても、赤ちゃん帰りの様子を見せたり甘えたりするのは、自分に向けられていた愛情や関心も、新生児に向けざるを得なくなり、とても弟に対しての感情を普通には持てないのだ。
午後は3時前にY中学校に着いて、3時半まで校長先生と雑談をした。そのうち兵庫県警の課長も来た。暫くして、普通より広い集会所に入った。「青少年育成ポスター表彰式・演奏会」と書いてあった。表彰される10人の小中学生が向こう側に座っていた。
課長さんから一人ずつ楯を手渡された。それも挨拶を含め20分もかからなかった。すぐに私の順番が来た。中学生4人程はすぐに退場した。小学生は6人が残った。目の前には5、6歳の女の子が2人並んで座っていた。受賞者の母親らしき人達。それに関係者だから、そんなに聴衆は多くはない。
先ず準備をして話し始めた。
「ざっと見渡すと、本当に若い人。凄く若い人。少し若い人。かつて若かった人がいますね。でも皆、心は青春。若い人ばかりなので、最初に『若者たち』を演奏します」
笑いが漏れて、やや演奏しやすい雰囲気になった。30分の時間を貰っているので、6曲用意していた。次は「竹田の子守唄」。終わるとふとあの2人の子供に目が行った。
「こんなに可愛い子がいるので、予定になかった『崖の上のポニョ』を吹きます」
そう言って吹き出した。2人はニコニコして聴いていた。雰囲気で曲を変えたり足したりする事は必要かも知れないと思った。次が「浜辺の歌」、「白鳥」、「千の風になって」と続き、最後は「かあさんの歌」で終わった。1曲飛び入りがあったので、終わったのは約束の4時20分を3分過ぎていた。
特に間違いはなかったけれど、やっぱり十分に力が出し切れない部分はあったようだ。緊張すると言うよりも、音を間違わないかが気掛かりである。ふっと飛びそうになるのが正直怖いのである。集中するように務めた。
車で来ていたので、4、5人の関係者に見送られて帰った。
荷物を片付ける間もなく、知り合いのN氏と会う約束をしていたので例の高速バスに乗った。三宮には早くて25分で着く。この時間帯は渋滞が予想され、阪神高速を避けて山麓バイパスを使った。それで35分かかったが、それでも私には早かった。急いでいる訳でもなく、第一楽チンである。
阪急電車とJRの一緒になった所は、多くの人の待合場所になっている。私達もその「551の蓬莱」の前にしていた。6時半に出会って、さっきバスに乗る前に予約を入れた東門入り口にある「蛮海」と言う和食の料理屋に行った。カウンターでもいいかと聞かれていて、ボックス席がいいと言ったら、1階に1席だけあった。それにして貰った。結構いつ行っても満員状態の店だ。1階から3階まであり、3階では30人位までの宴会も出来る。
いつもの、と言っても年に何度かしか行かないが、リーズナブルなコースに飲み放題を付けた。久し振りに会うN氏とは、話が終わらなかった。
いくら飲み放題だからと言って、店が損をするようには出来ていないし、こちらもこの位飲んだら元が取れたと思う接点がある。だから不満はない。生ビールを二杯飲み干し、次は芋焼酎の「島美人」をロックで注文した。2~3杯で丁度よかった。料理は少しずつ運ばれ、神戸牛だとか何とか言いながら持って来る。けれど全部小振りで、これなら地の利だけではなく、女性にも人気があると思った。現に入り口のボックスでは数名の女性の大きな笑い声が弾けていた。
「伊佐美がありますね。これは幻の酒ですね」
と一升瓶を目敏く見つけたS氏が言った。壁にずらっと並んだ他の一升瓶を持ってみたが、なる程空だった。結構有名な酒が並んでいる。レイアウトにしているのだろう。
I さんと韓国済州島に行った事を話した。N氏も I さんを知っていて、今日の出来事を、もし会えたら話すと言っていた。そして私の提案で、今度この3人で韓国に行こうと話した。N氏はシマさんを知っていると言うから、ひょっとして4人で行けるかも知れないと、勝手な空想を巡らせた。
もう9時頃かなと思いN氏が時計を見ると、11時を回っていた。2人とも驚いた。当然帰る事になった。女将と息子が見送ってくれた。感じのいい店だ。
東門を南の端から北詰めまで歩いた。ずらっと並ぶ飲み屋の前で女性の従業員が客引きをしている。酔った勢いで「ハングン サラミムニカ?」と聞くと「アンニョンハセヨ」と言う。「本当?」と聞くと「違う」と言った。これだけの繰り返しでは韓国語が上手くなる訳がないが、それでも面白い。私は韓国にはまだ8回しか行っていないが、ツアーで行くと必ずバスの一番前に座る。そして下手な韓国語でガイドさん(女性)と話したり、難しくなると日本語で話したりする。当たり前だが、向こうは日本語はべらべらだ。
いつだったか、仁寺洞(インサドン)で自由時間になった時私一人誘ってくれて、次の時間までパッピンス(カキ氷)を奢ってくれた事があった。またこのガイドさんだったらいいなあと思わせてくれた瞬間だった。
N氏は、家まで送ると言って、タクシーに乗る為に東門の北側まで歩いたのだ。もうバスはなく、JRで良かったのだが、そりゃあ、タクシーの方が快適だ。この日の費用は全部彼が出した。私が出そうと思っていたが、それではまた次回にと言う事で、甘える事にした。
久し振りに楽しい時が持てた。