10月3日、そぼ降る雨の中兵庫県立芸術文化センターに出向いた。「開館5周年記念ガラ・コンサート」を聴く為に。

5年も年月が経っていた。公演入場者が250万人突破したそうだ。ここに新たな芸術の中枢が確立したと思う。

芸術監督として、佐渡裕さんは立派な基盤を創造したのではないか。

2日間で4公演のこのコンサートのプログラムはこうだ。


ワーグナー   :楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲

チャイコフスキー:アンダンテ・カンタービレ(弦楽四重奏曲第1番より第2楽章)

佐渡裕芸術監督プロデュースオペラセレクション

プッチーニ   :オペラ「蝶々夫人」より“ある晴れた日に”並河寿美

モーツァルト  :オペラ「魔笛」より“おいらは鳥刺し”晴雅彦

レハール    :オペレッタ「メリー・ウィドウ」より
“ヴィリヤの歌”並河寿美(訳詞:森島英子)
“唇は黙しても”並河寿美 / 晴雅彦(訳詞:堀内敬三)
“女・女・女のマーチ”(訳詞:森島英子)

ラヴェル    :ボレロ


アンコール曲は3曲。その一つの「ラデッキー行進曲」には突然神田山陽と佐渡裕がステージに走り込んで来て、山陽さんが指揮台に上りいきなりタクトを振り始めた。途中で「六甲下ろし」が鳴り響き、出演者がそれを歌い出した。佐渡さんが指揮棒を奪い返すと、元に戻り、終わりを告げた。

佐渡さんは時々面白い演出をする。今日4日は朝早くから何処だったか外国へ飛んでいる筈だ。

私の発見? と言えば、並河寿美さんのソプラノがとても素晴らしかったと言う事だった。何処かTVで聴いた事があったかも知れないが、その時は全く意識していなかった。それが、こんなに素晴らしい歌唱力だったなんて。これはファンになるしかない。変な表現だな。素直に言えばいい。つまり、ファンになった。

何処がファンかと言うと、あのソプラノ独特の最高音を繊細に出す所。全部の声がいいのは勿論で、その上、演技力が素晴らしい。「蝶々夫人」を歌った時、あの顔の表情の豊かだったこと。そりゃあそうだ。オペラは歌劇なのだから、演技も出来なければ、観衆を感動させられないのだ。

大きなスクリーンに映し出されたその姿は、顔の表情を感じるのに十分だった。

並河寿美、並河寿美、並河寿美? もう20年近く前になるだろうか。或る人がある会合で私に言っていた言葉を思い出す。「私の娘が声楽を専攻してソプラノを歌っていますよ」と。えっ? どうなんだ。まさか? けど、ひょっとして。本当にあの人の娘さんなのだろうか。そうだとしたら、今頃になって不思議な思いに駆られる。

素晴らしい!


神田山陽の語りも面白かった。晴雅彦のバリトンも素晴らしかった。スクリーンに映し出される佐渡裕の話している姿は、「題名のない音楽会」そのものだった。

そして聴かせたのは、兵庫芸術文化センター管弦楽団だった。この楽団を卒業している外国の演奏かも召集されていた。「ボレロ」は指揮者や楽団によって違って聞こえるが、それは全体の組み立てだ。ピアニッシシモからフォルテッシシモまでの階段をどう表現するかが一番の関心事だ。

フルートから始まるソロは圧巻だけれど、いつも冷や冷やしながら聴いてしまう。間違わないだろうかと。プロだからそんな筈はないのだけれど、何だか「ボレロ」に限ってはそんな気になってしまうのだ。ある楽団の時は小太鼓が気になっていた。この楽団では、小太鼓の音なんて、全く気にならなかった。耳に入っていなかったと言う方が本当の所だろう。でも、素敵な「ボレロ」を聴かせてもらった。

フルート多分ザビエル・ラックと言う人だろうと思う。

いいコンサートだった。1階の左サイドの斜めになった席で聴いた。スクリーンはよき補助だったが、何だかメインになっているような気がした。それ程表情がよく分かったからだ。

豊かな音楽を聴ける幸せを感じる日でもあった。こんな身分は、感謝してもし足りない。