20、21、22と、悠介は3人で関西を回っている。彼はベース(ギター)をやっているものだから、カメラマンと一緒にレンタカーで横浜からこちらの方面に来ると言う。つまりゲリラライブ。言ってみれば路上ライブだ。反応を試してみたかったらしい。

これは正解で、売り出し中の歌手だって、日本中を遠征して回るのだ。寝転んでいて、宝物が手に入る訳がない。努力が実を結ぶか、それとも結ばないかだが、例え実を結ばなくても、何か行動を起こしたと言う所に価値がある。それで己を知る事が出来る。

21日に神戸に寄るとの連絡が入った。私は3人に何かを食べさせなければならないと言う事が優先した。昼、一緒に何処かで食べるだろうとしか考えていなかった。が、午前中は三宮の何処かで演奏し、午後は大阪に行っていた。午後5時半頃、心斎橋を出て新長田に向かっている、とのメールが入った。

こうしてはいられない。すぐに準備をすると、新長田へ急いだ。そこの南側、噴水のある所で待ち合わせた。

6時半をちょっと回っていたが、もう3人は着いていて、娘も夜のライブまでには時間があると言って既に着いていた。私より、4人は僅かに早く到着していた。

Y.K君は悠介の演奏の様子を、いつからか撮るようになっていた。K.H君はY.K君の友達で、3人とも若者特有の軽い乗りでここまで来てしまったのだ。簡単な挨拶をして、先ず鉄人28号を見に行った。それは、奈良に行けば大仏さんを見るのと似ている。見ていない人達に取っては、必見のスポットなのだった。

夕暮れの鉄人を、みんなそれぞれに写し捲くっていた。カメラで、デジタルで、携帯で・・。流石カメラマンである。掌にあの18メートルもある鉄人を乗せたように写していた。今度真似してみようと思う。

琉球ワールドもすぐだから行きたかったが、後からでもと思い、先にたこ焼き屋さんに入った。汁に浸けて食べる明石焼きは、彼等には初めての事だったらしい。始めに提案したのは、お好み焼きかたこ焼きか韓国料理かだったが、彼らはこのご当地の食べ物を選んだ。

炊き込みご飯との定食があり、これにした。悠介以外は運転免許を持っていて、今日はY.K君が運転すると言う。だから、私とK.H君がビールを飲む事にした。その1杯は旨かった。運転手君はとても残念がった。京都の漫画喫茶に泊まると言うから、そこでしっかり飲むように言った。3本の中瓶が空いた。

たこの煮付けやたこ焼きの追加をしたりしながら、そこそこに膨れた腹を抱えると、琉球ワールドに向かった。その時点で、娘は三宮へと戻っていた。

8時を過ぎていたのか、琉球ワールドは閉まっていた。ちょっと残念ではあったが、仕方がない。そのまま踵を返し、駅のすぐ北側の駐車場へと歩いた。私は夜の明石海峡大橋を眺める事を薦めた。

私はここで別れて垂水まで行く事を告げると、そこまで送ると言う。それならと同乗し、先ずは垂水漁港へと入って行った。確かに一部は綺麗に見えるが、全容が見えない。もう少し明石に近づく事にした。

夜は何度かの丁度の時刻に、橋のロープに沿って繋がるイルミネーションがレインボーカラーになる。その9時に、もう3、4分しかなかった。適当な所に車を止めて、海釣りをしている人のいるすぐ海の近くから、その橋を見た。遠くからの方が綺麗かもしれなかったが、やっぱり3人は、盛んにカメラに収めていた。

随分長くいたように思う。潮の香が強く鼻を衝く。暗い海の上を光る浮きが飛ぶ。橋の向こう側を窓から明るく光が洩れる遊覧船が潜る。暗い海の明かりは、何か神秘的であり、また人間に安心感を齎すものだ。

私達の石段の所で蹴躓いた男が、クーラーボックスを投げ出した。小さな魚が2、3匹外に飛び出た。

「何が釣れるんですか」

と誰かが聞いた。

「鯵ですよ。鯵が釣れるんです」

そう言って、奥さんらしき人と我々の横を通り過ぎた。

「お騒がせしました」

と言って。その小さな魚は鯵だったのだ。

手摺を掴むと魚の匂いがする。二人はまだ学生で、それぞれに将来の夢を持っていた。どちらも建築を学んでいるらしく、出雲大社の釘の話に及んだ時、当たり前のように竹の釘が使ってあり、鉄の釘は一切使っていない事を知っていた。

悠介は音楽の道を歩み出したばかりで、方向ははっきりしているので除外するが、この2人はとても考えがしっかりしていると思った。こう言う学生や青年とは対等に話せるし、とても頼もしく思われた。

今から西宮に行って、駅前でライブをすると言う。精力的だ。10時半にはなると思うのだが、それでも聴く者はいると言う。それから京都に向かうそうで、強行軍にしても若さ故、とても楽しそうではあった。

私は垂水駅の南口で下ろして貰い、別れた。パトカーが2台。誰かが倒れれていた。人だかりがあった。飲みすぎか、熱中症か、喧嘩か? それは確認出来なかった。

いつしか年を忘れて過ごした3時間だった。このこれからの若者に、心からのエールを送りたい。