「すぐにアップしようとしたが16日の朝からパソコンが起動しなくなった。壊れたと思った。確かに重くもなっている。強制終了で何とか立ち上がり、アイコンが表示されるようになった。それで17日の今、ようやく書き始めている。このまま壊れていたら、暫くは音信不通となっていただろう。アップ出来て感謝している」
15日の朝は、5時30分に目覚まし時計に起こされた。6時55分の三宮行きバスに乗らなければならない。
阪神三宮駅に着くと、日曜日にも関わらずホームの人の数が異常だった。子どもから大人まで軽装で、団扇を持っている人もいた。まだそこまで暑くはなかったが、思いもよらぬ満員電車に揺られ始めた時に思い出した。甲子園球場へ行く人達で占められていたのだった。
直通特急でも甲子園で止まる。どっと降りた後はいくらでも座る席が出来た。すぐに尼崎で阪神難波線に乗り換えるが、折角開いたのだから座ってみた。
これまた平城宮跡のある大和西大寺駅で殆どの人が降り、電車の中は不安になる程の数人となった。次が新大宮駅、そして近鉄奈良駅だ。奈良駅と言う程なのにこの静かさは何だろう。駅の構内は近代的になっているのにも関わらずである。
ずっと歩いて一番出口から長い階段を上って外に出た。三宮を7時35分だったかに動き出した電車だったが、近鉄奈良駅に着くと9時頃だったのである。余り早く家を出られないと思い、リハーサルの時間を遅くして貰っていたのだ。その11時40分までに2時間半もあるではないか。何とせっかちだろうと思う。これが貧乏性をはっきりと実感した時だった。
会場まで行って見る事にした。階段を上ってそのまま真っ直ぐに行けばすぐだと思ったのに、道を掃除しているおばさんに声を掛けた。
「あのお、ちょっとお訊ねします。県庁は、いや文化会館はどちらの方でしょうか」
「ああ、そこをちょっちょっと行って左です」
「ありがとうございます」
と言いながら、何故か無性に嬉しくなった。このおばさんに温かいものを感じたからだ。もう日はじりじりと焦がす準備を始めていた。ワイシャツが汗で濡れないように慎重に歩いた。右手に興福寺がある。左手には裁判所があり、天辺の国旗が半旗になっていた。今日は終戦記念の日だ。
左に曲るとすぐ正面に奈良県文化会館はある。右手の木陰では、赤いシャツを着た男女がオカリナを練習していた。
まだお昼まで正面は開かないので、左手を回った端っこにある楽屋の入り口まで行った。そこのドアから中を覗いてみた。背の高い飛鳥の衣装を着けた女の人が、奥にこちらを向いて立っていた。
場所を確認したので、そのまま引き返し、駅まで戻った。喫茶店があったからだ。体力を出来るだけ使わずに歩いた積もりだったが、胸の辺りにもう汗が滲み出ていた。階段を再び下りると、喫茶店の横の送風口の下で微かな冷気を浴びた。余り乾く風もないので喫茶店の中に入った。
流石にホットコーヒーは頼めなかった。コールコーヒーをトレイに乗せて小さなテーブルに運んだ。1時間ちょっと時間を潰す覚悟をした。ちびりちびりストローで飲んだ。奈良のこの日も暑くなると思った。
11時10分に外へ出た。受付で書類を貰い、中に入った。楽屋に入ってリハーサルの順番を待った。和美音(なごみね)の二人に会い、ちょっと挨拶を交わした。
リハーサル室の前にいる2人のスタッフは、6人の実行委員でもあるラ・クロシュUさんの2人の娘さんだった。小学生と高校生。そう言う運営にも、ある種の手作り的な感動を覚える。
音を出すと言う事では、本番のホールでなくてもリハーサルは必要である。何だか知らないが、胸がドキドキしていた。
出番の6つ前の演奏が終わったら待機する事になっていた。それまでは出演者は国際ホールの2階で聴く事が出来た。チケットは既に完売していたので、1階は満員状態である。1300人で一杯だったのだ。
1時になると、平城遷都1300年祭県民活動支援事業「平城遷都1300年祭記念オカリナフェスティバル~“日本のはじまり奈良”から素敵なオカリナの風をあなたに~」が静かに幕を開けた。
実行委員のラ・クロシュのメンバーはよく頑張ったと思う。こんな大きなイベントを企画して、よくここまで漕ぎ付けたからである。私はエントリーしてから7ヶ月少々待ったけれど、この人達は何年も前から考えていたと思う。1番目は、彼女達6人の演奏だった。奈良時代のあの衣装がとても良かった。
Yさんが2階に来て、私の横に座った。
「ここでいいのかなあ」
「大丈夫だよ。沢山席はあるし」
4番が終わるまで聴いて、私は席を立った。
ステージの袖に行くまでが一番緊張する。こう言う緊張がなかったら、いや、なくなったらプロになれると思った。技術ではなくて先ず度胸だ。これが克服出来たら怖いものなどなくなると思う。慢心などと言う怖いものもないではないが。もうここまで来たら覚悟をするしかないのだ。
ステージ袖ではエンジニアーと言葉を交わす。最初の曲は無伴奏で、次がMDだと言う事を、向こうから聞いて来る。MDの時手を上げる事になっているが、適当に鳴らして貰う事にした。
客席は照明が落としてあるので、そんなにはっきり見える訳ではない。それでも前列から6、7番目位までは割りと顔まではっきり確認出来る。神戸の文化ホール(中ホール)は1000人弱は入れるが、ステージには何度も立っているので、不思議な事にステージに立つと次第に落ち着いて来る。
家で100パーセント開放して練習している時とは事情は違うけれど、どれだけ平常心で自分を出せたかがいい結果を生む。ここで10割力を出せたら、自分でも感動する事だろう。そんな事が今までにあった例はない。
先ず間違わなかったら善しとせねばなるまい。自己評価だが、高得点をつけるとしても7割が精一杯だ。8割以上で演奏出来るようになるには、まだまだ修行が要る。
「川の流れのように」の最後のグリッサンドは、「イカロス」の特性を伝える為に3連目の音を出す為に入れているが、娘達からは必要ないから止めた方がいいと言われ暫く止めて練習していた。けれど2・3日前から入れる事に決めた。やっぱり、こう言う事は、やらないと聴く人には伝わらないからだ。終わった瞬間ステージにもどよめきが伝わって来た。これで良かったのかな。反応と言うのは面白いものだ。
ブログが長くなると削らなければならなくなるので、ここでプログラムを紹介して終える事にしたい。
1.ラ・クロシュ(奈良県奈良市) 6人
‘猯匹梁臺さん~平城遷都1300年祭に寄せて~
2.すがはら土笛の会(大阪府枚方市) 6人
,困い困い困辰海蹐个
⊂赦造良?吻
3.ocarina company-結(大阪府大阪市) 6人
,弔爐歌
■錬?紕髻。圍茖紂。劭瓧蕋遑癸錚
4.ORNA(兵庫県西宮市) 2人
∥╋襲藾婉福嵋鑈嬶?痢曽陝覆海海蹇法
5.檸檬のきもち(大阪府豊能町) 5人
.轡襯ロード
■蓮韮癸譯瓧筍蕁。蓮韮癸譯瓧筍
6.オカリナデュオ「水平線」(愛知県半田市) 2人
‥擇了蹇Ε妊絅┘奪
¬召發覆水面
7.樽見隆康(東京都) 1人
ヽづ呂
8.グース・カ・ピー(大阪府四条畷市) 4人
.灰鵐疋襪枠瑤鵑任い
9.土笛ドロップス(大阪府枚方市) 14人
,気鵑檗屬箸覆蠅離肇肇蹇廚茲
▲殴殴欧竜澗析
5ゼ屬櫃辰
10.H.S(兵庫県神戸市) 1人
\遒領れのように
故郷の山や海
11.ドルチェ(大阪府) 2人
.肇ァΕ薀堯Ε罅次Ε皀
12.サロンdeオカリーナ (岡山県岡山市) 11人
々咯襪侶遒砲茲觴臑蠅畔兪
宇宙戦艦ヤマト
13.和美音(兵庫県神戸市) 2人
.▲凜АΕ泪螢
△気箸Δび畑
フラー・ミー・トゥ・ザ・ムーン
14.オカリナぷぷ〈京都府長岡京市〉 28人
“木節
▲▲法璽蹇璽蝓
ぢ臙α?離沺璽
15.オカリナクラブあいあい(大阪府吹田市) 13人
ゝさ紊望茲辰討匹海泙任
クシコス・ポスト
ゲスト 宗次郎
後は、皆で「ふるさと」をオカリナで吹いたり歌ったりの演奏で幕が下りた。
私の慰労会をすると言うので、S君、K君夫妻、Yさんと私の5人は、京橋のS君行きつけの居酒屋に行った。
楽しい一時だった。生ビールで乾杯。色んなものを注文して、たっぷり食べた。S君がキープした芋焼酎「宝山」は、1本空いてしまった。皆の意見として拝聴せねばならない事も幾つかある。
先ず演出が大切だと言う事で、衣装が問題となった。私の着ている服は普通に着るにはセンスはいいが、ステージでは女性のアオザイみたいな服で2L位のを着て出たらいいと言うのである。揉み上げにスパンコールもいいと。揉み上げがそんなにないから、胸元などはいいかも知れない。プロじゃないしなあ、とも思った。確かに演出が大事な事は、私自身がよく知っている事でもあった。
後にいた人が、私の演奏が終わって退場する時カバンを持っていたので、「会社帰りのサラリーマンみたい」と言っていたそうである。これには笑った。照明は落ちたのに、よく見ているものだ。
店の都合で早く出なければならなかった。お陰で10時過ぎには家に着いていた。楽しい時をさりげなく作ってくれる友に感謝したい。同時に、まだまだ上手くなりたい、そう思った。
誰より上手いか下手か、そんな比較ではなく、この曲がどれ程聴衆の心を捉えたか、が重要だと思った。皆の感想では、「故郷の山や海」はとても良かった、と。その一言が何よりも嬉しい事だった。この私の作曲を素晴らしくアレンジしてくれた甥の悠介も、このブログを見て喜んでいる事だろう。大勢の反応は分からないが、少なくともここに集った忌憚のない批評家達が言うのであるから、間違いはないと思う。
今度は神戸の文化ホールに、この「故郷の山や海」を鳴り渡らせたい。
15日の朝は、5時30分に目覚まし時計に起こされた。6時55分の三宮行きバスに乗らなければならない。
阪神三宮駅に着くと、日曜日にも関わらずホームの人の数が異常だった。子どもから大人まで軽装で、団扇を持っている人もいた。まだそこまで暑くはなかったが、思いもよらぬ満員電車に揺られ始めた時に思い出した。甲子園球場へ行く人達で占められていたのだった。
直通特急でも甲子園で止まる。どっと降りた後はいくらでも座る席が出来た。すぐに尼崎で阪神難波線に乗り換えるが、折角開いたのだから座ってみた。
これまた平城宮跡のある大和西大寺駅で殆どの人が降り、電車の中は不安になる程の数人となった。次が新大宮駅、そして近鉄奈良駅だ。奈良駅と言う程なのにこの静かさは何だろう。駅の構内は近代的になっているのにも関わらずである。
ずっと歩いて一番出口から長い階段を上って外に出た。三宮を7時35分だったかに動き出した電車だったが、近鉄奈良駅に着くと9時頃だったのである。余り早く家を出られないと思い、リハーサルの時間を遅くして貰っていたのだ。その11時40分までに2時間半もあるではないか。何とせっかちだろうと思う。これが貧乏性をはっきりと実感した時だった。
会場まで行って見る事にした。階段を上ってそのまま真っ直ぐに行けばすぐだと思ったのに、道を掃除しているおばさんに声を掛けた。
「あのお、ちょっとお訊ねします。県庁は、いや文化会館はどちらの方でしょうか」
「ああ、そこをちょっちょっと行って左です」
「ありがとうございます」
と言いながら、何故か無性に嬉しくなった。このおばさんに温かいものを感じたからだ。もう日はじりじりと焦がす準備を始めていた。ワイシャツが汗で濡れないように慎重に歩いた。右手に興福寺がある。左手には裁判所があり、天辺の国旗が半旗になっていた。今日は終戦記念の日だ。
左に曲るとすぐ正面に奈良県文化会館はある。右手の木陰では、赤いシャツを着た男女がオカリナを練習していた。
まだお昼まで正面は開かないので、左手を回った端っこにある楽屋の入り口まで行った。そこのドアから中を覗いてみた。背の高い飛鳥の衣装を着けた女の人が、奥にこちらを向いて立っていた。
場所を確認したので、そのまま引き返し、駅まで戻った。喫茶店があったからだ。体力を出来るだけ使わずに歩いた積もりだったが、胸の辺りにもう汗が滲み出ていた。階段を再び下りると、喫茶店の横の送風口の下で微かな冷気を浴びた。余り乾く風もないので喫茶店の中に入った。
流石にホットコーヒーは頼めなかった。コールコーヒーをトレイに乗せて小さなテーブルに運んだ。1時間ちょっと時間を潰す覚悟をした。ちびりちびりストローで飲んだ。奈良のこの日も暑くなると思った。
11時10分に外へ出た。受付で書類を貰い、中に入った。楽屋に入ってリハーサルの順番を待った。和美音(なごみね)の二人に会い、ちょっと挨拶を交わした。
リハーサル室の前にいる2人のスタッフは、6人の実行委員でもあるラ・クロシュUさんの2人の娘さんだった。小学生と高校生。そう言う運営にも、ある種の手作り的な感動を覚える。
音を出すと言う事では、本番のホールでなくてもリハーサルは必要である。何だか知らないが、胸がドキドキしていた。
出番の6つ前の演奏が終わったら待機する事になっていた。それまでは出演者は国際ホールの2階で聴く事が出来た。チケットは既に完売していたので、1階は満員状態である。1300人で一杯だったのだ。
1時になると、平城遷都1300年祭県民活動支援事業「平城遷都1300年祭記念オカリナフェスティバル~“日本のはじまり奈良”から素敵なオカリナの風をあなたに~」が静かに幕を開けた。
実行委員のラ・クロシュのメンバーはよく頑張ったと思う。こんな大きなイベントを企画して、よくここまで漕ぎ付けたからである。私はエントリーしてから7ヶ月少々待ったけれど、この人達は何年も前から考えていたと思う。1番目は、彼女達6人の演奏だった。奈良時代のあの衣装がとても良かった。
Yさんが2階に来て、私の横に座った。
「ここでいいのかなあ」
「大丈夫だよ。沢山席はあるし」
4番が終わるまで聴いて、私は席を立った。
ステージの袖に行くまでが一番緊張する。こう言う緊張がなかったら、いや、なくなったらプロになれると思った。技術ではなくて先ず度胸だ。これが克服出来たら怖いものなどなくなると思う。慢心などと言う怖いものもないではないが。もうここまで来たら覚悟をするしかないのだ。
ステージ袖ではエンジニアーと言葉を交わす。最初の曲は無伴奏で、次がMDだと言う事を、向こうから聞いて来る。MDの時手を上げる事になっているが、適当に鳴らして貰う事にした。
客席は照明が落としてあるので、そんなにはっきり見える訳ではない。それでも前列から6、7番目位までは割りと顔まではっきり確認出来る。神戸の文化ホール(中ホール)は1000人弱は入れるが、ステージには何度も立っているので、不思議な事にステージに立つと次第に落ち着いて来る。
家で100パーセント開放して練習している時とは事情は違うけれど、どれだけ平常心で自分を出せたかがいい結果を生む。ここで10割力を出せたら、自分でも感動する事だろう。そんな事が今までにあった例はない。
先ず間違わなかったら善しとせねばなるまい。自己評価だが、高得点をつけるとしても7割が精一杯だ。8割以上で演奏出来るようになるには、まだまだ修行が要る。
「川の流れのように」の最後のグリッサンドは、「イカロス」の特性を伝える為に3連目の音を出す為に入れているが、娘達からは必要ないから止めた方がいいと言われ暫く止めて練習していた。けれど2・3日前から入れる事に決めた。やっぱり、こう言う事は、やらないと聴く人には伝わらないからだ。終わった瞬間ステージにもどよめきが伝わって来た。これで良かったのかな。反応と言うのは面白いものだ。
ブログが長くなると削らなければならなくなるので、ここでプログラムを紹介して終える事にしたい。
1.ラ・クロシュ(奈良県奈良市) 6人
‘猯匹梁臺さん~平城遷都1300年祭に寄せて~
2.すがはら土笛の会(大阪府枚方市) 6人
,困い困い困辰海蹐个
⊂赦造良?吻
3.ocarina company-結(大阪府大阪市) 6人
,弔爐歌
■錬?紕髻。圍茖紂。劭瓧蕋遑癸錚
4.ORNA(兵庫県西宮市) 2人
∥╋襲藾婉福嵋鑈嬶?痢曽陝覆海海蹇法
5.檸檬のきもち(大阪府豊能町) 5人
.轡襯ロード
■蓮韮癸譯瓧筍蕁。蓮韮癸譯瓧筍
6.オカリナデュオ「水平線」(愛知県半田市) 2人
‥擇了蹇Ε妊絅┘奪
¬召發覆水面
7.樽見隆康(東京都) 1人
ヽづ呂
8.グース・カ・ピー(大阪府四条畷市) 4人
.灰鵐疋襪枠瑤鵑任い
9.土笛ドロップス(大阪府枚方市) 14人
,気鵑檗屬箸覆蠅離肇肇蹇廚茲
▲殴殴欧竜澗析
5ゼ屬櫃辰
10.H.S(兵庫県神戸市) 1人
\遒領れのように
故郷の山や海
11.ドルチェ(大阪府) 2人
.肇ァΕ薀堯Ε罅次Ε皀
12.サロンdeオカリーナ (岡山県岡山市) 11人
々咯襪侶遒砲茲觴臑蠅畔兪
宇宙戦艦ヤマト
13.和美音(兵庫県神戸市) 2人
.▲凜АΕ泪螢
△気箸Δび畑
フラー・ミー・トゥ・ザ・ムーン
14.オカリナぷぷ〈京都府長岡京市〉 28人
“木節
▲▲法璽蹇璽蝓
ぢ臙α?離沺璽
15.オカリナクラブあいあい(大阪府吹田市) 13人
ゝさ紊望茲辰討匹海泙任
クシコス・ポスト
ゲスト 宗次郎
後は、皆で「ふるさと」をオカリナで吹いたり歌ったりの演奏で幕が下りた。
私の慰労会をすると言うので、S君、K君夫妻、Yさんと私の5人は、京橋のS君行きつけの居酒屋に行った。
楽しい一時だった。生ビールで乾杯。色んなものを注文して、たっぷり食べた。S君がキープした芋焼酎「宝山」は、1本空いてしまった。皆の意見として拝聴せねばならない事も幾つかある。
先ず演出が大切だと言う事で、衣装が問題となった。私の着ている服は普通に着るにはセンスはいいが、ステージでは女性のアオザイみたいな服で2L位のを着て出たらいいと言うのである。揉み上げにスパンコールもいいと。揉み上げがそんなにないから、胸元などはいいかも知れない。プロじゃないしなあ、とも思った。確かに演出が大事な事は、私自身がよく知っている事でもあった。
後にいた人が、私の演奏が終わって退場する時カバンを持っていたので、「会社帰りのサラリーマンみたい」と言っていたそうである。これには笑った。照明は落ちたのに、よく見ているものだ。
店の都合で早く出なければならなかった。お陰で10時過ぎには家に着いていた。楽しい時をさりげなく作ってくれる友に感謝したい。同時に、まだまだ上手くなりたい、そう思った。
誰より上手いか下手か、そんな比較ではなく、この曲がどれ程聴衆の心を捉えたか、が重要だと思った。皆の感想では、「故郷の山や海」はとても良かった、と。その一言が何よりも嬉しい事だった。この私の作曲を素晴らしくアレンジしてくれた甥の悠介も、このブログを見て喜んでいる事だろう。大勢の反応は分からないが、少なくともここに集った忌憚のない批評家達が言うのであるから、間違いはないと思う。
今度は神戸の文化ホールに、この「故郷の山や海」を鳴り渡らせたい。