8月3日の夕食後からベースの甥は作曲など専門のパソコンで、伴奏を作り始めた。かなり性能がよく、ピアノの音も本物そっくりに聞こえる。どんな楽器でも自由自在に取り入れられる。かと言って、私が出来る訳ではない。ヘッドホンを着けて体を動かしたりしている甥の姿を、横から見るだけしか能がなかった。
少し進んで行くと、こんな感じだと言って聴かせてくれた。いい具合に進んでいると思うばかりで、頼り切っているものだから私からどうのと言う事はない。最初に、こんな風にと言ったきりだった。
「ジャズ風にして貰いたいんだけど」
そう言ったが最後、只管待つ身である。そうして、「七つの子」はだんだんジャズっぽく進んで行った。「童謡をスイングでジャズ風に」と言うのは、前からの私の考えだった。こんなアレンジが幾つかあったら楽しいだろうと思ったのだ。
色々な楽器を取り込んだり音を加えたりして、いとも簡単そうにパソコンに打ち込んで行く。麦茶を継ぎ足す位が私の仕事だった。甥とは言え、彼がいなかったらこんな面白い事が実現する訳がない。つくづくこの巡り会わせの妙を感じる。甥と言う関係になかったら、ここまで発展する事は先ずなかった。
音大をベースで卒業し、作曲も編曲も自在にこなす弱冠20歳を過ぎたばかりの青年だが、駆け出しと言っても別の世界ではエキスパートである。初老の私との年の差は、法然と親鸞ほどもあるのだ。面白い組み合わせに、一人で笑いを堪える。
時間は過ぎ、真夜中を通り越した。
「ちょっと寝たらどう?」
そう言うと、
「乗ってる時にやってしまわないとテンション下がるから」
と応える。深夜1時も過ぎると、流石に私も眠くなる。なんぼなんでも「じゃあやっといて」と言って堂々と寝られる訳がない。トイレに行く振りをして、ちょっと寝床に潜り込む。
はっとして起きると4時だ。台所に行くとまだ起きていて、盛んに打ち込んでいる。
「どの位進んだ?」
「8割位かなあ」
「ちょっと聴かせてよ」
そうして聴いた間奏辺りが全くのジャズ。その後それっぽくオカリナが入る仕掛けだ。おっ! これを私が吹くんかと思ったら、楽しさが広がって行くのが感じられた。ジャズなどたまに聴くだけで、吹くのは初めてなのである。合わせるのが大変だとは思うけれど、練習を続ければ何とかなるとの思いで、期待が膨らんで行く。
麦茶を継ぎ足し、暫く傍にいて、また寝床に戻った。甥は言う。
「徹夜しても何ともない」
と。若さだろうなと、私も昔の体力を思い出していた。
7時位だったか時間は覚えていないが、再び台所のテーブルに座ると、
「9割9分出来たよ」
と言った。後は細かい所を修正するだけだ。そして、遂に完成した。
伴奏だけだったら、ジャズに全く素人の私が演奏出来る訳がない。彼はデモも作ってくれていた。オカリナのメロディー部分を取ると、立派な伴奏になると言う訳だ。何度か聴かせて貰ったが、とても新鮮だった。デイサービスなどで吹いたら、やさしい「七つの子」だと思っていたおじいちゃんやおばあちゃんが、吃驚して踊りだすかも知れないと想像すると、いつか聴いて貰うのが楽しみになった。
3日の夕方から始まったアレンジは、彼も休みながらだったとは思うが、4日の朝には完成した。凄い才能である。それも徹夜で仕上げてくれた事に感動せざるを得なかった。
「もう2曲位作りましょうよ」
と言うのだが、私はこれ以上は今回はいいと思った。色々出雲も見て回らないとね。
沢山のゴミがあるからと、妹は私の車にゴミを乗せ、甥も一緒にちょっとそこら辺りだろうと思って出かけた。それが10キロメートル程も離れた環境センターだった。2人とも驚いた。しかし、大きなゴミ処理場を目の当たりにしたのだ。
車ごと重量を量り、捨てた後帰りにもう一度重さを量る。その重さの差によって支払う仕組みだ。袋の量の割りには、大した金額ではなかった。
帰りにコンビニでCDロムを4枚買った。3枚は甥に上げる積もりだった。最終的には紫色と黄色の2枚が没となり、桃色の3枚目が私の手元に入った。彼には最後の緑色の1枚が残された。
「七つの子、ボレロ、七つの子demo」の3つが入っている。そのデモが面白い。彼は「♪からすなぜなくの からすの勝手でしょ」と言うのがほんとの曲だと思って、「勝手でしょ」の所のメロディーがそのまま打ち込んであった。一頻り大笑いをしたが、若い世代はそんな風に覚えているかも知れない。これはちゃんと教えないといけないと思った。
「からすなぜなくの からすは山に かわいい七つの子があるからよ」
こんなに優しいいい歌なのに、誰がこんな歌に変えてメディアに乗せてしまったのだろう。可笑しい事は可笑しいが、これは面白半分でやった事にしてはその責任は大きい。根本は、日本の美しい言葉と情緒を伝え残して行かなければならないのだ。
私はこのデモがとても面白いものに感じられた。甥の思い込みの面白さと、伴奏には全く支障を来たさないと言う理由で。
森田悠介君、またまたありがとう。世界に一つの、とってもいいものが出来ました。
15日の奈良でも、28日の神戸でも、悠介君がアレンジしてくれた素晴らしい伴奏で「故郷の山や海」を吹いて来ます。そうして最後を吹き終わった頃、きっと秋の気配が忍び寄っている事でしょう。
少し進んで行くと、こんな感じだと言って聴かせてくれた。いい具合に進んでいると思うばかりで、頼り切っているものだから私からどうのと言う事はない。最初に、こんな風にと言ったきりだった。
「ジャズ風にして貰いたいんだけど」
そう言ったが最後、只管待つ身である。そうして、「七つの子」はだんだんジャズっぽく進んで行った。「童謡をスイングでジャズ風に」と言うのは、前からの私の考えだった。こんなアレンジが幾つかあったら楽しいだろうと思ったのだ。
色々な楽器を取り込んだり音を加えたりして、いとも簡単そうにパソコンに打ち込んで行く。麦茶を継ぎ足す位が私の仕事だった。甥とは言え、彼がいなかったらこんな面白い事が実現する訳がない。つくづくこの巡り会わせの妙を感じる。甥と言う関係になかったら、ここまで発展する事は先ずなかった。
音大をベースで卒業し、作曲も編曲も自在にこなす弱冠20歳を過ぎたばかりの青年だが、駆け出しと言っても別の世界ではエキスパートである。初老の私との年の差は、法然と親鸞ほどもあるのだ。面白い組み合わせに、一人で笑いを堪える。
時間は過ぎ、真夜中を通り越した。
「ちょっと寝たらどう?」
そう言うと、
「乗ってる時にやってしまわないとテンション下がるから」
と応える。深夜1時も過ぎると、流石に私も眠くなる。なんぼなんでも「じゃあやっといて」と言って堂々と寝られる訳がない。トイレに行く振りをして、ちょっと寝床に潜り込む。
はっとして起きると4時だ。台所に行くとまだ起きていて、盛んに打ち込んでいる。
「どの位進んだ?」
「8割位かなあ」
「ちょっと聴かせてよ」
そうして聴いた間奏辺りが全くのジャズ。その後それっぽくオカリナが入る仕掛けだ。おっ! これを私が吹くんかと思ったら、楽しさが広がって行くのが感じられた。ジャズなどたまに聴くだけで、吹くのは初めてなのである。合わせるのが大変だとは思うけれど、練習を続ければ何とかなるとの思いで、期待が膨らんで行く。
麦茶を継ぎ足し、暫く傍にいて、また寝床に戻った。甥は言う。
「徹夜しても何ともない」
と。若さだろうなと、私も昔の体力を思い出していた。
7時位だったか時間は覚えていないが、再び台所のテーブルに座ると、
「9割9分出来たよ」
と言った。後は細かい所を修正するだけだ。そして、遂に完成した。
伴奏だけだったら、ジャズに全く素人の私が演奏出来る訳がない。彼はデモも作ってくれていた。オカリナのメロディー部分を取ると、立派な伴奏になると言う訳だ。何度か聴かせて貰ったが、とても新鮮だった。デイサービスなどで吹いたら、やさしい「七つの子」だと思っていたおじいちゃんやおばあちゃんが、吃驚して踊りだすかも知れないと想像すると、いつか聴いて貰うのが楽しみになった。
3日の夕方から始まったアレンジは、彼も休みながらだったとは思うが、4日の朝には完成した。凄い才能である。それも徹夜で仕上げてくれた事に感動せざるを得なかった。
「もう2曲位作りましょうよ」
と言うのだが、私はこれ以上は今回はいいと思った。色々出雲も見て回らないとね。
沢山のゴミがあるからと、妹は私の車にゴミを乗せ、甥も一緒にちょっとそこら辺りだろうと思って出かけた。それが10キロメートル程も離れた環境センターだった。2人とも驚いた。しかし、大きなゴミ処理場を目の当たりにしたのだ。
車ごと重量を量り、捨てた後帰りにもう一度重さを量る。その重さの差によって支払う仕組みだ。袋の量の割りには、大した金額ではなかった。
帰りにコンビニでCDロムを4枚買った。3枚は甥に上げる積もりだった。最終的には紫色と黄色の2枚が没となり、桃色の3枚目が私の手元に入った。彼には最後の緑色の1枚が残された。
「七つの子、ボレロ、七つの子demo」の3つが入っている。そのデモが面白い。彼は「♪からすなぜなくの からすの勝手でしょ」と言うのがほんとの曲だと思って、「勝手でしょ」の所のメロディーがそのまま打ち込んであった。一頻り大笑いをしたが、若い世代はそんな風に覚えているかも知れない。これはちゃんと教えないといけないと思った。
「からすなぜなくの からすは山に かわいい七つの子があるからよ」
こんなに優しいいい歌なのに、誰がこんな歌に変えてメディアに乗せてしまったのだろう。可笑しい事は可笑しいが、これは面白半分でやった事にしてはその責任は大きい。根本は、日本の美しい言葉と情緒を伝え残して行かなければならないのだ。
私はこのデモがとても面白いものに感じられた。甥の思い込みの面白さと、伴奏には全く支障を来たさないと言う理由で。
森田悠介君、またまたありがとう。世界に一つの、とってもいいものが出来ました。
15日の奈良でも、28日の神戸でも、悠介君がアレンジしてくれた素晴らしい伴奏で「故郷の山や海」を吹いて来ます。そうして最後を吹き終わった頃、きっと秋の気配が忍び寄っている事でしょう。