自信の法則 ジェリー・ミンチントン
「心を磨く」
44 変化を歓迎する
◆「もっとも強い生物や賢い生物が生き残るのではない。変化にもっともうまく適応する生物が生き残るのだ」チャールズ・ダーウィン
☆ 変化の中に隠されているチャンスをみつけよう。変化を拒絶するのではなく歓迎することが大切だ。
私は2度目の無言症になった。1回目は2007年の夏。神戸文化ホールで行われた第7回オカリナフェスティバルのゲストが大沢聡さんだった。その技術も凄いものがあったが、初めて見る3連オカリナ「イカロス」を存分に操って、聴いた事もない広い音域を実現していた。フルート程の音域があり、持ち替えても不可能なクラシック音楽を事も無げに演奏してしまった。
アケタの2連は、随分昔から持っていたが、演奏した事はなかった。それが、今になって3連とは・・。それから、その演奏を聴いて凄い衝撃を受けたまま、無言で家に帰った。魂が抜けたようだった。今更オカリナをしてもと思うと、オカリナに対する魅力が激減した。何日も腑抜けの状態だった。
前にも書いたので先は詳しく書かないが、この「イカロス」を手に入れるのに、孤軍奮闘して7ヶ月を要した。2008年4月5日に落手した時の喜びは今でも覚えているが、それからが大変だった。吹き口が3つある。隣の音が容赦なく入って来る。滑らかに移動出来ない。オカリナは本来のオカリナがオカリナだ、などと分からぬ事を言い、自らを納得させようとした。
そんなこんなで、やっと「イカロス」に捧げる曲「故郷の山や海」を作曲して、横浜の甥にアレンジを頼んだ。3連の為の第1曲が初めて誕生した。これは、奈良と神戸のフェスティバルで演奏する事にしている。
さて、2度目の衝撃は今日である。再び無言症になった。けれど、これは1回経験しているのでオカリナを止めようとは思わなかったが、プロとの差がどんなに大きいものかをはっきりと認識させられた。私にはとても吹けないものだった。
「オカリナとギターのコンサート~自由に羽ばたける世界~」
オカリナ:茨木智博 ギター:大柴拓
午後2時30分から、神戸芸術センター・ショパンホールで行われた。136人入れる小さなホールだ。殆ど女性の聴衆だった。私は故Tさんから、一緒に行こうと誘われて、チケットは送って貰っていた。
色々な所で演奏して回っているが、こんなホールでやるのは初めてだと言った。
最初一人で出て来て、G.P.テレマンの「幻想曲ハ長調」を独奏した。後から大柴拓さんが入って来て、ギター伴奏となった。彼のギターは凄い。故・北村謙、荘村清志に師事し、室内楽演奏も作曲も師事している本格派なのだ。
プログラム以外の曲も随所に鏤めて、途中10分の休憩を取ってアンコールも入れると、終わったのは4時半頃だった。
曲もバラエティーに富んだものだったが、吹き方が単調ではなく変化に満ちていた。勿論真似の出来そうにない技巧は抜群で、25歳位の若さでこれだから、近い将来は、今後大沢聡と宗次郎の対極にあるオカリナの台風の目になる存在だと思っている。ひょっとして、トライアングルになるかも知れないのだ。
もうすでにオオサワオカリナも持っていて、十分に吹きこなしていた。それは、安定した綺麗な音がしていた。
私は「小犬のワルツ」さえ碌に吹けないのに、アンコールでそれをいとも易々と吹いてしまった。「クラリネットポルカ」も簡単そうに吹いた。G.P.テレマンの「ソナタ ニ短調」だってある。
アレンジがとてもいい。私は、聴いて感動していれば良かったのだが、心の中では葛藤しながら聴いていた。心は解放されず、悶々とそれを聴いた。何故ここまで思うのか。この老骨が今更対抗でもしようとしているのか。
明らかに無理がある。技術もない。若さもない。自信もない。彼は吹いている最中に、何度も聴衆をしっかりと見据える。超絶テクニックを駆使しながら、凄い自信だと思った。
私は今まで何をしていたのだろう。1年間もブログを書いて来た。かなりの時間を食った筈である。その分大切な練習量がかなり減っていた事さえ、十分に理解出来ていなかった。けれど、我武者羅に練習だけやっても、上手くなるものではない。刺激を受けて初めて何をどう練習するかが分かる。
無言で会場を出て、帰ってから3連を吹いてみたが、とても低いレベルだった。超絶技巧が出来るようにならなければ、もう何の意味も感じられなくなったのだ。腹がべったりと付いてしまうような川で、クロールで泳ごうとしているようなものだ。滑稽にさえ感じられる。
自分は自分でいいではないか。曲は自分がやりたいものを選んで演奏すればいい。そう、その通りだ。がしかし、超絶技巧の伴う曲が何曲か吹けなかったら、3連を聴く事に慣れた聴衆は満足しなくなる。だから、それを練習しなければならないのだ。
オカリナを止めるなどは考えていない。背伸びをしているのだろうが、等身大では夢がない。この年寄りに、今更指が速く動くと言うのか。色々無理や矛盾はある。だけど、もうちょっとレベルを上げて練習したい。ブログもあるが、はっきりとオカリナ第一を念頭に明日から励みたい。今までのようにブログは書けないかも知れないが、止める訳ではない。
ブログは楽しい。けれどオカリナとの両立は年老いた私には難しいと知った。ブログをアップしていない時、他の用事やコンサートに行っている事もあるだろうが、私はオカリナを練習している。余りにも若くて凄い孫のような茨木智博さんに第2次の衝撃を受けた。無言症になったが、今度はふらふらとよろめきながら立ち向かおうとしている私がいる。白鵬に何度もぶつかって行こうとしている私が・・。ああ、ぶつかる相手が違う。今ぶつかっても最後は殺される、と言うより自分で傷ついて倒れるだろう。何故、何故ここまでやろうとするのか。
たった一度の人生だからかも知れない。
幻想曲 ハ長調 (G.P.テレマ)
ヴォカリーズ (S.ラフマニノフ)
かあさんの歌
光に導かれて(茨木智博)
ギターソロ
ソナタ ニ短調(G.P.テレマン)
【休憩】
星に願いを
もののけ姫(久石譲/森悠也編)
クラリネットポルカ
スペイン
悲しい酒(古賀政男)
セント・トーマス(S.ロリンズ)
サウンド・オブ・ミュージック メドレー(R.ロジャース/森悠也編)
(アンコール)
オリビアを聴きながら
夏の思い出(オカリナトロンボーン)
小犬のワルツ
「私は全国を演奏して回っています。北は新潟から南は神戸まで」。皆は笑った。
「私は全く知らない曲『悲しい酒』を演奏します」。この時は大柴拓のギターがものを言った。
「サウンド・オブ・ミュージックは子供の頃覚えました」。「6年生だったと思う」大柴拓が言った。「そんなら、僕は中学1年生だ」と茨木智博が応えた。また皆が笑った。
明日もコンサートがある。また刺激を受けるだろうが、もう無言症にはならないだろうと思う。
汝自身を知れ、と誰かが言った。けれど、私は、無謀な私しか覗けないでいる。
「心を磨く」
44 変化を歓迎する
◆「もっとも強い生物や賢い生物が生き残るのではない。変化にもっともうまく適応する生物が生き残るのだ」チャールズ・ダーウィン
☆ 変化の中に隠されているチャンスをみつけよう。変化を拒絶するのではなく歓迎することが大切だ。
私は2度目の無言症になった。1回目は2007年の夏。神戸文化ホールで行われた第7回オカリナフェスティバルのゲストが大沢聡さんだった。その技術も凄いものがあったが、初めて見る3連オカリナ「イカロス」を存分に操って、聴いた事もない広い音域を実現していた。フルート程の音域があり、持ち替えても不可能なクラシック音楽を事も無げに演奏してしまった。
アケタの2連は、随分昔から持っていたが、演奏した事はなかった。それが、今になって3連とは・・。それから、その演奏を聴いて凄い衝撃を受けたまま、無言で家に帰った。魂が抜けたようだった。今更オカリナをしてもと思うと、オカリナに対する魅力が激減した。何日も腑抜けの状態だった。
前にも書いたので先は詳しく書かないが、この「イカロス」を手に入れるのに、孤軍奮闘して7ヶ月を要した。2008年4月5日に落手した時の喜びは今でも覚えているが、それからが大変だった。吹き口が3つある。隣の音が容赦なく入って来る。滑らかに移動出来ない。オカリナは本来のオカリナがオカリナだ、などと分からぬ事を言い、自らを納得させようとした。
そんなこんなで、やっと「イカロス」に捧げる曲「故郷の山や海」を作曲して、横浜の甥にアレンジを頼んだ。3連の為の第1曲が初めて誕生した。これは、奈良と神戸のフェスティバルで演奏する事にしている。
さて、2度目の衝撃は今日である。再び無言症になった。けれど、これは1回経験しているのでオカリナを止めようとは思わなかったが、プロとの差がどんなに大きいものかをはっきりと認識させられた。私にはとても吹けないものだった。
「オカリナとギターのコンサート~自由に羽ばたける世界~」
オカリナ:茨木智博 ギター:大柴拓
午後2時30分から、神戸芸術センター・ショパンホールで行われた。136人入れる小さなホールだ。殆ど女性の聴衆だった。私は故Tさんから、一緒に行こうと誘われて、チケットは送って貰っていた。
色々な所で演奏して回っているが、こんなホールでやるのは初めてだと言った。
最初一人で出て来て、G.P.テレマンの「幻想曲ハ長調」を独奏した。後から大柴拓さんが入って来て、ギター伴奏となった。彼のギターは凄い。故・北村謙、荘村清志に師事し、室内楽演奏も作曲も師事している本格派なのだ。
プログラム以外の曲も随所に鏤めて、途中10分の休憩を取ってアンコールも入れると、終わったのは4時半頃だった。
曲もバラエティーに富んだものだったが、吹き方が単調ではなく変化に満ちていた。勿論真似の出来そうにない技巧は抜群で、25歳位の若さでこれだから、近い将来は、今後大沢聡と宗次郎の対極にあるオカリナの台風の目になる存在だと思っている。ひょっとして、トライアングルになるかも知れないのだ。
もうすでにオオサワオカリナも持っていて、十分に吹きこなしていた。それは、安定した綺麗な音がしていた。
私は「小犬のワルツ」さえ碌に吹けないのに、アンコールでそれをいとも易々と吹いてしまった。「クラリネットポルカ」も簡単そうに吹いた。G.P.テレマンの「ソナタ ニ短調」だってある。
アレンジがとてもいい。私は、聴いて感動していれば良かったのだが、心の中では葛藤しながら聴いていた。心は解放されず、悶々とそれを聴いた。何故ここまで思うのか。この老骨が今更対抗でもしようとしているのか。
明らかに無理がある。技術もない。若さもない。自信もない。彼は吹いている最中に、何度も聴衆をしっかりと見据える。超絶テクニックを駆使しながら、凄い自信だと思った。
私は今まで何をしていたのだろう。1年間もブログを書いて来た。かなりの時間を食った筈である。その分大切な練習量がかなり減っていた事さえ、十分に理解出来ていなかった。けれど、我武者羅に練習だけやっても、上手くなるものではない。刺激を受けて初めて何をどう練習するかが分かる。
無言で会場を出て、帰ってから3連を吹いてみたが、とても低いレベルだった。超絶技巧が出来るようにならなければ、もう何の意味も感じられなくなったのだ。腹がべったりと付いてしまうような川で、クロールで泳ごうとしているようなものだ。滑稽にさえ感じられる。
自分は自分でいいではないか。曲は自分がやりたいものを選んで演奏すればいい。そう、その通りだ。がしかし、超絶技巧の伴う曲が何曲か吹けなかったら、3連を聴く事に慣れた聴衆は満足しなくなる。だから、それを練習しなければならないのだ。
オカリナを止めるなどは考えていない。背伸びをしているのだろうが、等身大では夢がない。この年寄りに、今更指が速く動くと言うのか。色々無理や矛盾はある。だけど、もうちょっとレベルを上げて練習したい。ブログもあるが、はっきりとオカリナ第一を念頭に明日から励みたい。今までのようにブログは書けないかも知れないが、止める訳ではない。
ブログは楽しい。けれどオカリナとの両立は年老いた私には難しいと知った。ブログをアップしていない時、他の用事やコンサートに行っている事もあるだろうが、私はオカリナを練習している。余りにも若くて凄い孫のような茨木智博さんに第2次の衝撃を受けた。無言症になったが、今度はふらふらとよろめきながら立ち向かおうとしている私がいる。白鵬に何度もぶつかって行こうとしている私が・・。ああ、ぶつかる相手が違う。今ぶつかっても最後は殺される、と言うより自分で傷ついて倒れるだろう。何故、何故ここまでやろうとするのか。
たった一度の人生だからかも知れない。
幻想曲 ハ長調 (G.P.テレマ)
ヴォカリーズ (S.ラフマニノフ)
かあさんの歌
光に導かれて(茨木智博)
ギターソロ
ソナタ ニ短調(G.P.テレマン)
【休憩】
星に願いを
もののけ姫(久石譲/森悠也編)
クラリネットポルカ
スペイン
悲しい酒(古賀政男)
セント・トーマス(S.ロリンズ)
サウンド・オブ・ミュージック メドレー(R.ロジャース/森悠也編)
(アンコール)
オリビアを聴きながら
夏の思い出(オカリナトロンボーン)
小犬のワルツ
「私は全国を演奏して回っています。北は新潟から南は神戸まで」。皆は笑った。
「私は全く知らない曲『悲しい酒』を演奏します」。この時は大柴拓のギターがものを言った。
「サウンド・オブ・ミュージックは子供の頃覚えました」。「6年生だったと思う」大柴拓が言った。「そんなら、僕は中学1年生だ」と茨木智博が応えた。また皆が笑った。
明日もコンサートがある。また刺激を受けるだろうが、もう無言症にはならないだろうと思う。
汝自身を知れ、と誰かが言った。けれど、私は、無謀な私しか覗けないでいる。