自信の法則 ジェリー・ミンチントン

「いい人間関係を築く」

38 愛を育てる

☆ 絶えず愛情を表現することを心がけよう。そうして初めて愛は実を結ぶ。




千住真理子さんのバッハ無伴奏ヴァイオリンを聴いた。その両方の素晴らしさに驚嘆したが、バッハの曲がこんなにも凄いとは、実の所思ってはいなかった。それは食わず嫌いと音楽音痴から来るものだった。半世紀以上バッハを聴いていなかった事になり、私の人生に於いては、大いなる損失である。

神からの啓示であり、神からの贈り物だったと思えるバッハの曲群である。広く言えば、音楽は正しく贈り物なのだ。音楽のない世界に、潤いと楽しみがあるであろうか。コンサートに足を運べる喜びに感謝したい。そうして、心に一杯、素敵な音楽を溜め込んで行きたいと思った。

それこそが、自分がオカリナを演奏する為の紛れもない唯一の肥やしとなるのだ。いいものはいい。誰かが言った。


私には音楽用語など殆ど分からない。アダージョだのフーガだの。そこで、今日から3日間に渡り、昨日の演奏のそれらの言葉の説明を、このパンフレットから転記して行こうと思う。「バッハ無伴奏曲用語辞典」として、ヴァイオリンのためのソナタやパルティータのそれぞれの楽章の意味などを載せて、私は音楽の勉強をしてみたいと思った。辞典なんだから、誰もハナから読んでなどくれないだろうけどなあ。



「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ 第1番 ト短調BWV.1001」

3曲の「ソナタ」はいずれもバッハの時代に盛んに作られた緩―急―緩―急という教会ソナタの形式に則っています。この第1番は第1,2,4楽章がト短調、第3楽章が変ロ長調で書かれ、全体を通して張りつめた雰囲気を持っています。

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「ソナタ第1番」のみならず曲集全体の前奏曲とも言える、非常に構えの大きな音楽です。時に深く沈み込み、と思うと不意に浮揚する息の長い旋律が、要所要所で重音奏法により楔のように打ち込まれる低音部の上に流れます。全体を通して強い意志、気概も感じられ、6曲組の大作を書き上げるにあたっての、バッハの覚悟が反映されているかのようです。

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フーガというのは同じ旋律を繰り返し趣向を変えて扱い、絡み合わせながら終結に向かってゆく曲の形式です。非常にシンプルな同音の連なりに導かれて生まれるテーマが、曲の進行とともに千変万化して繰り広げられます。フーガという形式を熟知し、縦横無尽に駆使することのできるバッハの面目躍如とした楽章です。

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シチリアーナとは、イタリアのシチリア島が起源とされるゆったりとした舞曲のことです。長調でありながらほの暗い情趣を秘めた曲調は、緊張感の高い前2楽章とは好対照です。

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つづらおりを思わせる、華麗で急速な終楽章。前半、後半部分に分かれ、一瞬たりとも緩まずに終結まで突き進んでゆきます。以降の「ソナタ」2曲の終曲、あるいは「パルティータ」のジーグなども性格的には類似していますが、こういった楽章でもバッハの音楽は決して単調には陥らず、細かな表情の変化、響きの変化が隠されています。


「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第1番 ロ短調BWV.1002」

3曲のパルティータは、様々な種類の舞曲を組み合わせた組曲の形式を採ります。なかでもこの「第1番」は4つの舞曲の後にそれぞれドゥーブル(変奏曲)が置かれるというユニークな構成。そのため全体の一体感が強いのも特徴の一つです。

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アルマンドとはドイツ風のゆるやかな舞曲のことです。悲劇的、と言ってもおかしくないほど劇的な和音で開始され、振り子のように繰り返されるリズムがゆるやかな流れの中に一貫した緊張感をもたらしています。後半のドゥープルはテンポを速め、淀みなく滑らかなメロディーが流れてゆきます。

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イタリア風の軽快な舞曲。分散和音という、同時にではなく一音ずつ順番に音を鳴らす和音の連なりで曲が開始されます。後半のドゥープルはやはり上下動する分散和音で進みますが、さらに急速なテンポとなり、ヴァイオリン特有の細かな音符の動きが時にはっとするほどの閃きを感じさせます。

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サラバンドはスペインを起源とする緩やかな舞曲で、時に深刻な表情もうかがわせる重々しさに特徴があります。ドゥーブルでは深刻さは影を潜め、慰めに似た落ち着きを感じさせます。

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ブーレはフランスの舞曲で、2拍子の快速なもの。突っかかるような、やや挑戦的な音型が特徴的なブーレ、そしてその激しいブーレを受けて、同様に快速調でありながら緩やかな表情を湛えたドゥーブルへと続きます。



ああ、勉強になった。よくは分からないけど、何十年ぶりの勉強か。楽しいなあ、ちょっとしんどいなあ、勉強。もっと昔から真面目にやっていたらどうだったかと、今頃ちょこっと思ってみたりする。

神は人間に肉体を与え、体全体や五感全部を開放して生きる喜びを(苦しみや悲しみもあるけれど)感じさせようとした。けれど、その自らの意志で今日に導いた生き方だが、音楽は肉体が去った時に残る素晴らしい贈り物だったのではないかと思う。魂に刻まれた音楽は、永遠に唯一人間の心を和らげて行くものとなるだろうと感じている。