自信の法則 ジェリー・ミンチントン
「いい人間関係を築く」
32 いい友だちを持つ (1)多くの点であなたに似ている人。似たような経歴と経験を持っていれば共通点が多く、おたがいの気持ちが通じやすい。 (2)いっしょにいて気持ちが落ち着く人。自分らしくあることができないなら、いっしょにいても楽しくない。 (3)いっしょに笑うことができる人。ユーモアの精神を発揮し、笑いを共有することはとても大切である。 (4)同じ方向を向いている人。明確な目標を持って生きていきたいなら、あなたの努力を理解し、支えてくれる友だちを持つ必要がある。 (5)あなたに敬意を持って接してくれる人。お互いに尊敬のない関係は、めったに長続きしない。
◆「一人の親友は一万人の親族の価値がある」エウリピデス
☆ 友情を大切にし、充実した人生を送ろう。おたがいを理解し、おたがいを高めあえる関係が最高だ。
今日のジェリー・ミンチントンは冴え渡っている。きしくもTさんの告別式に掲げる事が出来た言葉。この5項目を検討すれば、いい人間関係かどうかがすぐに分かる。丁度通信簿のように、5段階で評価してみるといい。
私はTさんを念頭に、それを試みた。
(1)4
(2)5
(3)4
(4)5
(5)5
甘く付ければ「オール5」と言う結果になったと思う。(1)では、どこか似ている。気持ちが通じやすい。その通りだが、似たような経歴と経験がちょっと違うため、4の評価となった。(2)は、いっしょにいて気持ちが落ち着いた。会う度に、また会いたいと思える人だった。(3)になると、確かに一緒に笑える人だが、これは本当に微妙だ。(4)同じ方向を向いていて、私の努力を理解し、支えてくれた人だった。私もTさんに対しては然りである。(5)色々な人から聞くが、私を心から尊敬してくれていたと言う。私も彼に敬意を払っていた。
こんなに素敵な人だった。何も私に都合がいいと言う訳ではない。ミンチントンさんは、そんな事のために人間関係を書いたのではない。
エウリピデスの言葉は何と説得力に富んでいるだろう。「一人の親友は一万人の親族の価値がある」。私は一万人の親族を失ったのか。今になって思う事である。
10時40分に三宮行きのバスに乗った。11時10分でも良かったが、これが私の性格と言おうか、遅れるのは嫌な性分だ。単に心配性なだけの事かも知れない。
案の定、三宮から阪急電車に乗り換えたが、御影駅に着いたのが11時40分頃だった。1時からの葬儀だが、私は12時30分に葬儀社の人と音について話す事になっていた。
中勝寺まで降りて行ったが、まだ11時50分で、再び駅まで戻った。何か食べようと思って戻ったが、時間的に微妙で、それは止めて再びお寺に戻った。まだ余り人のいない式場の椅子に座っていた。昨日話した葬儀社の人が、12時15分頃に入って来た。早速打ち合わせをした。
昨日、葬儀が始まる前に「千の風になって」を演奏して欲しいと、間接的に奥様から言われていた。MDは使えなかったのでCDを持って行った。12時50分から吹き始める事になった。だが、つまみを最大限に回しても、音が小さかった。また別のヴォリュームのつまみを葬儀社の人が回すと、いくらでも大きくなった。もっと大きくなるようにお願いしたが、人がざわついているから、静かになると大きくなると言う事だった。何も演奏会ではないのでコンサートのような音を要求している訳ではないが、全体の音を聴きながら演奏するのは音が広がり過ぎて、音を摑み切れなくなる恐れがある。ならば、音をもっと大きくする必要が、経験上あったのだ。
焼香台のすぐ手前にマイクスタンドを据えた。12時50分はすぐにやって来た。小さくCDがなり始めた。もう一度最初から鳴らすようにお願いした。遺影に向かってお辞儀をした。今度は馬鹿でかい音になり、すぐに適当な音量になった。徐にアルトのC管を吹き始めた。まだ話し声がしていたが、構わず吹いた。後半はソプラノC管に持ち替えて、鋭く透き通った音に切り替えた。もう、喋っている人はいなかった。
私の前には親族が席に着いている。吹き終えてTさんに一礼すると、後ろを振り向いて軽く会釈をした。そのまま座るのは余りにも不躾のように思えたからだ。何とか間違えずに吹けた事を感謝したい。Tさんに聴いて貰う私のオカリナの最期の音だったから。
式が始まり読経が流れ始めた。知恩院派の葬儀だった。遺影の後には、「南無阿弥陀仏」と書いてある。左右は花で飾られ、賑々しい派手なものではなかった。
焼香も済み、皆席を立った。親族が最後に顔を見る為に棺が真ん中に据えられ、お棺の蓋が取られた。後に下がっていた私も一目見たく、棺に近づいた。顔は穏やかに眠っていたが、額や目や鼻や顎は、かなりの傷で一杯だった。出血も激しかっただろうと、容易に想像が付く。思わず涙が流れる。一頻り佇んでいた。
Tさんがメンバーだったオカリナグループが、ロビーで「浜辺の歌」を奏で始めた。6人だったか。音がよく響いた。そしてコンサートのように聴けた。さくらのオカリナを使っていた。棺がその前を通ろうとする時、「エデンの東」に変わった。熱演だと思った。このグループとTさんは一緒に頑張っていたのだ。遂に彼と私とは、一緒に練習する時がなかった。
見送りも仰々しいものではなく、すぐに合掌。最期の見送りをした。オカリナのグループが気になった。このまま帰る訳には行かない。後戻りをして、ロビーまで行ってみた。まだ後片付けをしていた。
「始めまして。○○です。お世話になっています。今日はご苦労さまでした。Tさんは、いつも皆さんの事を誇らしげに話されていました。今日の演奏はとっても上手かったです。ありがとうございました」
そう言って踵を反して歩き始めると、途端に涙が溢れそうになった。素敵なお葬式だった。心より冥福を祈りたい。
もう一度話したかったよ、と言った。昨日も今日も雨は降らず、暑い日差しの中の一服の涼風は、皆と親しく話したくて吹き渡った、千の風だったのかも知れなかった。
「いい人間関係を築く」
32 いい友だちを持つ (1)多くの点であなたに似ている人。似たような経歴と経験を持っていれば共通点が多く、おたがいの気持ちが通じやすい。 (2)いっしょにいて気持ちが落ち着く人。自分らしくあることができないなら、いっしょにいても楽しくない。 (3)いっしょに笑うことができる人。ユーモアの精神を発揮し、笑いを共有することはとても大切である。 (4)同じ方向を向いている人。明確な目標を持って生きていきたいなら、あなたの努力を理解し、支えてくれる友だちを持つ必要がある。 (5)あなたに敬意を持って接してくれる人。お互いに尊敬のない関係は、めったに長続きしない。
◆「一人の親友は一万人の親族の価値がある」エウリピデス
☆ 友情を大切にし、充実した人生を送ろう。おたがいを理解し、おたがいを高めあえる関係が最高だ。
今日のジェリー・ミンチントンは冴え渡っている。きしくもTさんの告別式に掲げる事が出来た言葉。この5項目を検討すれば、いい人間関係かどうかがすぐに分かる。丁度通信簿のように、5段階で評価してみるといい。
私はTさんを念頭に、それを試みた。
(1)4
(2)5
(3)4
(4)5
(5)5
甘く付ければ「オール5」と言う結果になったと思う。(1)では、どこか似ている。気持ちが通じやすい。その通りだが、似たような経歴と経験がちょっと違うため、4の評価となった。(2)は、いっしょにいて気持ちが落ち着いた。会う度に、また会いたいと思える人だった。(3)になると、確かに一緒に笑える人だが、これは本当に微妙だ。(4)同じ方向を向いていて、私の努力を理解し、支えてくれた人だった。私もTさんに対しては然りである。(5)色々な人から聞くが、私を心から尊敬してくれていたと言う。私も彼に敬意を払っていた。
こんなに素敵な人だった。何も私に都合がいいと言う訳ではない。ミンチントンさんは、そんな事のために人間関係を書いたのではない。
エウリピデスの言葉は何と説得力に富んでいるだろう。「一人の親友は一万人の親族の価値がある」。私は一万人の親族を失ったのか。今になって思う事である。
10時40分に三宮行きのバスに乗った。11時10分でも良かったが、これが私の性格と言おうか、遅れるのは嫌な性分だ。単に心配性なだけの事かも知れない。
案の定、三宮から阪急電車に乗り換えたが、御影駅に着いたのが11時40分頃だった。1時からの葬儀だが、私は12時30分に葬儀社の人と音について話す事になっていた。
中勝寺まで降りて行ったが、まだ11時50分で、再び駅まで戻った。何か食べようと思って戻ったが、時間的に微妙で、それは止めて再びお寺に戻った。まだ余り人のいない式場の椅子に座っていた。昨日話した葬儀社の人が、12時15分頃に入って来た。早速打ち合わせをした。
昨日、葬儀が始まる前に「千の風になって」を演奏して欲しいと、間接的に奥様から言われていた。MDは使えなかったのでCDを持って行った。12時50分から吹き始める事になった。だが、つまみを最大限に回しても、音が小さかった。また別のヴォリュームのつまみを葬儀社の人が回すと、いくらでも大きくなった。もっと大きくなるようにお願いしたが、人がざわついているから、静かになると大きくなると言う事だった。何も演奏会ではないのでコンサートのような音を要求している訳ではないが、全体の音を聴きながら演奏するのは音が広がり過ぎて、音を摑み切れなくなる恐れがある。ならば、音をもっと大きくする必要が、経験上あったのだ。
焼香台のすぐ手前にマイクスタンドを据えた。12時50分はすぐにやって来た。小さくCDがなり始めた。もう一度最初から鳴らすようにお願いした。遺影に向かってお辞儀をした。今度は馬鹿でかい音になり、すぐに適当な音量になった。徐にアルトのC管を吹き始めた。まだ話し声がしていたが、構わず吹いた。後半はソプラノC管に持ち替えて、鋭く透き通った音に切り替えた。もう、喋っている人はいなかった。
私の前には親族が席に着いている。吹き終えてTさんに一礼すると、後ろを振り向いて軽く会釈をした。そのまま座るのは余りにも不躾のように思えたからだ。何とか間違えずに吹けた事を感謝したい。Tさんに聴いて貰う私のオカリナの最期の音だったから。
式が始まり読経が流れ始めた。知恩院派の葬儀だった。遺影の後には、「南無阿弥陀仏」と書いてある。左右は花で飾られ、賑々しい派手なものではなかった。
焼香も済み、皆席を立った。親族が最後に顔を見る為に棺が真ん中に据えられ、お棺の蓋が取られた。後に下がっていた私も一目見たく、棺に近づいた。顔は穏やかに眠っていたが、額や目や鼻や顎は、かなりの傷で一杯だった。出血も激しかっただろうと、容易に想像が付く。思わず涙が流れる。一頻り佇んでいた。
Tさんがメンバーだったオカリナグループが、ロビーで「浜辺の歌」を奏で始めた。6人だったか。音がよく響いた。そしてコンサートのように聴けた。さくらのオカリナを使っていた。棺がその前を通ろうとする時、「エデンの東」に変わった。熱演だと思った。このグループとTさんは一緒に頑張っていたのだ。遂に彼と私とは、一緒に練習する時がなかった。
見送りも仰々しいものではなく、すぐに合掌。最期の見送りをした。オカリナのグループが気になった。このまま帰る訳には行かない。後戻りをして、ロビーまで行ってみた。まだ後片付けをしていた。
「始めまして。○○です。お世話になっています。今日はご苦労さまでした。Tさんは、いつも皆さんの事を誇らしげに話されていました。今日の演奏はとっても上手かったです。ありがとうございました」
そう言って踵を反して歩き始めると、途端に涙が溢れそうになった。素敵なお葬式だった。心より冥福を祈りたい。
もう一度話したかったよ、と言った。昨日も今日も雨は降らず、暑い日差しの中の一服の涼風は、皆と親しく話したくて吹き渡った、千の風だったのかも知れなかった。