自信の法則 ジェリー・ミンチントン

「楽しく生きる」

27 幸運をつかむ (1)計画:自分が何をしたいかをはっきりさせる (2)準備:努力を積み重ねて能力を伸ばす(3)機会:日ごろの成果を発揮する場を見つける

◆「努力に応じて結果が出る。私は中途半端な努力をしない。中途半端な努力では中途半端な結果しか出ないからだ」マイケル・ジョーダン

☆ 日ごろから才能に磨きをかけて、幸運をつかむ努力をしよう。幸運の秘訣は、計画を立て、準備をし、機会を利用することだ。




ベスト16のまま、日本はパラグアイに負けた。力尽きたのではなく互角に戦って0-0。30分の延長でも勝負は着かず、PK戦となった。これは運としか言いようがない。あっさりゴールシュートの数で決まるのだから。他に納得の行く方法があればいいけれど、決着を着けなければならないサッカーに就いては、致し方がないと思う。ジャンケンと同じ事ではないかと思うけれど、救われるのは選手が順番にボールを蹴る所である。

試合でゴールシュートを決めるのも計算通りにはならなく、これも運不運に2分される。でも、よく闘ったと思う。久し振りに夢を与えてくれた。これ程サッカーを夢中になって観た事はなかった。まだ夜明け前の暗い3時半からの試合も目を凝らして観たのである。

日本中心に見れば悔しさも残るだろうが、全体から眺めると、流石にまだまだ強いチームはある。ブラジルとチリの一戦でも、ブラジルの強さと上手さとしたたかさが窺える。ただ、日本チームを応援する者としては、ブラジルと戦わせたかった。

夢は途切らせないで次に繋ごう。E組で2位になれた事だって何かの要因があっての事だ。そこを抜け出せた事も、簡単な事ではなかった。日本は終わったけれど、世界一の雌雄を決する日はまだ来ていない。それを静かに見届けたい。

日本チーム。素晴らしい試合をありがとう。選手の活躍は本より、岡田監督の笑顔が一瞬たりとも見られた事は幸運だった。



今日の朝日新聞の「声」から一つ。

2010.6.30 
山椒の佃煮つくり、故人を偲ぶ
                 無職 岡 国太郎(岡山県瀬戸市内 61)

先日、鳥取県の倉吉に出かけた。途中の「道の駅」で、パック詰めの山椒の実が販売されていた。その青い実を見て、昨年まで勤務していた職場でお世話になった、「おっちゃん」「おばちゃん」とよばれていたご夫妻(いずれも故人)を思い起こした。2人は梅雨時になると、自宅の裏山で採れる実山椒を佃煮にして届けてくれていたからだ。

1パック買い、帰宅後インターネットで山椒のつくり方を検索。自分でつくってみることにした。山椒の実をゆで、1粒ずつちぎるなど、結構手間がかかる。煮上がった佃煮は、初めてにしてはまずまずの出来栄えとなった。

味見がてら1粒口に入れてかみ砕いてみた。山椒特有の辛みと香りが舌と鼻を刺激し、「山椒は小粒でもぴりりと辛い」という言葉の意味に思いを致すことができた。

おっちゃんが「この佃煮はこれからの季節には重宝しますよ。弁当のご飯の上にまぶしておくとご飯が傷まないですから」と話していたことも懐かしく思い出される。

私は弁当を持ち歩く生活をしていない。できあがった佃煮は、イワシなどの青味魚の煮付けに添えて、辛みと香りを晩酌の際に楽しむつもりだ。小柄だったご夫妻を山椒の実になぞらえて偲びつつ。



この「ご夫妻」もおっちゃん、おばちゃんと呼ばれて親しまれる優しい人だった事が想像出来る。それに加えて、この記事を書いた岡さんが、山椒の実を道の駅で見つけ、それを買って帰り初めて佃煮を作って故人を偲んだ、と言う事に心を打たれる。

人間は、どれだけ人との心の触れ合いが持てたか、と言う事が大切なように思う。岡さんはそんな意味で、一つの幸せな交わりを持たれたと思う。中々こんな事が出来ない世の中だし、心の触れ合いなどとても出来ない時代だ。けれど、そうする事、そう出来る事は、人間としての最高の幸せではないか。寧ろ、その触れ合いを求めて生まれて来ているような気がするのだ。

人間、心の触れ合いがあれば、孤独である事はない。人や友を心から大切にしたい。