自信の法則 ジェリー・ミンチントン

「夢をかなえる」

12 目標を高く設定する

◆「ほとんどの人にとって最大の危険は、目標が高すぎて達成できないことではなく、目標が低いために達成してしまうことである」

☆ 簡単な目標から始めてもいいが、それに甘んじてはいけない。高い目標に挑戦してこそ、大きな成長を遂げることができる。




「春秋」と言えば孔子がその一端を書いたとも言われているが、この春秋は現代では社説やコラムの名前になっている。

どれが社説でどれがコラムかはっきりしないので断言出来ないが、「中日春秋」と言うのがあれば西日本新聞の社説で「春秋」がある。また日本経済新聞のコラムでも「春秋」を使っていると思う。えらい人気のある2文字だ。「夏冬」とか「冬夏」は何故ないのだろう。

実は手元に黄色く焼けた第1面のコラムの切れ端が2枚ある。ある人が封書に入れて手紙と一緒に送ってくれていて、大切に取っておいたものだった。多分日経のものではないかと思うが、間違っていたらお許しを。

その2枚を、今日は併記転載して置こう。いつのものかは分からない。



春秋

新緑に包まれた小さな住宅団地。橋を渡ると小学校がある。平和そうだ。のどかだ。だが凶行はその風景のなかで起きた。秋田県藤里町の小一男児が殺害され能代市で見つかった事件。また子どもの犠牲を許してしまった。暗然とする。

この半年間だけでも、下校中などに幼い命が奪われる悲劇が繰り返されている。大都市より地方に多いのも気になる。古くからのコミュニティーが崩れ、近隣への関心が薄れ、犯罪を誘い込みやすくしているのかもしれない。学校は通学路の安全確保に必死だが、町にいつも「大人の目」が光っていてこその話だ。

異変を見逃さない「プロの目」を持つはずの警察は大丈夫だろうか。今回の事件の一ヶ月ほど前には、二軒隣の小四女児が近くの川で水死体になって発見された。秋田県警は事故との判断を固めていたが、地元では不信感が強く、遺族が独自に情報提供を呼びかけていたほどだ。そんな最中に今度の犯行は起きた。

予断は禁物だ。しかし女児の死が偶然の出来事なのかどうか。沓掛哲男国家公安委員長は「当初から事故と事件両面で捜査している」と述べているが、遺族や地域住民には釈然としない思いが募るだろう。「検挙に勝る防犯なし」。この格言を生かしてほしい。栃木県日光市の小一女児殺害も未解決のままである。



春秋

写生の時間、木を紫色に塗った小学生がいた。普通は黒か茶。「一番好きな木だから一番好きな色を木にあげた」と言う子に、代理教員はこっそり紙製の金メダルを与えた。「いい成績はあげられないけど先生はこの絵を素晴らしいと思う」との言葉を添えて。

ある歌手のラジオ番組に、代理教員がこの思い出を投稿した。偶然放送を聞いた生徒から教員に届いた手紙には、紙のメダルを首に下げた青年の写真が同封されていた。美大に進学し今は画家の卵。メダルを壁に飾り励みにしてきたそうだ。(さだまさし『本気で言いたいことがある』)。

若いころは子供たちの成長を「待つ」ことができず、放っておいても出てくる芽を踏みつぶしてしまった。「いまは子供を信じて、じっと待つことが出来るようになりました」。老練教師の述懐を随筆集『命の器』で紹介するのは作家、宮本輝氏だ。「この方のクラスの子供たちはしあわせだ」と宮本氏は思う。

「愛」を「教育」するための法律改正の審議が国会で始まった。「愛って何?」と生徒たちに聞かれたら、教師はどう答えるのだろう。血を分けた我が子でもない生徒たちを真摯に愛する教育者の姿そのものが、いずれ隣人愛や年長者への敬意を次代の心に育む。そんな物語は過ぎた時代のおとぎ話なのだろうか。



愛する、それは待つ事も入っているのだろう。代理教員の心がこの小学生の心に熱く流れ、それは熟成して行った。木を紫色に塗ったこの子が、やがて美大に進学するとは。

方や余りにも惨い殺害された小学生の姿。この世は安住の世ではないのだ。その中で、矢張り天使と悪魔が同居する。


さて、「最大の危険は、目標が高すぎて達成できないことではなく、目標が低いために達成してしまうことである」とジェリー・ミンチントンは述べているが、これは目から鱗の一節だった。

対カメルーン戦で貴重なゴールを決めた本田選手は、小学2年生からサッカーを始め、その頃の目標がはっきりしていた。将来の夢は「ワールドカップに出場する事だ」と書いている。余りにも高い目標だと思われるだろうが、ミンチントンの言葉と一致する。こうして、目標を傍目から見れば不可能とも思われる程の高い所に置いていた。具体的なそれは、途切れぬ努力と精神力で、今叶っているのである。イチロー選手も石川遼選手も同じなのだ。

物理的に遅いと言う事はあっても、やりたいと言う思いに遅いと言う事はない。60の手習いとは、そう言う事を言っている。躊躇しないで、諦めず挑戦し続ける事が、石をダイヤモンドに磨き上げる事になる。