自信の法則 ジェリー・ミンチントン
「夢をかなえる」
10 小さな変化を起こす
☆ 小さな変化を起こすことに地道に取り組もう。小さな変化が成功につながる。
昨日の12日の事だ。
寝たのは12日に入ってからで、起きたのが4時過ぎだった。
連れ合いと、朝6時に、正確に言うと6時8分に福山に向けて発った。大型トラックに前後を挟まれたり、スピードを上げて追い越されたりしながら、目的地に着いたのは8時50分頃だった。ここは、幼稚園が借りた広い広い土地だった。今日は孫の運動会だったのだ。
吃驚したのは、中国の昔に東屋風の男女が語り合ったりする建物があるが、まるでそんな形のテントがあり、同じようなものが10くらい個人で設営されていた事だった。
孫は年少組だ。並んでいる所に行ってみると、照れ臭そうにしていた。大きい方なので、後にいる。落ち着きなくあちこち動き回っていた。時には、友達と突き合ったり、女の子に話しかけられて、何か一言喋ったみたいだった。普通なら、「ちゃんとしなさい」などと言う所だろうが、何だか知らないが自分の孫だと思うと、それも可愛いと思えた。
子供達を見る余裕が出て来た所為もあるだろう。また、私が幼稚園の頃もきっとこんな風で落ち着きがなかったのだろうなと思えて、苦笑してしまったからでもある。
何とかシートを広げる事が出来たみたいで、そこに座ると日差しがきつかった。この日に限って燦々と容赦なく照りつける太陽は、流石に熱いと思わせた。同時に、あの太陽が、これ程までに地上に熱を送ってくれているかと思うと、その凄まじいエネルギーを思うと共に、自分がこの太陽によっても生かされていると感じる事が出来た。
孫は、2クラスある中で黄色い帽子を被っていた。担任のY先生が好きで、娘が、
「Y先生が『トムとジェリー』は見ない方がいいと言っていたよ」
と言ったその日から、ピタリと、あれだけ全巻を何度も飽きずに見ていた孫が、見るのを止めたそうだ。そんな影響を与える優しい先生とはどんな先生なのだろう。娘にコッソリ聞くと、黄色い帽子達の先にそのマドンナがいた。なる程と思った。優しそうだった。
私はオリックスのVIPの帽子を被っていた。上の娘が宮古島のキャンプでオリックスガールに選ばれた時に貰った帽子で、普段あまり帽子は被らない筈の私のお気に入りだ。娘はガールと言うにはかなり年齢オーバーだが、その期間中とは言え、採用された事には疑問が残る。お陰で清原とツーショットで写した写真があるが、「清原って誰?」と言ったのには閉口した位だから。どちらにしても今日は被っていなければ、頭は爆発だった。被って来て、本当によかった。
6番は、年少組の徒競走だ。ここでは一番下のクラスだ。4人ずつ走った。固まって手を繋ぎながら走るグループもある。孫も、走っているのが楽しいと言う雰囲気で、日頃練習で「いつも1番だよ」と言っていた割りには、この分だと、全員1番と言った方が当たっていた。
12番は年少組の遊戯で「動物園は楽しいな」だった。これは予想外だったが、一生懸命踊っていた。
14番は親子遊戯で、母親と一緒に出た。ここでデジカメの電池切れだった。旦那は手伝いに借り出されていて、グラウンドに如雨露で水を撒いていたので、それを携帯カメラで写した。
「なかよしうさぎのキャロット運び」で、親も子も、うさぎのリングを被っていた。大きな人参を運ぶ所があっかんだった。
孫は15番目も出演だ。これぞ私達がこの運動会に来た大きな目的だった。保護者会競技で、祖父母と園児の「パン食い競争」だった。孫と手を繋ぎ走った。抱っこしてパンを孫に取らせる競技だが、孫が抱かなくてもいくらでも取れる高さだった。これでは抱っこすると引っ張ると言う事が出来ない。一端下ろして、それでももう一度抱き上げた。そうでないとルール違反だと思った。孫は嬉しそうだった。それがこの「パン食い競争」の主旨だろう。
余りにも小さなパン。2つに割って分けたが、胡桃の味はしたものの一瞬の出来事だった。
20番は保護者対抗リレーで、これは迫力があった。4チームだった。怖いアンチャン風の男だったが、前につんのめって転び、気の毒な気がした。足が縺れるのだろう、それから何人もの男が転んだ。ヘッドスライディングは心積もりがある。けれどこれは突然だ。痛そうだった。私も20代だったら負けないだろうなと思った。けれど今は、若者を尊敬する気にもなる。もう一つ思ったのは、ここで浅原さんが走ったらどうだっただろうか、と言う事だ。仕様もない想像だが、速いだろうなあ。
1位、年中組。2位、年少組。3位、年長組。4位が一番盛り上がっていた。女性だけの先生チームだった。「ばんざーい、ばんざーい」、当然のように喜んでいる風が窺えた。
21番の閉会式が終わり、園児は全員メダルを首に掛けて貰っていた。時間はかかったが、ここが子供達の喜ぶ場面だ。オリンピックのメダルのように大きく、中を開けると子供の写真が貼ってある。いいフィナーレだった。お土産を貰い、年少組だけは親に引き渡されて解散した。
今日は、孫の誇らしい日だった。1日中いい顔をしていた。
昼食を5人で食べた。ガストは結構旨いと思う。私と旦那はジョッキーで先ず乾杯。ハンバーグと海老は旦那。ハンバーグと鶏肉は私。私はピリ辛で、キムチが乗っていた。喉は渇く。2杯目のジョッキー。
ポテトフライを頼み、シュウマイを頼み、旦那と3杯目のジョッキーを飲み干した。疲れが程よく体に回った。孫の家に帰ると、暫く準備をして、4人が乗り込んだ。連れ合いの運転で、私と娘と孫が神戸に帰る。短期滞在だが、少ししたら旦那が迎えに来る。
楽しい1日だったが、私は大火傷。腕が痛い。まっかっかだ。凄い色で痛ましい。段々黒くなるだろうが、今は赤い。久し振りと言っても、随分昔以来の日焼けだ。忘れられない楽しい痛みとなったけれど、ひりひりする。風呂に入るのが怖い。
「夢をかなえる」
10 小さな変化を起こす
☆ 小さな変化を起こすことに地道に取り組もう。小さな変化が成功につながる。
昨日の12日の事だ。
寝たのは12日に入ってからで、起きたのが4時過ぎだった。
連れ合いと、朝6時に、正確に言うと6時8分に福山に向けて発った。大型トラックに前後を挟まれたり、スピードを上げて追い越されたりしながら、目的地に着いたのは8時50分頃だった。ここは、幼稚園が借りた広い広い土地だった。今日は孫の運動会だったのだ。
吃驚したのは、中国の昔に東屋風の男女が語り合ったりする建物があるが、まるでそんな形のテントがあり、同じようなものが10くらい個人で設営されていた事だった。
孫は年少組だ。並んでいる所に行ってみると、照れ臭そうにしていた。大きい方なので、後にいる。落ち着きなくあちこち動き回っていた。時には、友達と突き合ったり、女の子に話しかけられて、何か一言喋ったみたいだった。普通なら、「ちゃんとしなさい」などと言う所だろうが、何だか知らないが自分の孫だと思うと、それも可愛いと思えた。
子供達を見る余裕が出て来た所為もあるだろう。また、私が幼稚園の頃もきっとこんな風で落ち着きがなかったのだろうなと思えて、苦笑してしまったからでもある。
何とかシートを広げる事が出来たみたいで、そこに座ると日差しがきつかった。この日に限って燦々と容赦なく照りつける太陽は、流石に熱いと思わせた。同時に、あの太陽が、これ程までに地上に熱を送ってくれているかと思うと、その凄まじいエネルギーを思うと共に、自分がこの太陽によっても生かされていると感じる事が出来た。
孫は、2クラスある中で黄色い帽子を被っていた。担任のY先生が好きで、娘が、
「Y先生が『トムとジェリー』は見ない方がいいと言っていたよ」
と言ったその日から、ピタリと、あれだけ全巻を何度も飽きずに見ていた孫が、見るのを止めたそうだ。そんな影響を与える優しい先生とはどんな先生なのだろう。娘にコッソリ聞くと、黄色い帽子達の先にそのマドンナがいた。なる程と思った。優しそうだった。
私はオリックスのVIPの帽子を被っていた。上の娘が宮古島のキャンプでオリックスガールに選ばれた時に貰った帽子で、普段あまり帽子は被らない筈の私のお気に入りだ。娘はガールと言うにはかなり年齢オーバーだが、その期間中とは言え、採用された事には疑問が残る。お陰で清原とツーショットで写した写真があるが、「清原って誰?」と言ったのには閉口した位だから。どちらにしても今日は被っていなければ、頭は爆発だった。被って来て、本当によかった。
6番は、年少組の徒競走だ。ここでは一番下のクラスだ。4人ずつ走った。固まって手を繋ぎながら走るグループもある。孫も、走っているのが楽しいと言う雰囲気で、日頃練習で「いつも1番だよ」と言っていた割りには、この分だと、全員1番と言った方が当たっていた。
12番は年少組の遊戯で「動物園は楽しいな」だった。これは予想外だったが、一生懸命踊っていた。
14番は親子遊戯で、母親と一緒に出た。ここでデジカメの電池切れだった。旦那は手伝いに借り出されていて、グラウンドに如雨露で水を撒いていたので、それを携帯カメラで写した。
「なかよしうさぎのキャロット運び」で、親も子も、うさぎのリングを被っていた。大きな人参を運ぶ所があっかんだった。
孫は15番目も出演だ。これぞ私達がこの運動会に来た大きな目的だった。保護者会競技で、祖父母と園児の「パン食い競争」だった。孫と手を繋ぎ走った。抱っこしてパンを孫に取らせる競技だが、孫が抱かなくてもいくらでも取れる高さだった。これでは抱っこすると引っ張ると言う事が出来ない。一端下ろして、それでももう一度抱き上げた。そうでないとルール違反だと思った。孫は嬉しそうだった。それがこの「パン食い競争」の主旨だろう。
余りにも小さなパン。2つに割って分けたが、胡桃の味はしたものの一瞬の出来事だった。
20番は保護者対抗リレーで、これは迫力があった。4チームだった。怖いアンチャン風の男だったが、前につんのめって転び、気の毒な気がした。足が縺れるのだろう、それから何人もの男が転んだ。ヘッドスライディングは心積もりがある。けれどこれは突然だ。痛そうだった。私も20代だったら負けないだろうなと思った。けれど今は、若者を尊敬する気にもなる。もう一つ思ったのは、ここで浅原さんが走ったらどうだっただろうか、と言う事だ。仕様もない想像だが、速いだろうなあ。
1位、年中組。2位、年少組。3位、年長組。4位が一番盛り上がっていた。女性だけの先生チームだった。「ばんざーい、ばんざーい」、当然のように喜んでいる風が窺えた。
21番の閉会式が終わり、園児は全員メダルを首に掛けて貰っていた。時間はかかったが、ここが子供達の喜ぶ場面だ。オリンピックのメダルのように大きく、中を開けると子供の写真が貼ってある。いいフィナーレだった。お土産を貰い、年少組だけは親に引き渡されて解散した。
今日は、孫の誇らしい日だった。1日中いい顔をしていた。
昼食を5人で食べた。ガストは結構旨いと思う。私と旦那はジョッキーで先ず乾杯。ハンバーグと海老は旦那。ハンバーグと鶏肉は私。私はピリ辛で、キムチが乗っていた。喉は渇く。2杯目のジョッキー。
ポテトフライを頼み、シュウマイを頼み、旦那と3杯目のジョッキーを飲み干した。疲れが程よく体に回った。孫の家に帰ると、暫く準備をして、4人が乗り込んだ。連れ合いの運転で、私と娘と孫が神戸に帰る。短期滞在だが、少ししたら旦那が迎えに来る。
楽しい1日だったが、私は大火傷。腕が痛い。まっかっかだ。凄い色で痛ましい。段々黒くなるだろうが、今は赤い。久し振りと言っても、随分昔以来の日焼けだ。忘れられない楽しい痛みとなったけれど、ひりひりする。風呂に入るのが怖い。