自信の法則 ジェリー・ミンチントン

「自分を大切にする」

06 自信をつける

☆ 成功の青写真を思い描いて、そのとおりに行動してみよう。イメージトレーニングは、成功をおさめるためのリハーサルだ。




朝9時にコープで「ポギキムチ」を買って、マリーさんとシマさんに渡す積もりだった。所が、コープが開くのは9時の筈が、いつからか9時30分になっていた。チサンホテルの前で9時40分位に会う予定だったが、これでは10時は愚か、10時20分にも私が待ち合わせ場所に着くかどうかである。

シマさんと、キムチを諦めるかどうかの相談をした。シマさんは、9時半に、私が買う事にしているコープへマリーさんと来るのはどうかと言った。手は色々あるものだと感心した。どうせ西の方へ来るのだから時間的なロスはなく、寧ろ計画通りに進められるのではないかと思った。

家を出てバス道に立った。9時40分になっても姿がない。携帯に掛けても繋がらない。するとすぐに彼から電話があり、もうコープにいると言う。私はすぐにコープに走った。まだ彼らは買っていなかったが、私が推薦するキムチに目を付けていた。私がそれを取り上げると、納得していた。これは私からのお土産にした。シマさんのお陰で、お金の心配は殆どしていなかったので。

明石海峡大橋を渡った。久し振りにそのスケールの大きさに感動した。
ケーブルの長さ、4,073m。ケーブルの直径、112cm。素線の直径、5.23mm。
ケーブルの構成:ケーブルのストランド数、290本。ストランドの素線数、127本。ケーブルの素線数、36,830本。
ケーブルの全重量、50,460トン。

橋を渡り切った所から暫く走り、大きなSAに入った。そこから遠くに見える明石海峡大橋を背景に写真の撮り合いをした。雨は降らないが、靄に煙ったようで、橋の全貌はくっきり見えていた訳ではない。仕方がないので、人物を大きくして際立たせた。

シマさんの計画書通りに、次は五色塚古墳へと向かった。その途中、車の中で、マリーさんと「浜千鳥」のコラボをした。マリーさんの3連「イカロス」を借りて「白鳥」や「トロイメライ」や「亜麻色の髪の乙女」を吹き、1Cでは「主よ、人の望みの喜びよ」を吹いた。それは揺れる車の中、音が安定しない。おまけに、ややゆっくり吹いたので息継ぎがおかしくなり、ついでによく間違った。そんな音をマリーさんにバッチリ録られてしまったので、もう顔も体もやり場がない程に萎れてしまった。

間違おうが、どうであろうが、そんな事は本当は重要ではない。確かな事実が存在する方が、もっと重要な事だった。マリーさんは、きっとこのハチャメチャな私の録音を聴きながら、シマさん運転の車の中での状況を鮮明に思い出し、当分我が家でニヤニヤする事だろう。

五色塚古墳の最初の記事は日本書紀に見られ、それには「仲哀天皇の偽の墓で、葺石は淡路島から船で運んできた」と書いてあるそうだが、すべて丁寧に造られ、人が葬られる石室の石材が出土している事から、偽物とは考えられないと言う。

この古墳は前方後円墳で、全長は194mもある兵庫県では一番大きい古墳だ。西側には円墳で直径70mなる小壷古墳が築かれている。

五色塚古墳は全国的には40番目位の大きさで、同じ時期のものと比べると、奈良県北部の大王墓(佐紀古墳群)と肩を並べると言う。この古墳に葬られている人は、明石海峡とその周辺を支配した豪族だと言われている。

次に向かったのは、垂水漁港のみやげもの直売場。時間がないので割愛されかけたが、悔いが残るといけないので5分間勝負を挑んで、神戸の名物「いかなご」を買った。それは勿論マリーさんだ。

車をUターンさせ、2号線を東に向かった。その向かう先は、新長田駅のすぐ南側にある「ちえ」と言う、明石焼き(たこ焼き)を食べさせてくれる店だった。昼なので定食がある。3人ともそれにした。

丸いふんわりした明石焼きが小さな台に10個乗っている。刻んだ芹のようなものを入れた器にだし汁をなみなみと注ぎ、それに浸けて食べる。最初は恐ろしく明石焼きが熱い。一度に頬張ると口の中が火事になる。上にどろっとしたソースを塗って食べても美味いが、蛸は必ず一切れが入っている。

私が職場帰りなどに一人で来ていた頃は、明石焼きを食べる前に、ビールと明石蛸の煮付を注文していた。今日はビールと蛸は削除である。珍しそうにマリーさんが食べている神妙な顔が面白かった。

時間も押している。すぐ近くにある鉄人28号を見に行った。その辺を驚きながら走ったりポーズを取ったりしているマリーさんは、ガリバーと小人の国の小人のようだった。足首の辺りがマリーさんの背丈なのだ。18メートルと言われるこの巨大ロボットは、初めて見る人には大いに土産話になる。

少し時間がある。シマさんがよく演奏する「琉球ワールド」へ行った。マリーさんの目に付いたものは、琉球のグラスだった。選んでいるのに邪魔になるといけないので、シマさんと私は焼酎を見て回った。43度ともなると、小さな瓶で6000円以上するものはざらにある。

いよいよ最終段階だ。三宮へ向かう。JRの三宮駅の南側を西にちょこっと歩くと、関西空港行きと伊丹空港行きのバス乗り場がロープ1本で並んである。出発までに時間は30分近くある。ここは神戸だ。神戸で珍しくなくても、秋田では違うかも知れないし、あっても味がまた違っているかも知れない。

一貫楼へ連れて行った。私は3個買い、家で食べる積もりにした。マリーさんは5個買った。家で神戸の味の豚まんを、皆で食べる事だろう。そして、次に行ったのが、ハート・インだ。駅構内にあると言っても誰も疑わないだろうこのコンビニには、土産を買いそびれた人が買ってもおかしくないお菓子類が幾種類も置いてある。

「見るだけだよ」

「はい」

と返事をしても、マリーさんの顔が笑っている。連れて来たのが良かったのか悪かったのか。

「お薦めは、どれですか」

この言葉が何を意味するかはすぐお分かりだろう。

「そうだね。このラスクとチーズケーキと神戸プリンかな」

と言うと、外で大きな旅行カバンの番をしているシマさんの所へ行った。

「やっぱり買いよった」

「連れて来たらあかんねん」

そんな事を話していると、手に土産袋を提げたマリーさんが出て来た。

ゆっくりとバス乗り場に歩いて行った。2時頃だっただろうか。まだバスは来ていない。2時15分に伊丹空港へのバスが出る。

「本当によく来てくれたね。訳も分からない所へ、普通は来ないだろうのにね」

「いえいえ、シマさんと詩さんの演奏を聴きたいので来ました」

秋田と言っただけで先ず遠い事がよぎる。しかし、現代の事情はそれを覆す。飛行機では1時間30分で到着するのだ。その前後の乗り物に要する時間の方が、遥かに長い事が多い位だろう。

やがて、3人はもう、余り喋らなくなった。シマさんと私はにっこり微笑んでいた。マリーさんは、時々目頭を押さえている。

「私は、泣く事なんて滅多にないんですけどね」

と言った。情感や感性が豊かで素敵な人だった。別れとなると、お互いどう自分を取り繕っていいのか実際の所は困るのだ。

殆ど先頭に並んでいたので、バスが来ると旅行カバンに係員からタグを付けて貰い、すぐに乗り込んで行った。別れの言葉を言うのが辛かったからかなと、シマさんは言った。

窓際に座ったマリーさんは俯いていた。私達も座っている窓際のマリーさんを見上げながら、同じ思いだった。

バスが動き出すと、マリーさんはやっと私達を見て、手を振った。私達も手を振り返した。ちょっとバスが離れただけで、もう大きなガラスに映った顔は消えていた。

こうして、夢と現が交錯する時間は、水溜りの中のような世界に変わって行った。やがて土が顕になり、水溜りの揺れも消え失せて、カレンダーの日だけが過ぎていた事に気付くだろう。

私は、シマさんと別れると新長田に戻り、携帯の料金が高いので見直しをして貰った。待った割りには、何の改善策も見出せなかった。私の通話時間が長かっただけなのだった。

その話中にマリーさんから電話があった。伊丹空港に着いたと言う知らせだった。見直し中でなかったら、事務的な話で終わらずに少しは楽しく話せたのにと思うと、残念でもありながら、マリーさんも、どうしてかなと感じていたかも知れない。それはこのブログで納得してくれると思う。3時頃だったかな。

秋田空港に着いてからがまた長いと言っていた。ざっと1時間半から3時間かかるらしい。4時55分伊丹発の予定だったから、娘さんが迎えに来てくれているそうなので、どんなに遅くても8時には家に着いているだろう。すると、もう家だ。

「お疲れ様。そして、本当によく来てくれました。とっても嬉しかったですよ」。

私は、マリーさんの熱意と真心を心から感じていた。ブログで長い間語り合って来た交流があって、やっと実現した途轍もなく素晴らしい出会いだったと思う。