これから50回、アメリカの作家であるジェリー・ミンチントンの言葉を冒頭に載せてから、その日のブログを書いて行こうと思う。どれかの言葉が参考になるかも知れないので。その言葉とブログの内容とは全く無関係である事を付記して置きたい。
自信の法則 ジェリー・ミンチントン
「自分を大切にする」
01 自分を受け入れる (1)完璧である必要はない。あるがままの自分を受け入れればいいのだ。変えたい部分は誰にでもあるものだが、それも自分の一部なのだから受け入れる必要がある。 (2)自分をあまり厳しく批判してはいけない。時には好ましくない行動をすることもあるが、だからといってダメな人間というわけではない。それはむしろ正常な人間である証しなのだ。
☆ 完璧でなければならないという思い込みを捨てよう。まず、あるがままの自分を受け入れることが大切だ。
行って来た。観て来た。観て良かったと思った。
三宮の国際会館の11階に松竹はある。目当ての映画は「RAILWAYS」だ。火曜日はシルバーも女性も全部1000円だったので、態々免許証や保険証を証明の為に持って来る必要がなかった。午後3時50分からの上映は、半分位の客しか入っていなかった。土曜からだったが、土日に行かなくて良かったかも、と思う。多分満員で、前買指定券も買えなかっただろう。これから映画を観るなら、火曜日に限る。
途中から、じわっと滲むものがあった。私の故郷が舞台だからでも、今も走っている一畑電鉄が、この映画の主軸になっているからでもなかった。素朴な自然がそこにあり、オレンジ色で窓の下に横一直線に引かれた白線の2両編成の車両が、何度も走ったからだった。
東京の会社で地位も高かった筒井肇(中井貴一主演)は、会社を辞め49歳で一畑電鉄の運転手になった。小さい頃からこの一畑電鉄の運転士になりたかった。その夢を、会社や地位を捨てて、50歳になろうとする頃に実現させた。
余りあらすじを書くのは控えよう。これから観る人がいるかも知れないからだ。
素朴で、ノスタルジーに満ち、田畑を含めて自然の素晴らしさを感じさせてくれる映画だった。出演者も、並べただけで皆よく知っている俳優だろう。中井貴一、高島礼子、奈良岡朋子、宮崎美子、橋爪功、佐野史郎。娘役の本仮屋ユイカの演技も光った。そして、主人公と同期入社の20代の若者は三浦貴大が演じた。言わずと知れた三浦友和、山口百恵の息子だ。
いろんな面で考えさせられるテーマも持っていて、心の温まる作品だった。もうこの「テハニ50形」の電車は走っていないが、それを使って走らせている。手動扉で、しかも日本最古級の木造電車である。私が子供の頃はよく見たし、実際に乗っていた。松江から出雲、出雲大社を結んでいる。今は2100系、3000系、5000系が活躍する。
12年に一度のホーラエンヤ。しじみ漁。宍道湖。メロンパン。軌道自転車。そうそう、一畑電鉄では、300円出して自転車を乗せる事も出来る。
宍道湖の北側を走るのが、一畑電鉄。南側はJRが走っている。この映画で中心となった雲州平田駅の東隣の駅が布崎駅。その次の湖遊館駅辺りから宍道湖が見える。聞いた事もなかった駅名もある。八岐大蛇で有名な斐伊川はこの宍道湖に注ぐ。
この鉄道の駅には、懐かしい思い出の駅もある。「大寺」と言う駅は、母と虫取りに行った場所だし、「一畑口」からは一畑薬師と一畑パークがあり、家族で何度か行った所だ。だけど、思い出して涙が滲んでいた訳ではない。田園風景と電車がそうさせたのだ。
それに、この映画は夢を与えてくれる。自分がやりたい事を本当にやっているか。まだなら、思いがあれば遅いと言う事はない、そう囁いてくれているようだった。自分の本当にやりたい事をやっていれば、瞳がこうも輝くのだと言う事を知らせてくれている。
就活を始めようとしている大学4年生の娘が、父親と2人、スイカを手に持ちながら言う。
「私、どうしていいか分からない」
「焦る事はない。ゆっくり考えたらいい」
そう言って、父親はスイカの種を面白いように飛ばす。
素直になった娘は、
「はい」
と言ったかと思うと、スイカに齧り付いた。そして、父親と同じようにぷっと口から飛ばした。
「お前は、ここに入れなさい」
そう言った父親の顔が、やさしかった。
私は今からオカリナをやる。人に聴いて貰う為にやる。それがもし、1人の人にでも感動して貰えたり、それが元で心に変化が起こったなどと言うような事があったら、これこそかなりではあるが、遅咲きの花と言えるだろう。小さな小さな花でも、花は花。聴いて喜んで貰えたら嬉しい。
出雲弁も懐かしかったが、こうして公に聞くと、ちょっと恥ずかしい面もある。暗いシアターには、同郷の人達がいるのだろうか。山は青く、湖は光り、稲はうねる。これは紛れもない、私が生まれ育った田園風景だ。八雲立つ、と言われる程の美しい雲。改めて自分の生を受けた自然の美しさを、客観的に眺める事が出来た。これが、私の故郷だったのだ。当たり前のように住んだこの景色が、今は宝物のような気さえする。
出雲に帰ったら、今度はしっかり故郷を見つめて来ようと思った。自然に抱かれたいとさえ思えて来た。斐伊川の土手の草むらに寝転んで、川の流れる音を聴き、空の青さを見つめ、雲の流れを眺めたい。そして、もういない父や母や祖母との事を思ってみたい。妹たちも一緒だ。小学校や中学校、高校の友も・・。人があっての自分なのだ。
物心付いた時から辿ってみるのもいいだろう。田舎で暮らす友とも会ってみたい。そんな事を、後になってから考えさせてくれる映画だった。
東京で、ハーブの店が軌道に乗っている妻が主人の故郷に帰って来て、夫の運転する或る駅の電車のホームに立った。
「貴方が輝いている姿を初めて見たわ。私たち夫婦でいいか、ずっと考えていたの。それでいいのかしら」
「当たり前だ」
そう言って、夫は運転する為に背をむけて歩き始めた。すぐに立ち止まって振り向くと、言った。
「ちゃんと、終点までついて来てくれよ」
大自然の中を、あの2両編成のオレンジ色の「バタデン」が走る。画面は広くなり、電車は小さくなって走る。終点まで走り続ける。出演者の名前が下から上に上がって行く。素敵な歌が流れる。画面を見ながら、文字も追っていた。誰の歌だろう。
それは、「ダンスのように抱き寄せたい」と言う、松任谷由美作詞・作曲の歌だった。
自信の法則 ジェリー・ミンチントン
「自分を大切にする」
01 自分を受け入れる (1)完璧である必要はない。あるがままの自分を受け入れればいいのだ。変えたい部分は誰にでもあるものだが、それも自分の一部なのだから受け入れる必要がある。 (2)自分をあまり厳しく批判してはいけない。時には好ましくない行動をすることもあるが、だからといってダメな人間というわけではない。それはむしろ正常な人間である証しなのだ。
☆ 完璧でなければならないという思い込みを捨てよう。まず、あるがままの自分を受け入れることが大切だ。
行って来た。観て来た。観て良かったと思った。
三宮の国際会館の11階に松竹はある。目当ての映画は「RAILWAYS」だ。火曜日はシルバーも女性も全部1000円だったので、態々免許証や保険証を証明の為に持って来る必要がなかった。午後3時50分からの上映は、半分位の客しか入っていなかった。土曜からだったが、土日に行かなくて良かったかも、と思う。多分満員で、前買指定券も買えなかっただろう。これから映画を観るなら、火曜日に限る。
途中から、じわっと滲むものがあった。私の故郷が舞台だからでも、今も走っている一畑電鉄が、この映画の主軸になっているからでもなかった。素朴な自然がそこにあり、オレンジ色で窓の下に横一直線に引かれた白線の2両編成の車両が、何度も走ったからだった。
東京の会社で地位も高かった筒井肇(中井貴一主演)は、会社を辞め49歳で一畑電鉄の運転手になった。小さい頃からこの一畑電鉄の運転士になりたかった。その夢を、会社や地位を捨てて、50歳になろうとする頃に実現させた。
余りあらすじを書くのは控えよう。これから観る人がいるかも知れないからだ。
素朴で、ノスタルジーに満ち、田畑を含めて自然の素晴らしさを感じさせてくれる映画だった。出演者も、並べただけで皆よく知っている俳優だろう。中井貴一、高島礼子、奈良岡朋子、宮崎美子、橋爪功、佐野史郎。娘役の本仮屋ユイカの演技も光った。そして、主人公と同期入社の20代の若者は三浦貴大が演じた。言わずと知れた三浦友和、山口百恵の息子だ。
いろんな面で考えさせられるテーマも持っていて、心の温まる作品だった。もうこの「テハニ50形」の電車は走っていないが、それを使って走らせている。手動扉で、しかも日本最古級の木造電車である。私が子供の頃はよく見たし、実際に乗っていた。松江から出雲、出雲大社を結んでいる。今は2100系、3000系、5000系が活躍する。
12年に一度のホーラエンヤ。しじみ漁。宍道湖。メロンパン。軌道自転車。そうそう、一畑電鉄では、300円出して自転車を乗せる事も出来る。
宍道湖の北側を走るのが、一畑電鉄。南側はJRが走っている。この映画で中心となった雲州平田駅の東隣の駅が布崎駅。その次の湖遊館駅辺りから宍道湖が見える。聞いた事もなかった駅名もある。八岐大蛇で有名な斐伊川はこの宍道湖に注ぐ。
この鉄道の駅には、懐かしい思い出の駅もある。「大寺」と言う駅は、母と虫取りに行った場所だし、「一畑口」からは一畑薬師と一畑パークがあり、家族で何度か行った所だ。だけど、思い出して涙が滲んでいた訳ではない。田園風景と電車がそうさせたのだ。
それに、この映画は夢を与えてくれる。自分がやりたい事を本当にやっているか。まだなら、思いがあれば遅いと言う事はない、そう囁いてくれているようだった。自分の本当にやりたい事をやっていれば、瞳がこうも輝くのだと言う事を知らせてくれている。
就活を始めようとしている大学4年生の娘が、父親と2人、スイカを手に持ちながら言う。
「私、どうしていいか分からない」
「焦る事はない。ゆっくり考えたらいい」
そう言って、父親はスイカの種を面白いように飛ばす。
素直になった娘は、
「はい」
と言ったかと思うと、スイカに齧り付いた。そして、父親と同じようにぷっと口から飛ばした。
「お前は、ここに入れなさい」
そう言った父親の顔が、やさしかった。
私は今からオカリナをやる。人に聴いて貰う為にやる。それがもし、1人の人にでも感動して貰えたり、それが元で心に変化が起こったなどと言うような事があったら、これこそかなりではあるが、遅咲きの花と言えるだろう。小さな小さな花でも、花は花。聴いて喜んで貰えたら嬉しい。
出雲弁も懐かしかったが、こうして公に聞くと、ちょっと恥ずかしい面もある。暗いシアターには、同郷の人達がいるのだろうか。山は青く、湖は光り、稲はうねる。これは紛れもない、私が生まれ育った田園風景だ。八雲立つ、と言われる程の美しい雲。改めて自分の生を受けた自然の美しさを、客観的に眺める事が出来た。これが、私の故郷だったのだ。当たり前のように住んだこの景色が、今は宝物のような気さえする。
出雲に帰ったら、今度はしっかり故郷を見つめて来ようと思った。自然に抱かれたいとさえ思えて来た。斐伊川の土手の草むらに寝転んで、川の流れる音を聴き、空の青さを見つめ、雲の流れを眺めたい。そして、もういない父や母や祖母との事を思ってみたい。妹たちも一緒だ。小学校や中学校、高校の友も・・。人があっての自分なのだ。
物心付いた時から辿ってみるのもいいだろう。田舎で暮らす友とも会ってみたい。そんな事を、後になってから考えさせてくれる映画だった。
東京で、ハーブの店が軌道に乗っている妻が主人の故郷に帰って来て、夫の運転する或る駅の電車のホームに立った。
「貴方が輝いている姿を初めて見たわ。私たち夫婦でいいか、ずっと考えていたの。それでいいのかしら」
「当たり前だ」
そう言って、夫は運転する為に背をむけて歩き始めた。すぐに立ち止まって振り向くと、言った。
「ちゃんと、終点までついて来てくれよ」
大自然の中を、あの2両編成のオレンジ色の「バタデン」が走る。画面は広くなり、電車は小さくなって走る。終点まで走り続ける。出演者の名前が下から上に上がって行く。素敵な歌が流れる。画面を見ながら、文字も追っていた。誰の歌だろう。
それは、「ダンスのように抱き寄せたい」と言う、松任谷由美作詞・作曲の歌だった。