地球の自転と共に、22日の暦は23日へと移った。この正確さをじっくりと考えた事があっただろうか。それに引き換え、雨は気紛れだ。が、天気予報がよく当たるようになった事とは全く関係がない。

それにしてもよく当たる空模様は、朝から雨だった。警報が出ている所もあると聞く。だが、ここ豊後高田は雨の勢いに緩急があるにしても、そんなに激しくはなかった。今日1日はすっかり外出への気力が萎えていた。

けれど、このまま籠もっている訳にも行かない。重い腰を上げて、「昭和の町」に出掛ける事にした。同じ豊後高田にあるので、そんなに遠くはない。

角の店は市場と言うには小さかったが、そこの駐車スペースに車を置いた。何かをそこで買えばいいと思った。柚子胡椒が美味そうだったので、それやこれやを買った。そのまま車は、そこに置いておいた。

「昭和の町」は総延長550m程で、さっと歩くには15分位もかからないが、この通りには昭和の建物が並んでいる。見ながら歩くと結構な時間になる。昭和の店には、何か惹かれるものがあるし、佇まいも落ち着いている。

薬局、酒屋、釣具店、肉屋、雑貨商、駄菓子屋、茶輔、手芸店、秤屋、呉服店、金物店などが並ぶ。石油屋もあったが、「昭和石油」なのが面白い。

娘はゴム草履を履いていて、冷たいと言った。歩く度に水が上がって来る。履物店が目に付いた。昔ながらの可愛い鼻緒の下駄が売ってあった。娘はそれを買った。履き替えると、下駄には高さがある所為かとても快適そうにしていた。

「これ、会社に履いて行くわ」

と、突拍子もなく言った。

「何ぼなんでも、電車の中でそれ履いて通勤はないだろう」

と言ったが、怪訝そうな顔をした。まあ、昔は下駄が主流でこれを履いていたのだから何とも言えないが、話す内に、履いて出勤する事だけはなくなった。

昆虫の館と言うのもあり、カブトムシやクワガタムシなどが売られていた。ヘラクレスなる強そうなカブトムシもいる。この店には皇太子も入って見学したと見え、写真がガラス窓に貼られていた。

昔のお金から現代のお金まで展示された旧共同野村銀行があり、その中では懐かしい1円札、5円札、10円札から50円、100円札。果ては1000円、5000円、10000円札まであった。これらは今でも使えるが、まさか1円札を100枚出してチョコレートを買う者もいないだろう。この銀行の前は野村財閥屋敷跡がある。当時としては大きな金庫室も開放され、様子を窺う事が出来る。

ガラスケースの中に、10000円札が100枚ずつ束にして、500万円ずつ2つに重ねてあった。それが1000万円と言う訳だ。ちょっと持ってみたいと思った。これを全部入れるだけのカバン位、家に幾らでもあるのに。

「昭和の町」をざっと回ると、伯刺西爾珈琲舎があり、そこで一服する事にした。と言っても、煙草を吸う訳ではない。私はカプチーノにした。2人はぜんざいとかジュースとかを飲んでいた。全部500円だった。ギターを弾いているおじさんがいる。歌謡曲や演歌をリクエストすると弾いてくれるそうで、沢山の題名を書いた、所謂お品書きを店主が持って来た。よかったらリクエストをするようにと、紙と鉛筆も持ってきた。懐かしいエレキの音がしたが、あんまり聴きたい音ではなかった。

相変わらずの雨だ。早々に引き上げ、マックスバリューで晩ご飯の買出しをして、スパランド真玉に行った。今度は男女が入れ替えになっていた。どうも昨日の方がよかったように思う。だが、湯に浸かると、そんな事は問題ではなくなっていた。温泉は、本当によく温まる。

高田の家に帰ると、「いいちこ」が待っていた。お湯割にして、刺身で食べた。この時だけは至福の時だ。唯一開放され、魂までもが寛ぐ。後は眠りに就けばいいだけだった。