日が傾いたまだ明るい夕方、イオンモールに戻ると置いてある車に我々3人が乗り、一旦豊後高田にある誰もいない家に戻る事になった。

帰途、馴染みのマックスバリューに立ち寄り、明日の朝の食料などを買い込んだ。22日の夕方の事である。

あれこれしている内に、5時前だったか兄夫婦が迎えに来た。先ず風呂に行く事になった。「スパランド真玉」である。広い湯船に浸かると、1日の疲れが程よく湯に溶けて行った。露天風呂もあったが、外には出なかった。

ここは宿泊も出来、そう言う客は浴衣に丹前姿で歩いていた。ちょっとした買い物も出来るようになっている。入浴料は1回350円だが、10回券を買った。3人が3回入る予定なので、この方が安い。1枚250円となるからだ。因みに、70歳以上の人は200円だ。

風呂から出てが皆集まると外に出た。心地よい風が、熱りを冷ました。未開の地、と言ってもすぐだったが、車は一軒家に到着した。立派な庭があり、立派な玄関だった。けれど、どう見ても料理屋などではない。兄夫婦は、よく利用しているようで女将? とはとっくに顔見知りだった。

5人がゆったり寛げる部屋には、夕食の準備がされていた。女将と書いて行くが、普通の年配の女性が一人で切り盛りをしていた。料理は突き出しから始まり、料亭なら差し詰め会席料理と言った所だ。私には贅沢で、夕食に食べるような物では決してなかった。

この部屋には床の間があり、掛け軸も掛けられていて、豪邸の一室だと言っても過言ではない。布にくるまれた筝が立て掛けてあった。入り口横の板の上には品のいい帯が広げられ、美しい着物が掛けられていた。優雅と言うか、こんな家に住めたらいいなと思う程だった。

ビールが進んだ。普段よりも抵抗なく胃の腑に流れ落ちて行く。家の中はしもた屋とも違い、気品が漂っていた。ここはスエーデン風の造りで、この部屋を除けば天井が高く、剥き出しの木が温もりと安らぎを与えてくれる。

別荘として建てたものだそうで、主はここには殆ど来ないらしい。女将は料理を作るのが好きで、それが嵩じて人々に料理を振る舞うようになったと言った。以前は幼稚園の園長をしている所まで聞いた。

娘が暑いと言って窓を開けると、入り口のドアがバタンと音を立てて閉まった。メインデイッシュはハンバーグで、そんじょそこらの味とは異にした。特性のソースがまた幸せな気分にさせる。「凄いなあ」。そう、料理だけではなく総合的にも、思わず口にしたり心の中で思ったりした。ここには持て成しの心情が息衝いていた。

素材はいつも目にしたり食べたりするものと何の変哲もなかったが、器や盛り付け、勿論味付けに他の追随を許さぬものがあった。何よりこの女将には驕りがなかった。

最後のデザートである果物を食べるとこの部屋を出て、高い天井のある空間でコーヒータイムとなった。沸かしたコーヒーの味は中々のもので、その液体はマイセンに収まっていた。お兄さんのカップはもっと高価なものだそうだった。

女将は息子の写真を見せてくれた。馬が好きで、北海道で調教師をしていると言った。何度も優勝した名馬を育てた牧場である。自分も北海道に家を建てて、息子の近くで住もうと思った事もあると、感慨深げに語った。「馨」。これがこの店? 家? の名称で、かおりと発音した。

満足を越えた食事に大満足だった。浴槽も見せてくれた。やっぱり広い豪邸の風呂場だった。露天もある。

2階は屋根の斜めになった形に沿っていて、低くなった所には置物が置かれていた。息子や親戚が来た時は、ここに泊まらせるそうだ。ゆとりのある、なだらかな階段。我が家の、ちょっとでも踵が触れようものなら、下まで一気に転げ落ちるような作りとは大違いだ。

しっかりした建築だった。こんな人たちの家や生活を幾らか見て来たが、人様々だ。仕事内容が違ったり、生活設計がしっかりしていたりで、こんなにも違うのかと何度も感じたが、それはそれでどうしようもない事だし、今の自分の生活に満足しなければならないと思った。それは、今までの生活上後悔する事も多々あるが、結局は計画のなさや自由奔放さが招いた、言わば自業自得なのである。甘んじて受け入れなければ思い上がりでしかない不満が渦巻くだけだ。

満足と感謝は、いくらしても足りる事はない。何故なら、この私の暮らしでさえ羨ましく思っている人がいる事を察すると、喜びのスイッチに切り替えなければ罰が当たる。いつか機会があったら、またここに来ればいいのだ。来れる所が沢山ある程、自分の隠れ別荘が沢山あると思えばいい。

22日の、厳密に言えば午後からの半日は一つひとつが心に残る体験だった。毎日一つを味わってもいい事が一気に起こった。まるで嵐のようだったが、それは不思議にゆったりしていた。嵐がゆったりって、どんな様子なのか自分でも測りかねている。これも兄夫婦のお陰だし、感謝をしたい。ここにも思いや気持ちを十分に感じ取る事が出来る。

現実が、実は夢うつつだったかのような錯覚を抱きながら、それをはっきりとした現実に引き戻そうと、今ここに書き記しているのだ。こうして、驚きの5月22日の半日が終わった。