22日も、まだ昼下がりだった。娘の性格かも分からないが、誰とでも親しく話す。だからと言う訳でもなかろうが、その「茶屋」の客は誰彼なく、その店を出る頃になると早、懐かしい感じがして来るから不思議だ。
一頻りの笑顔と笑いの後は、くねくねした道を上って行った。まるで六甲山を思い出させる。今度は奥耶馬渓だ。
そこにはゆとりのある駐車場があり、ロッジが建っていた。大きな犬が側まで来た。若い主人らしい男がこの犬を呼んだ。「モチ、モチ」。
すぐに漢字に結び付いてしまうのが悪い癖だが、えっ? 餅? と聞こえ、聞き違いかと思ったが間違いなかった。
アンティークなんかではないのだが、この「豆岳珈琲」は、余り知らせたくない、一種隠れ家のようなコーヒーを飲ませてくれる家である。とてもコーヒー店などとは言えない程の自然と一体になっているお店である。カフェと言う方が、まだ似合いそうだ。
不揃いの、木で作った椅子。色褪せた肘付きの椅子。木造りのテーブルが2つ。テラス? にもテーブルと椅子が置いてある。曇天だが、雨は降らず穏やかである。庭に下りるとそこにもテーブルと椅子はあり、つまり何処で飲んでもいいのだ。一面山や谷がすぐそこに一望出来る。今、木々の緑が美しい。風までも緑に染まって渡っている。
手作りのポールが立てられ鯉のぼりが泳いでいる。と言っても、鯉はコーヒー豆が入れてあったあの荒い薄い土色の袋なのである。「啓太郎」と書いた名札が下がっている。この辺りでは家紋の下に、こうして子供の名前を書くと言う。従って、ここの家紋はこの店のロゴマークだった。ちょっぴり笑えた。啓太郎君は2階で寝ていると言う。
元気な明るい30代と思えるママさんが、注文に来る。兄夫婦に拠れば、ケーキを注文して任せれば、それに似合ったコーヒーを沸かしてくれると言う。チーズケーキともう一つあったが、私はチーズケーキにした。コーヒーは大まかには濃いもの、普通のもの、薄いものがある。私は即座に濃いものにした。
ちょっと滑って、「カプチーノみたいですか」と聞いた。「ああ、エスプレッソですか。そこまでではありませんよ」と言われた。景色が余りいいので、頭など働いていないのだ。強いて言えば、言葉などどちらでも良かった。ここの主人と友達だと言う男が、広島から訪ねて来た。遠くから来たんだなと思ったが、自分達の方がもっと遠くから来ていたのだ。
大きな犬でちょっと引いてしまうが、放し飼いにしてある所を見ると、性格は大人しいのだろうか。喉を撫で、頭を撫でた。頭は撫でられるのが嫌のようだった。レッドリバーと秋田犬の混血で、毛は白く、姿はどちらにも見えた。
ケーキが運ばれると、そのお客の側に行って座り込み、じっとケーキを見つめている。まったく貰えないと思ったのか私のケーキを見るやこちらに来て、私の目の前に座った。上げない訳には行かないだろう。尖った先をフォークで削ぎ落とし、その指先程もない欠片を掌に乗せ「もち」の顔に近づけた。舌で舐め取ると当たり前だが、あっと言う間に飲み込んだ。味が分かるのだろう。今度は、私の前に腰を据えた。
♪一度だけなら 許してあげる・・。何でここで歌謡曲なんだか分からないが、2度許して上げた。
もう貰えないと思ったのか、と言うか私が全部食べ終わったので、次の優しい人を求めて外の方へ行った。相変わらずコーヒー豆の袋が靡いている。
ママは東京の出身だと言った。奥耶馬渓の山の中にしては全く垢抜けていると思った。主人はすぐ近くの家が実家だそうだ。馴れ初めは聞きそびれた。娘は盛んに興味を示し、こんな所で暮らしてみたいと言った。すかさず主人は言った。「住む所はいくらでも世話しますよ」。
コーヒーの味も手作りのケーキの味も、脳神経が記憶している。ここも「茶屋」も、心の中ではリピーターの予備軍となった。
啓太郎君が起きたようだ。梯子と言ってもいい垂直に近い階段を上ると、主人は暫く下りて来なかったが、やがて啓太郎君を抱いて現れた。2才位のこの男の子は誰も見ようとはせず、大きな蝉のようにへばり付いていた。お兄さんには馴れているのだろうが、手を差し伸べてもやっぱりへばり付いた。握手をするまでにも、時間がかかった。寝起きで恥ずかしかったのだろう。
木で出来た、茶色っぽい隙間だらけの棒状になった暖簾が、梯子の横に掛けられていた。娘が「これ、いいね」と言うと、ママは私も知っているあちこちにある店だが、それを横浜だったか東京だったかで買ったと言った。お兄さんは、「そんな所によく気が付くな。今まである事さえ知らなかった」と驚いた表情をした。
丁度おやつの時間になる頃だっただろうか。私達はこの店を出て、感動を更に新たにした。
豆岳珈琲(Mametake Coffee)
〒871-0431 大分県中津市耶馬溪町大字大島3818-1
TEL&FAX:0979-56-2508
営業時間:10:00~17:00 月曜・火曜定休
一頻りの笑顔と笑いの後は、くねくねした道を上って行った。まるで六甲山を思い出させる。今度は奥耶馬渓だ。
そこにはゆとりのある駐車場があり、ロッジが建っていた。大きな犬が側まで来た。若い主人らしい男がこの犬を呼んだ。「モチ、モチ」。
すぐに漢字に結び付いてしまうのが悪い癖だが、えっ? 餅? と聞こえ、聞き違いかと思ったが間違いなかった。
アンティークなんかではないのだが、この「豆岳珈琲」は、余り知らせたくない、一種隠れ家のようなコーヒーを飲ませてくれる家である。とてもコーヒー店などとは言えない程の自然と一体になっているお店である。カフェと言う方が、まだ似合いそうだ。
不揃いの、木で作った椅子。色褪せた肘付きの椅子。木造りのテーブルが2つ。テラス? にもテーブルと椅子が置いてある。曇天だが、雨は降らず穏やかである。庭に下りるとそこにもテーブルと椅子はあり、つまり何処で飲んでもいいのだ。一面山や谷がすぐそこに一望出来る。今、木々の緑が美しい。風までも緑に染まって渡っている。
手作りのポールが立てられ鯉のぼりが泳いでいる。と言っても、鯉はコーヒー豆が入れてあったあの荒い薄い土色の袋なのである。「啓太郎」と書いた名札が下がっている。この辺りでは家紋の下に、こうして子供の名前を書くと言う。従って、ここの家紋はこの店のロゴマークだった。ちょっぴり笑えた。啓太郎君は2階で寝ていると言う。
元気な明るい30代と思えるママさんが、注文に来る。兄夫婦に拠れば、ケーキを注文して任せれば、それに似合ったコーヒーを沸かしてくれると言う。チーズケーキともう一つあったが、私はチーズケーキにした。コーヒーは大まかには濃いもの、普通のもの、薄いものがある。私は即座に濃いものにした。
ちょっと滑って、「カプチーノみたいですか」と聞いた。「ああ、エスプレッソですか。そこまでではありませんよ」と言われた。景色が余りいいので、頭など働いていないのだ。強いて言えば、言葉などどちらでも良かった。ここの主人と友達だと言う男が、広島から訪ねて来た。遠くから来たんだなと思ったが、自分達の方がもっと遠くから来ていたのだ。
大きな犬でちょっと引いてしまうが、放し飼いにしてある所を見ると、性格は大人しいのだろうか。喉を撫で、頭を撫でた。頭は撫でられるのが嫌のようだった。レッドリバーと秋田犬の混血で、毛は白く、姿はどちらにも見えた。
ケーキが運ばれると、そのお客の側に行って座り込み、じっとケーキを見つめている。まったく貰えないと思ったのか私のケーキを見るやこちらに来て、私の目の前に座った。上げない訳には行かないだろう。尖った先をフォークで削ぎ落とし、その指先程もない欠片を掌に乗せ「もち」の顔に近づけた。舌で舐め取ると当たり前だが、あっと言う間に飲み込んだ。味が分かるのだろう。今度は、私の前に腰を据えた。
♪一度だけなら 許してあげる・・。何でここで歌謡曲なんだか分からないが、2度許して上げた。
もう貰えないと思ったのか、と言うか私が全部食べ終わったので、次の優しい人を求めて外の方へ行った。相変わらずコーヒー豆の袋が靡いている。
ママは東京の出身だと言った。奥耶馬渓の山の中にしては全く垢抜けていると思った。主人はすぐ近くの家が実家だそうだ。馴れ初めは聞きそびれた。娘は盛んに興味を示し、こんな所で暮らしてみたいと言った。すかさず主人は言った。「住む所はいくらでも世話しますよ」。
コーヒーの味も手作りのケーキの味も、脳神経が記憶している。ここも「茶屋」も、心の中ではリピーターの予備軍となった。
啓太郎君が起きたようだ。梯子と言ってもいい垂直に近い階段を上ると、主人は暫く下りて来なかったが、やがて啓太郎君を抱いて現れた。2才位のこの男の子は誰も見ようとはせず、大きな蝉のようにへばり付いていた。お兄さんには馴れているのだろうが、手を差し伸べてもやっぱりへばり付いた。握手をするまでにも、時間がかかった。寝起きで恥ずかしかったのだろう。
木で出来た、茶色っぽい隙間だらけの棒状になった暖簾が、梯子の横に掛けられていた。娘が「これ、いいね」と言うと、ママは私も知っているあちこちにある店だが、それを横浜だったか東京だったかで買ったと言った。お兄さんは、「そんな所によく気が付くな。今まである事さえ知らなかった」と驚いた表情をした。
丁度おやつの時間になる頃だっただろうか。私達はこの店を出て、感動を更に新たにした。
豆岳珈琲(Mametake Coffee)
〒871-0431 大分県中津市耶馬溪町大字大島3818-1
TEL&FAX:0979-56-2508
営業時間:10:00~17:00 月曜・火曜定休