2010年5月10日の「天声人語」は、美しく読めた。花がテーマだからだ。
しかし、この新聞欄では36行の文章である。読み進めると、最後の1行を書きたい為にこんな美しい内容の文章を書いて来たのかと思ってしまう。だから、文章作法としてはよく分かるし、それに面白い。
天声人語
立夏を過ぎ、風は「光る」から「薫る」になった。風の名にも色々あるが、「二十四番花信風(にじゅうしばんかしんふう)」をご存じだろうか。年明けから晩春の折々に咲く、二十四種の花のたよりを乗せて吹く風を言う。中国伝来の風雅な呼び名である。
その風はまず、梅の香をもたらす。次には椿や水仙、沈丁花。立春のころには辛夷(こぶし)、さらには梨花などと続く。そして春の終わりには牡丹の知らせを運んでくる。その牡丹前線は、桜を追って東北あたりに入ったらしい。今年は遅れ気味ですと、風ならぬ読者の女性からたよりを頂いた。
東京はしばらく前が盛りで、名所の寺で眼福にあずかった。ほぐれかけた蕾も、盛りをすぎてゆらりと崩れた大輪も趣がある。だが、何と言っても咲き極まった艶美にはほれぼれする。気品と富貴を備えた姿は「花の王」の名にふさわしい。
<牡丹花は咲き定まりて静かなり花の占めたる位置の確かさ>。木下利玄の一首は、絶頂にぴたりと静止した美を見事にとらえている。白も紅もいいが、紫黒の花には神秘が匂う。底の知れぬ深みをたたえて、陽光をはじいていた。
花と言えば牡丹をさした中国では、唐の都の長安で大流行したそうだ。名所はどこも大勢が繰り出した。にぎわう光景を、大詩人の白居易は<花開き花落つ二十日 一城の人皆狂えるがごとし>と歌っている。
唐の皇帝玄宗は、その咲き姿を、寵愛した楊貴妃にたとえたと伝えられる。傾国の花と言うべきか。<散りてのちおもかげに立つ牡丹かな>蕪村。この牡丹とは花か。それとも人だろうか。
風から入り花に繋げるところなど、流石である。そして引用。楊貴妃、傾国。さらに最後は人。
♪あのこはだあれ、だれでしょね。なんなんなつめのはなのした。おにんぎょさんとあそんでる。となりのミヨちゃんじゃないでしょか。
この人とは誰の事だろうか。けれど、揶揄したり落胆したりするだけではいけないかな、と思っている。心あらば、手紙で気持ちを伝えてみてはどうだろう。
「かぜ光る五月・・」。これは変だ。ちゃんとした定番の出だしがあるではないか。「風薫る五月・・」。こう書けば、まともな返事が返って来るかも知れないからだ。
しかし、この新聞欄では36行の文章である。読み進めると、最後の1行を書きたい為にこんな美しい内容の文章を書いて来たのかと思ってしまう。だから、文章作法としてはよく分かるし、それに面白い。
天声人語
立夏を過ぎ、風は「光る」から「薫る」になった。風の名にも色々あるが、「二十四番花信風(にじゅうしばんかしんふう)」をご存じだろうか。年明けから晩春の折々に咲く、二十四種の花のたよりを乗せて吹く風を言う。中国伝来の風雅な呼び名である。
その風はまず、梅の香をもたらす。次には椿や水仙、沈丁花。立春のころには辛夷(こぶし)、さらには梨花などと続く。そして春の終わりには牡丹の知らせを運んでくる。その牡丹前線は、桜を追って東北あたりに入ったらしい。今年は遅れ気味ですと、風ならぬ読者の女性からたよりを頂いた。
東京はしばらく前が盛りで、名所の寺で眼福にあずかった。ほぐれかけた蕾も、盛りをすぎてゆらりと崩れた大輪も趣がある。だが、何と言っても咲き極まった艶美にはほれぼれする。気品と富貴を備えた姿は「花の王」の名にふさわしい。
<牡丹花は咲き定まりて静かなり花の占めたる位置の確かさ>。木下利玄の一首は、絶頂にぴたりと静止した美を見事にとらえている。白も紅もいいが、紫黒の花には神秘が匂う。底の知れぬ深みをたたえて、陽光をはじいていた。
花と言えば牡丹をさした中国では、唐の都の長安で大流行したそうだ。名所はどこも大勢が繰り出した。にぎわう光景を、大詩人の白居易は<花開き花落つ二十日 一城の人皆狂えるがごとし>と歌っている。
唐の皇帝玄宗は、その咲き姿を、寵愛した楊貴妃にたとえたと伝えられる。傾国の花と言うべきか。<散りてのちおもかげに立つ牡丹かな>蕪村。この牡丹とは花か。それとも人だろうか。
風から入り花に繋げるところなど、流石である。そして引用。楊貴妃、傾国。さらに最後は人。
♪あのこはだあれ、だれでしょね。なんなんなつめのはなのした。おにんぎょさんとあそんでる。となりのミヨちゃんじゃないでしょか。
この人とは誰の事だろうか。けれど、揶揄したり落胆したりするだけではいけないかな、と思っている。心あらば、手紙で気持ちを伝えてみてはどうだろう。
「かぜ光る五月・・」。これは変だ。ちゃんとした定番の出だしがあるではないか。「風薫る五月・・」。こう書けば、まともな返事が返って来るかも知れないからだ。