今日は母の日。ブログの背景を、今日だけカーネーションと赤い縁にした。もういない母に、あの病院の個室で聞かせた「向日葵」。母への鎮魂歌でもあるこのオリジナル曲を、今日は吹こう。風に乗って野原を駆け巡るだろうか。それとも、青空に舞い上がって行くだろうか。海の上を滑り回るのだろうか、私のオカリナの響きが。


昨日、10組の、素晴らしい音を聴いた。今日は、この前は行けなかったが、卓球に行った。真っ赤なユニホームを揃えるそうで寸法を聞かれた。3着(S、M、L)用意してあって、Lかなと思っていたが、着てみるとMがぴったりだった。体格まで縮んでしまったのかなあ。

卓球に行く前に、題名のない音楽会を聴いた。昨日の続きのようだけれど、そうでもないハイレベルの3組の音楽を聴いた。「TSUKEMEN」はTAIRIKU(ヴァイオリン)、KENTA(ヴァイオリン)、SUGURU(ピアノ)の3人のグループで、リストのラ・カンパネラを演奏した。リーダーのTAIRIKUのお父さんが、さだまさしさんだ。

何故「TSUKEMENN」なのか。3人が練習している時、さださんがそこを通った。その時の呟きが聞こえて来たそうだ。「イケメンとまではいかないけど、つけめん位かな」。それで決まったグループ名だそうだ。

2番目に出て来た「TSUKEMEN」は、次にSUGURUのオリジナルである「BASARA」を演奏した。2人のヴァイオリンは、そんなに別の音を奏でてはいなかった。


私が注目したのは1番目と3番目で、この二人のCDは自分の尻を叩いてでも買いたい。今日ヤマハに行って買って来ようと思ったが、お金がなかった。

このピアノは何だ。14才の小林愛実さんの弾くショパンの「エチュード作品10-4」。凄い指の動きが目に入る。堂々とした音は、昨日の音とはまたレベルが違う。東京オペラシティコンサートホールは静まり返っている。水色のドレスが爽やかだ。ピアノコンクールに於いて、9才で1位を獲ったと言うから天才なのか。兎に角、これから目が離せない。

山口に住んでいた頃、東京の先生に習う為に飛行機で通った。

「今は、何で通っていますか」

佐渡さんが聞いた。

「エレベーターで」

「何馬鹿な事言っているんですか」

佐渡さんは、呆れた顔をした。

「家族全員で東京に越して来ました。そして、先生のマンションの下に住んでいるので、通うのはエレベーターなんです」

そう言ってにっこりした。

小3からショパンの「ノクターン 第20番 遺作」が好きで、次はこの曲を弾いた。映画「戦場のピアニスト」のメインテーマでも演奏された曲だが、実にしなやかに弾いた。14才の音ではなかった。

終わると目を閉じて、ショパンになり切っているようだった。大きな拍手が沸き起こった時、初めて目を開き、我に返り、にっこりとした表情に変わった。早く買いに行かないと、CDがなくなるかも。そんな事ないか。でも、そのファーストアルバムは兎に角欲しい。そうして私はまた貧乏になる。


3番目は18才の寺久保エレナさん。サックスのプロだ。札幌ジュニアジャズオーケストラで活躍している。私は、狭い部屋でうな垂れている。

ピンクのシャツにジーンズを着て、色褪せたサックスからは素敵な音が流れる。ケニーバーロンと共演したと言うから驚くし、渡辺貞夫さんの演奏の最後に、見事セッションもやって退けた。ナベサダさんは、直前に譜面を渡したそうだ。そしてステージでそれを見て演奏しようとした時、彼はその譜面を床に落とし踏みつけて、こう言った。

「譜面なんか見ずに、伸び伸びと演奏しなさい」

とね。

友達から貰ったチョコレートから名前を付けたと言う、1時間で作ったオリジナル曲「ティム、タム、タイム」を演奏した。「寺久保エレナ」のCDも欲しい。もうジリ貧だ。爆発だ。

何と、次は山下洋輔さんが彼女の為に書き下ろした「ノース・バード」と言う曲を演奏した。もう、こんなに世界レベルの人たちに可愛がられている。「世界の寺久保エレナ」が誕生するのも時間の問題か。North Birdは、北の鳥ではない。Northは彼女の出身地北海道を指し、Birdはチャーリー・パーカーのニックネームから取っているのだ。何とスケールの大きな曲なのだろう。

サックスはクラリネットと共に、私の好きな楽器でもある。音楽をやりたかったら、20歳までにそこそこ人が注目する位になっていないと駄目だと思う。10歳位で芽を出し、3、4歳で興味が半端でない事が望まれる。飽く迄私見であるので、見過ごして頂きたい。私が何か楽器を弾き、楽器を吹き、楽器を奏でるとしたら、この位の強い日差しが必要だと思ったのだ。

今の姿は、日暮れ時の落ち葉に過ぎない。けれど、それでも私は感謝している。オカリナが吹けると言う事に・・。人は何か一つ、自分がやりたい事が見付かり、それが出来る事に喜びを感じるだろう。何でもいい。自分がそう思えばいい事なのだから。

こうなると、遅い早いの問題ではない。音楽家の道から外れていたのだし、今大切なのは、生きている事。そして、生きてオカリナが吹ける事。これは、生き方に関する問題でもあるのだ。

素晴らしい人の音楽を聴ける事にも感謝したい。