イ・ビョンホンとキム・テヒの「IRISアイリス」が毎日テレビで水曜日の午後9時から放映されている。けれど、私はこのドラマには見放されているように思う。

1回目はしっかりと観た。2回目は4月28日だった。カレンダーの水曜日の所は抜かりなく「アイリス」と書いている。況してや28日の2回目は、どうしても観たかった。秋田県でのロケシーンが放映されるからだ。

29日に仲間と奈良に行った時、K君が「昨日のアイリスよかったなあ。秋田県が出たぞ」と言ったのだ。あれだけ観たかった2回目を、聞くまで忘れているなんて。家族には絶対言わないでおこう。「お父さん、とうとうボケが始まったよ」、と言われるのが落ちだからだ。

でもこれは、ビデオでいつか観る事を楽しみにいておけばいいし、気を取り直して3回目からはちゃんと観ようと心に決めた。

5日に、テレビ番組の午後9時からの欄を横流しに見た。ない! 時間の上下を広げて、もう一度見た。それでも、ない! カレンダーを見た。水曜日で、確かに放映日だ。何か手違いがあったのだろうかと思いながら、韓国語のテープを聴いた。それっきりその事は忘れてしまっていた。

今朝、椅子に置いてある新聞を手に取った。これは昨日(5日)の新聞だった。玄関の戸を開けて郵便受けを見た。空っぽだった。連休後で、朝刊は休みだと分かった。すると今日のテレビ番組も昨日の新聞に載っている事になる。慌てて見直した。昨日は、今日6日の番組欄を見ていたのだ。下に6日と書いてある。

ガサッと裏面を見ると5日の番組が載っていた。午後9時。毎日テレビ「IRISアイリス」と書いてあるではないか。しかも「非情の暗殺指令!・・恋人よ必ず生きて帰る!」と丁寧だ。何故6日の番組を5日のものと思ってしまったのか。「アイリス」がない事を疑わなかったのか。

毎日その日の番組が載っているので、6日と書いてあっても5日のものだと思ってしまった馬鹿さ加減に我が事ながら驚いた。呆れ返ってしまった。あれだけ観たかった「アイリス」を2回目だけならいざ知らず、3回目も観る事が叶わなかったのだ。最早集中力が途切れたのか。「月桃夜」を読んだばかりなので、もしかして幽霊の仕業なのか。何ゆえ私が「アイリス」を観る事を拒むのか・・。

何だかここから推理小説になって行くようだが、面白いだけでは済まされない。自分の不注意が原因なのは百も承知だが、忍び寄る衰えの足音には抗えない。小ボケならまだいいか。家族に言おうものなら大ボケだと言われるので絶対に言えない。この次見過ごすような事があったら、何らかの理由で視聴を拒否されていると思って、カレンダーの「アイリス」の文字はボールペンで削除しよう。大ボケ小ボケよりも怖いものが押し寄せている。飢饉だ! 心の飢饉だ!




ここで口直しに、朝日新聞の天声人語などのコラムを担当する人はどんな人だろうとかねがね思っていたら違った場所に顔写真入りで文章が載っていたので、これを載せてお茶を濁したい。


CM天気図 「行き場なし」  天野祐吉

夜中にわが家に帰ってきたサラリーマン(太田光)が、そっと玄関のカギをあけたのはいいが、ドアガードがかかっていて中へ入れない。閉め出された男は、天を仰いで「行き場なし」とつぶやく・・。

明治製菓のCM(ミンツオリジナルグリーン)だが、サラリーマンならだれもが1度や2度は体験した悲劇の場面だろう。が、へんに暗くないのはいい。それどころか、このCMには思わず口の端がゆるんでくるようなこっけい味がある。

男の哀れさを歌ったジェームス・ブラウンのヒット曲が、そんな笑いを誘うのか。あるいは太田の有名な恐妻家ぶりが、このシーンに重なって見えてくるのか。

が、このCMの何よりの面白さは、太田が視聴者の“期待”をみごとに裏切って、最後まで大まじめに演じているところにある。彼がまじめに演じれば演じるほど、イキがってもしょせんは無力な男のこっけいさがいや応なく浮かび上がる。「行き場なし」とは、そんな男のからだの行き場だけではなく、こころの行き場でもあるだろう。

「行き場なし」と言えば、いま「行き場なし」とつぶやいてガムをかみつつ天を仰いでいる人が、もうひとりいる。そう、沖縄の米軍基地だ。

玄関のドアガードをかけているのは、徳之島の人たちだけじゃない。日本中のどこへ行っても、大半は軍事基地の受け入れには「絶対反対!」なわけで、太田家のドアガードは奥さんに外してもらえても、こっちのドアガードは決して外されることはないんじゃないだろうか。

なんて考えていたら、はたと思い当たった。もしかしたらこのCMは、行き場を失っているいまの基地問題について、これはもう根本的に考え直さなきゃだめだよという、“太田総理”の爆笑的提案だったりして。

(コラムニスト) 2010.5.5