3月の何時だったか定かではないが、垂水で図書館カードを作った。「月桃夜」を借りる為だった。シマさんが私のコメで紹介してから、KOBAさんもマリーさんもすぐに読んでしまった。

図書館では、その時借りている人がいると言う事で、暫く待たなければならなかった。最後の人が返したら、電話で知らせてくれる事になっている。それが、何人待ちなのか聞いていないので分からないが、今日(5月3日)まで電話がない。

シマさんは貸してくれると言ったが、もう少し待ってみる、と4月初旬頃に言っていた。しかし、痺れを切らせた私は、借りる事をお願いした。態々家まで届けてくれた。それは4月の終わり頃だった。

一気に読む積もりだったが三分の一程読んで、そのままになっていた。やっと読む時間が取れ、今日一気に読んでしまった。

第21回「日本ファンタジーノベル大賞」での大賞受賞作だ。遠田潤子さんの作品である。新潮社から1400円(税別)で、昨年11月に発売されている。

「月桃夜」は、「海のはなし(1~4)」と「島のはなし(1~3)」が交互に配列され、最後は「海のはなし4」で終わっている。書評(感想)もあらすじも書かないが、奄美の悲劇を巧みな構成と筆致で味わってみられたら如何かと思う。

碁を打つ人なら誰でも知っている事を巧みに入れてみたり、どこかで出た言葉が、必ず意味を持って繋げられている所などは流石である。

歌詞に思いを込めて伝えられているシマ唄には、奄美の人達にしか分からない言霊やアニミズムが生きている。これは、作品の中にも主題のように厳然と嵌め込まれている事ではあるが、奄美の人達に取っては、体に染み込んだ生活の中にある不可解でもあり犯すことの出来ぬ恐れでもあると思う。大分違うかも知れないが、「悪いことをしたら子取りぞうが来る」とか「砥石を跨いだら大変な事が起きる」とか言われて恐れていた事とも、少しは通じているのではと思ったりする。

囲碁は主題ではなく切っ掛けを与えるものだったが、全体の構成で締まりを与える役目を担っている。囲碁をちょっとでも齧っている者には、興味を持って読み進める事も出来るのだ。私もオカリナをやっている以上、106頁のこんな一節にも引っ掛かり、頭を垂れずにはいられなくなる。アジャが碁を差しながらフィエクサに言う。

「当たり前だ。傲るわけではないが、初段でも相当なものだぞ。ただ、上には上がある。強い者は神のように強いのだ」

フィエクサとサネンの男と女の思いは最後まで繋がっていて、この辺はドキドキしながら読ませてくれる。それだけではなく、この世の終わりにまで筆を入れているのが印象に残る。こんな課題を読者に突きつけて終わっている所は憎い。

山の中を逃げる二人を追って来た男達。それをも恐れさせる幽霊の存在。



243頁~244頁。

どこからか細い声が流れてきた。 ・・・・

「幽霊だ」

先頭を歩いていたヤンチュが叫んだ。続いて、後ろの男たちの中からも次々に悲鳴が上がる。

「あそこにいる。幽霊だ、幽霊だ」

幽霊の歌声は谷底に谺し、幾重にも重なって響き続けた。

皆があわてふためき、走り回る音が聞こえた。木の枝の折れる音、岩が転がる音、川に落ちたのか、大きな水音まで聞こえてきた。そっと覗くと、ヤンチュたちが我がちに逃げ出していくのが見えた。



シマさんは事前に何枚かの資料を送ってくれていた。その時は余りはっきり分からなかった事が、読後にはある程度分かるようになっている。それも再び読んでみた。

彼は、丁寧に手紙も添えてくれていた。今彼は神戸にいないので勝手にその手紙を載せる事は出来ないが、許しがあれば是非載せたい文章である。私の読後感などよりも、数倍よく分かる内容だからだ。彼が神戸に帰って来るまで、暫くその件は横においておこうと思っている。

いい本を紹介して貰ったと思うし、シマさんの事が少しでも分かったのが嬉しい。